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ワハハ希望バス、影島の夜は感動!

[派遣美術-現場美術]釜山に発つ希望の旅程(4)

シン・ユア(文化連帯) 2017.08.27 19:52

希望バスとキャンドルの波はいつのまにか韓進重工業正門に到着し、 使用者側と使用者側の要請を受けた警察は正門を鉄の扉で封鎖し、 工場の壁は警察の車でぐるっと取り巻いた。 工場の正門の前に韓進重工業労働者の家族がプラカードを持って大声を張り上げながら泣いていた。 「あなたを通じて希望が見えます」というプラカードを振る姿に、キャンドルを持った市民も共に大声をあげて泣いた。 「ご苦労さま」、「がんばってください」。 互いに力を集中しながら励ました。 遠く済州道から来た文正鉉(ムン・ジョンヒョン)神父の花馬車が見える。 文正鉉神父と平和パラムの花馬車は、 希望バス搭乗者に連帯の食事を準備するために影島に駆け付けた。 派遣美術チームはあらかじめ用意しておいた豆電球をつないで花馬車に設置した。 花馬車が輝く。 希望のあかりだ。

すぐ塀のそばからクレーン85号が見える。 夜は深く暗かったが、派遣美術チームは大型横断幕を道路に広げた。 希望バスの到着をキム・ジンスクに知らせるためだ。 その間、耳打ちが伝えられていた。 「工場の塀側に移動してください」。 あっという間に道路にいたデモ行進の隊列は、工場の塀側に移動した。 警察の車と塀の間で移動することに反対する人々もいた。 閉じられた空間で集会をするのが不適当だったからで、何か屈服するような感じだったためだ。 だがそんな考えもしばらく、空から太い綱が降りてくるように工場の塀の内側からはしごが下りてくると、 人々ははしごを越えて工場の中へと素早く入っていった。 警官がはしごを奪おうとして駆け付けたが、人々の一糸不乱を防ぐことはできなかった。

工場の中に集まった人たちは正門に走って行った。 正門には盾と安全帽をかぶった用役100人ほどがいた。 工場に入ってきた市民約500人は用役と小競合いをした末に正門を確保した。 工場の外にいた一部の市民は正門を通って工場の中に入り、 午前3時が過ぎてやっと私たちはキム・ジンスクがいるクレーン85号の下に集まることができた。 この時から希望バスを準備した友人たちはさらに忙しくなる。 まずマイクを設置しなければならず、横断幕を張らなければならず、公演と発言をすると約束した人たちを呼び集めなければならなかった。 一糸不乱に動いた。 誰が何をしろといわなくても、ただ体が自然に動くようだった。 搭乗者の紹介や連帯しにきた長期闘争事業場の労働者たちのあいさつと、 キム・ジンスクとのあいさつ。 キム・ジンスクの声は震えていて、涙混じりの声に人々も興奮した。 「笑いながら最後まで闘争!」 彼女の声に元気付けられたわれわれは、そうして夜が明けるまで力をあわせた。 音楽と踊りと歌、自由発言など、あらかじめ準備されたものはあまりなかった。 だが舞台はいつのまにか埋め尽くされてあまりあるほど豊かだった。

ツイッターを通じて集まった「遊び人外部勢力」の公演は、 工場の中に集まったすべての人々のエネルギーを最大にした。 楽しく遊んでこようという希望バスの基調を強調したのだ。 民衆歌謡から演歌まで、歌と踊りは果てしなく、時々続く発言は涙と笑いを行き来しながら感動を盛り上げた。 明け方まで続いた感動は、韓進重工業組合員の発言と発言の中に爆発した恨みの痛哭で、 工場内は涙、涙になり、雰囲気は徐々に整理された。 一度遊んで一度泣いた後、人々は三々五々集まって減った腹を満たしたり、 先日派遣美術チームがきた時に泊まった組合員宿舎に移動して眠ったりもした。

希望バスを準備した仲間は眠れなかった。 朝食を準備しなければならず、日が昇ればまたソウルに戻る準備をしなければならなかった。 工場を出る前にキム・ジンスクと韓進組合員と一緒にすることのための準備が必要だった。 派遣美術チームは夜を明かして風車をたたんだ。 そして次の日に使う横断幕をまとめてTシャツとハンカチなどに印刷する版画を準備した。 色々な準備で朝をむかえる頃、警察側から連絡がきた。 工場内のすべての人を連行するというのだ。 その上、撮影の日程であらかじめ工場を出た俳優、金麗珍(キム・ヨジン)の連行の知らせで雰囲気は深刻になっていた。 人々は集まってそれぞれ意見を出し始めた。 そのまま座り込もう、連行されることはできない、 ソウルに帰れないのなら最後まで残って工場を守ろうという意見が大多数であった。 こうしたものものしい渦中でも、何人かは準備を進めなければならなかった。

朝9時頃に人々が集まって、また楽しく遊ぶことにした。 派遣美術チームが地面に大型横断幕を広げる。 横断幕には「人は花だ。われわれは花だ。労働者は花だ」という文字と、 その中に花が描かれたイ・ユニョプの版画が描かれている。 写真家たちは85号クレーンの中間にのぼってカメラを下に固定する。 人々は仲間と共に、家族と共に、同僚と共に、格好良くポーズを取る。 それはカメラに向けたポーズでもあり、85号クレーンの上にいるキム・ジンスクに送る応援のメッセージでもあった。

参加者の痕跡を残すイベントもした。 広げられたイ・ユニョプの大型懸垂幕の絵に各自の手形をおすパフォーマンスだ。 そしてみんなにクレーンに上がってくれといった。 キム・ジンスクがいる35メートルの高さまでではなくても、 20メートルの高さの中間地点までのぼることにみんな躊躇しなかった。 長いはしごの形のバルコニーに一列に並んだ人々は、 下から上がる風車を渡し、85号クレーンと書かれた柱に風車を一つ二つと付け始めた。

このようにして時間は過ぎ去り、幸か不幸かまた警察から全員無事帰還を約束したという知らせが伝えられた。 もうソウルに帰る時間だ。 残った人々を心配する人々、以後を約束する人々、家に帰る足は限りなく重かった。 韓進重工業の労働者たちが見送りの列を作ってくれた。 長く二列に並んだ労働者たちは、すでに目頭がうっすら赤くなっている。 私たちは互いを知らない。 ただ一夜楽しく遊んで行くと思った。 ところが涙が出る。 とめどなく流れる涙に、互いを抱きしめて泣く。 韓進重工業問題が解決してキム・ジンスクが地面に降りてくるその日まで、 希望バスはずっとやってくるから頑張れと約束して決心をする。 この国のすべての労働者がともに連帯する限り、 希望バスは決して止まらないと、そう約束した。 この約束は私たちすべての約束であり、希望だった。

遠い85号クレーンの35メートルの高さにいるキム・ジンスクは、 何時間でも立って手を振る。 希望バスの搭乗客ひとりひとりに握手を求めるようにだ。

付記
この文は文化連帯が発行する話倉庫〈文化パン〉にものせられました。

原文(チャムセサン)

翻訳/文責:安田(ゆ)
著作物の利用は、原著作物の規定により情報共有ライセンスバージョン2:営利利用不可仮訳 )に従います。


Created byStaff. Created on 2017-08-29 17:46:56 / Last modified on 2017-09-10 23:38:11 Copyright: Default

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