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李在明 VS 反李在明、火がついた基本所得論争

[最近の経済]基本所得論争の政治化

ソン・ミョングァン(チャムセサン研究所) 2021.03.18 09:47

旧正月連休の前後に大統領選挙レースの信号弾が打ち上げられた。 李在明(イ・ジェミョン)京畿道知事が自分のFaceBookに 「韓国型基本所得に対する建設的論争」を提示し、 これに対抗して与党内の反李在明系統政治家に分類できる 任鍾(イム・ジョンソク)、丁世均(チョン・セギュン)、李洛淵(イ・ナギョン)、金慶洙(キム・ギョンス)などが次々に強く反対を表明し、 激しい攻防が続いている。 「ポピュリズム」、「むだな浪費」、「正しくない」等、 多少過激で鋭敏な言葉まで登場した。 これに対して李在明は 「基本所得政策が抱くビジョンと方向のほうが重要」とし、 「現在の基本所得論争は良い競争の一例」だとして迂回的に自分の意志を明らかにした。

来年の大統領選挙を契機に突然とびだした基本所得

論争は、すでに10数年前から着実に提起されてきた。 2009年から緑色評論などの運動団体が基本所得論を代案経済理念として提示し、 学界でもわずかな論争があった。 そのうちに2012年の大統領選挙で福祉国家論争を契機として基本所得論が急浮上した。 当時は2008年の金融危機の余震の中で、 資本主義の危機に対する憂慮が大衆的に広く拡散し、 自然に代案経済に対する色々な論争が噴出していた時期だった。 文在寅(ムン・ジェイン)政府発足初期の経済政策の大きな基調だった 「所得主導成長論」もその時に広く知られ始めた。 本来の名前は「賃金主導成長論」だったが、 政治的な理由で「所得主導成長論」に変革し、 2014年の民主党の政策に浮上し、 その後、文在寅政府経済政策のアジェンダになった。

その頃、政治家たちは基本所得を活用し始めたが、 最も代表的な人がまさに李在明(イ・ジェミョン)だ。 彼は2015年、城南市長在職していた時、マスコミとのインタビューで 「青年を対象に青年配当導入のための政策研究を進めている」と明らかにした。 また、国民(地方自治体や政府)所有の公共財で発生した利益を国民に割り振る基本所得(あるいは市民配当金)の概念を城南市が最初に導入するといった。 そして翌2016年、実際に城南市は青年配当政策を実行した。 当時「共産主義者が国をひっくり返そうとしている」という保守主義者の批判があったが、 この政策はその後、李在明を基本所得のアイコンにすることに大きな役割を果たした。 そして2018年、京畿道知事に当選した後、昨年のコロナ事態で災害基本所得の熱烈な首唱者になり、 大統領選挙まで一年ほど前にした現在は、次期大統領選挙走者1位を走っている。 城南市長の時から続いてきた彼の政策軌跡において基本所得論は重要な位置を占めている。 そして今後の大統領選挙過程でも熱い争点になるだろう。 それで今回の論争は、反李在明系統の与党の要人がいっせいに政治的攻撃を始めたものと解釈するほかはない。

煙のように消えた「所得主導成長論」

選挙を前にした政治家のこうした論争は、いつものことだ。 むしろ火の蝶のように、火がついて見掛け倒しのようにうやむやになる場合が多いのが問題だ。 果たして今回の基本所得論争はどのように収斂するのだろうか? 前述した「所得主導成長論」を振り返れば、 政権発足初期1〜2年間、われわれはこの言葉を耳が痛くなるほど聞いた。 しかしいつのまにかどの政治家の口からも出てこない。 すでに大統領さえこの言葉を使わなくなって久しい。 あれほど論争した所得主導成長論はどこかに行き、 Kニューディール、K防疫がその場を自治している。 突然のコロナ事態で政策のポイントが変わるとしても、 所得主導成長論は1〜2年分の政策概念ではない。 最低5年以上の中期的概念の政策だ。 いわなる「1次分配」と呼ばれる賃金/利益の分配を増やして消費と投資を刺激して、 これが雇用増大に好循環する概念だ。 そのためには1次分配を強制する方案がなければならず、 これが消費と投資につながる政策的な輪をしっかり作らなければならない。 なぜなら、人々の所得が増えても株式と不動産だけに投入されれば 好循環は微弱になるほかはないためだ。

しかし強制的に企業の利益を労働者に分けない以上、 1次分配を制度化するのは長い時間がかかる。 労働者が賃金闘争により取り出す役割だからだ。 しかし低い労組組織率、単位事業場別賃金交渉体系、大企業と中小企業の大きな分配格差、 肥大した自営業者比重など、 韓国的な特殊性のために賃金を中心とする1次分配を制度化するには困難が多い。 それで、名称の「賃金」を「所得」に変え、「所得主導成長論」と直したのだ。 所得に直せば政策対象を自営業者まで拡張し、 内容も政府による2次分配までを包括できるためだ。 別の見方をすれば、対象と内容を増やして、 はるかに拡張された形態の成長論に発展したのだ。

ところでこのように拡張された所得主導成長論では政府の役割がさらに重要になる。 2次分配を含む分配政策を主導するには多様な政策とともに、 特に財政投与を大幅に拡大しなければならないためだ。 だが残念なことに、文在寅政府は 大統領が直接話したように、資産の役割を「呼び水」の水準に理解していた。 ピストンが動作するには必要な水を注がなければならないが、 政府の財政をそのための初動措置と理解したのだ。 それで、その次は市場原理によって自然にポンプが作動するかのように。 しかしこれは安易な状況認識だったことをもう誰もが確認している。 大部分の国民が分配政策が拡大したと皮膚で感じていない。 政府は常に財政問題を口実にして見せるふりをしただけだ。 たとえば最低賃金算入範囲拡大の議論のように、 最低賃金が上がっても月給が削られる政策を展開して、どうして分配が拡大するだろうか? ここに不動産政策のねらい外れがコロナ事態にもかかわらず活況が続く不動産市場を作ったため、 分配-消費-投資-雇用につながる循環輪はどうしても切れたようだ。 すべての資金を不動産市場と株式市場が吸い込んでいるからだ。 そのためこうした嘆きが出てくる。 「何ひとつきちんとしていない!」

基本所得論争の焦点は国家財政

昨年の災害基本所得は大衆にとても強烈な認識を残した。 国家が国民に一定金額を一括で配った例は歴史でも簡単には見つからない。 政府がこのように金を使ってもいいのかに対し、 大衆はいつも不安な認識を持っていたが、 こうした観念が一挙にこわれたのだ。 むしろスーパーで、コンビニで金が回っているという消費効果をこの目で確認した。 それで大衆のこうした認識の変化が災害支援金論争の中心にある 李在明の支持として現れる。 選別だとか普遍だとか不必要な論争ばかりして、時間を浪費するだけの他の政治家と違い、 足元の火を消すためにはとにかく大幅に財政を解かなければならないという 李在明式のサイダー論理に食いついたのだ。

選別か普遍かは重要な争点ではない。 選別は上手く、もっと厚くすれば良いのだ。 選別だけに焦点を合わせてピンセット処方すると言いながら時間ばかり浪費して、 至急な財政投与を今日明日と延ばすおろかなことはやめようということだ。 先日、大統領が話した「災害慰労金」論争も、こうした歪んだ例だ。 今はコロナ終息後の慰労金について論争するほど暇な時ではない。 まさに生計威嚇に苦しむ人に生活支援金が切実な時だ。 それもわずかな額では解決しない。 何か月も営業できず、仕事がなく、借金で埋め、今年まで危機が続く状況で、 1か月の生活費水準の支援で解決するのかということだ。 それも危機が完全に落ち着いた後に与えるとは、 大統領の状況認識からしてこれほど安易だ。

基本所得論争で最も憂慮される部分は、選別か普遍かの基準を分け、組に分けることだ。 すでに言論はそのようなスタンスを捉えたようだ。 世論調査の報道を見ても、災害支援金形式に対する選別か普遍かを問い、 どちらが高いのか報道する。 最も愚かな論争だ。 その上、悪意の態度だ。 こうした観点と基準が定着した理由は、限られた国家財政をどう使うべきかという前提があるためだ。 財政が限られているので、少ないがまんべんなく分けるのか、 でなければ特定の部分に集中的に与えるのかをめぐって対立している。 しかし問題の核心は、国家財政の余力をとても低く設定して、 まったく不足な水準で支援するところにある。 これでは口論が増えるだけだ。 国家財政をどうすれば大幅に増やせるのかを考えなければならない。 論争の中心もここに移さなければならない。 マスコミでは国家負債の心配を連日報道するが、 実は借金で積みあげた株式市場と不動産市場のほうがはるかに大きな問題だ。 負債の水準だけみれば、家計負債はGDP対比100%を超える約2千兆ウォンにのぼる。 まさに足の甲に落ちた火だ。 参考までに先進国の家計負債平均はGDP対比約70%程度だ。 ましてGDP対比40%にあたる700兆ウォン水準の国家負債で 国家経済がおかしくなるという主張は、片目をとじて喚くようなものだ。

基本所得論争の正しい教訓

基本所得論争から正しい教訓を得るためには、何よりも方向性が重要だ。 今のように選別と普遍の対立的な観点で接近すれば大衆から遠ざかり、 国家を民主化する政治的な機会を失うだろう。 基本所得論争を単純に分配の方式と金額だけで理解すれば、 一回だけの人気集め政策に転落しかねない。 100年基本所得を初めて主張した人の話を聞いてみよう。 「改革プログラムには二つの礎がある。 購買力と製品価格間の乖離を解消できるように 『国民配当』を全国民に割り振ること、 もう一つはそれによるインフレの可能性を遮断するために、 価格を調整するメカニズムだ。 ここで『公定価格』は生産システムの物理的な効率性の増加した分、小売価格を下げることを意味する。 この二つの要素を通して消費者はほしいだけ生産された製品を買うことができ、 その消費は自動で生産の持続性を保障することになる。」

このように、基本所得の出発は単なる分配政策ではない。 分配と生産をどのように効率的に構成するのかに対する接近だ。 彼が話す『国民配当(基本所得)』と『公定価格』はどちらも 国家の途方もない権力を動員する政策だ。 税金、貨幣発行、価格調整等等、非常に論争的な事案だ。 だから国家権力を民主化する政治的機会であり、 社会改革および社会革命の前哨を用意する踏み石でもある。 政治家の消耗性な組み分けと、マスコミの悪意的な報道態度でこうした重要な論争の契機が沈むことをただ見ていることはできない。 煙のように消えた所得主導成長論を繰り返してはならない。

原文(チャムセサン)

翻訳/文責:安田(ゆ)
著作物の利用は、原著作物の規定により情報共有ライセンスバージョン2:営利利用不可仮訳 )に従います。


Created byStaff. Created on 2021-04-01 18:01:14 / Last modified on 2021-04-01 18:01:16 Copyright: Default

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