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「なんで、こんな問題が出るんですか?」ーメディアの役割を放棄した『朝日』「共通テスト」報道 | |
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「なんで、こんな問題が出るんですか?」 ーメディアの役割を放棄した『朝日』「共通テスト」報道ー
塚田正治(「教育産業」関係者) 2021年から実施される「大学入試共通テスト」(以下、「共通テスト」)の第二回の試行調査が先月10・11日に行われた。 『朝日新聞』はこの問題につき11日付朝刊の五面(1・2・22・23・34面)、14日付からのシリーズ「教えて!変わる大学入試」の七回の連載記事を以て詳報している。 筆者は昨年12月の第一回試行調査の報道後、このテストの危険性につきお伝えした(http://www.labornetjp.org/news/2018/0105kiji)。 今回、『朝日』は少なくとも現状の内容でのテストの実施に反対する見解を表明しており、その限りでは筆者の見解に近づいたと言える。 しかし、本質的問題を的確に伝える報道ではない。 受験生に対する弊害を考えればメディアの役割を放棄した報道と言わざるを得ない。 ・「このテストに意味はない!」ー『朝日』の基本的主張ー まず、「共通テスト」導入の本質的目的を確認しておこう。11日付2面「視点」(氏岡真弓編集委員・執筆)が伝えるように 「自ら課題を発見して探究し、その成果を表現する力を問う」こと であり、「思考力・判断力・表現力」のチェックが重要な課題となる。 では、今回の試行問題はこの目的を達成しているのか? 『朝日』の答は「NO」である。先の目的の確認に続き、前述の「視点」は次のように述べている。 「(今回の試行問題で)測っているのは資料をまたいで情報を集約する力」 「じっくり思考して結果を一からまとめる力とは言えない。」 この批判は前回お伝えした、このテストを「新手(あらて)の暗記物」とする筆者の見解と通じると考えられる。 したがって、内容については前掲拙稿をご参照いただきたい(http://www.labornetjp.org/news/2018/0105kiji しかし、批判の詳細は踏まえずとも、本質的な問題を抱えるテストに意味がないことは容易にご理解いただけるであろう。 実際、「視点」の結論は「立ち止まって入試の姿を議論する勇気」を持って「試験内容の検証」を行うべきというものである。 端的に言えば 「現在の内容では『共通テスト』を実施する意味はない」 ということである。 ・伝わらぬ主張ー情報の「垂れ流し」ー しかし、上記の主張はほとんど伝わらない報道になっている。 一面を使った11日付2面の大見出しは「記述式 やさしく軌道修正」。他に四つの中見出しがあるが、内三つは試験内容や関係者の声を伝えるものである。 主張と関わるのは四つ目の中見出しの「入試の姿 立ち止まって考えては」(「視点」のタイトルでもある)である。 だが、紙面の一番隅の上、「考えては」と控えめに提案する形になっているので、インパクトはほとんどない。 また、14日付からの「教えて!変わる大学入試」の連載記事では上記の主張には全く触れていない。 「共通テスト」導入の経緯、採点・英語の民間試験導入・調査書の活用強化に伴う実務的問題、2024年度からの「第二次改革」の方向と課題(これも実務面)が取り上げられているだけである。 『朝日』の報道を読んで「この『共通テスト』に意味はない」と思う読者はほとんどいないであろう。 強力な取材力に基づく豊富な情報自体は確かに参考になる。 しかし、本質的な問題を伝えないのであれば、入試・教育の根本的問題の克服にはほとんど寄与しないと言わざるを得ない。 この一連の報道は膨大な情報の「垂れ流し」と言うよりないであろう。 ・「現場無視」の大学入試センター・批判の欠如した『朝日』報道ー「被害者」は受験生ー そもそも「共通テスト」をめぐる同紙の報道には、昨年の第一回の試行調査の報道から批判がほとんどない。 この調査の主体は大学入試センターであるが、一連の報道から浮き上がるその問題点は「現場無視」「受験生無視」である。 この点は �� 第一回の試行調査問題が公立一般高校の教育内容・入試対策を無視したものであったこと �� 対して公立中高一貫校及び私立校の生徒に圧倒的に有利な内容になっていること �� 今回の『朝日』の主張にもあるように、テスト内容が「思考力」ではなく「情報処理力」を問うものに過ぎないこと の三点に明確である。 �,砲弔い討蓮�公立高校の生徒がほとんど正解できなかったことに表れている。 今回の調査問題は第一回の結果を経て修正されているが、そもそも国の基本的教育体制である公立教育を無視する手続き自体が異様と言うべきであろう。 �◆Ν�についても現在の公立中高一貫校・私立校の入試問題やそれをめぐる「現場」の声を把握すれば、すぐに分かることである(私立についてはすでに前掲拙稿でお伝えしてある)。 しかし、『朝日』は�,砲弔い討浪燭蘓┐譴討い覆ぁ文�立校の生徒の正答率の低さを伝えただけ)。 �△砲弔い討眛辰鉾稟修浪辰┐討い覆ぁ�その後、公立中高一貫校についての報道(http://www.labornetjp.org/news/2018/0606tukada参照)及び今回の記事(23面。石原賢一・駿台教育研究所部長のコメント)で関係者の見解を紹介しているだけである。 ��についても前述のように目立たない形で批判しているに過ぎない。 しかし、事が生徒の一生を左右する大学入試の問題である以上、いずれも看過できる問題ではないであろう。 批判の欠如した報道の「被害者」は受験生(および保護者)である。 例えば今回の報道では、試行問題の受験生の次のような声が伝えられている(34面)。 「知識を問う問題があまりなく…地頭がいい人が有利だと思った」(私立校3年生・女子) 前掲拙稿で述べたように、このテストで必要なのは「情報処理力」「(従来とは違う形の)暗記力」であって、基本的に「地頭」の善し悪しは関係ない。 「問題文の中から答えを抜き出すよう求めている設問ばかりで、イメージと違った」(京都府立高校2年生・男子)と述べる受験生の方が「地頭がよい」と言うべきだろう。 にも関わらず、このような感想が生まれるのは、このテストが「思考力」を測るものと思わされているからである。 報道の影響は大きいと見るべきだろう。 しかし、最もこのような報道の被害を受けるのは、テストに対応できない受験生である。 テストで得点が取れない受験生は自分を「地頭が悪い」と認識してしまう。 この理不尽から受験生を救うには、そもそもテストが不公平な内容になっていること(� Ν◆砲筺峪弭洋蓮廚箸鰐鬼愀犬澄吻�)ということをきちんと伝えねばならない。 この最低限の内容をマスコミが伝えない影響は甚大である。 私が約3年間、担当していた事実上の「ネトウヨ青年」が執拗に問うたことの一つは 「なんで、こんな問題が出るんですか?」 だった(http://www.labornetjp.org/news/2018/0711tukada)。 この問いに納得できる答えを与えられぬまま、志望大学に拒否され続けた彼は、「排外主義」「非知性主義」へと追い詰められていったのである。 若者に「自分たちが直面している矛盾は何なのか」を伝えるのはメディアの最低限の役割のはずである。 『朝日』の報道はこの基本的役割を放棄したもの言わざるを得ない。 Created by staff01. Last modified on 2018-12-05 12:28:58 Copyright: Default | |