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アフリカの熱風の前に立ったイスラエル

[寄稿]アフリカ難民5万人がストライキ

24601(ブロガー) 2014.01.07 16:30

アフリカ出身の難民がイスラエルで1月5日に始めたストライキが二日間続いている。5日、テルアビブのラビン広場には3万人ほどが集まり、行進とデモを行った。6日には米国、カナダ、ドイツ、フランスなどの外国大使館と、国連難民高等弁務官イスラエル事務所の前で抗議デモを続けた。AFP、ロイターなどによれば、米国大使館の前には1万人ほどが集まったという。

デモをした難民は、ほとんどがスーダンとエリトリアからきた。イスラエルの 全域に5〜6万人が滞留しているものと推定される。主にテルアビブ南部に集団 を作って居住しており、ホテルや食堂、カフェで働いている。彼らは最低賃金 にも満たない給料など、さまざまな方式の労働搾取に苦しんでいる。スーダン とエリトリア出身の亡命申請者は、難民の地位に対する審査と認定を要求して いる。また昨年12月にできた法による逮捕や拘禁に反対している。12月17日に イスラエル政府が「開放型収容所」または難民のため「住居中心施設」と呼ぶ ホロット収容所を脱出した難民150人がエルサレムのクネセト(イスラエル議会)前 まで行進してきた。彼らはすぐに警察に逮捕された。難民たちは内戦と戦争、 政府の抑圧を避けて、カナンの土地に来た。イスラエル政府は彼らを「侵入者」 と呼んで追い出す工夫をするばかりだ。

[出処:http://www.theguardian.com/画面キャプチャー]

国際法無視... 閉鎖的な「開放型収容所」

難民の逮捕と拘禁、収容所の建設は、イスラエル大法院の判決に外れている。 イスラエル政府は2012年に作った法を利用して、スーダンとエリトリア出身の 難民をその年の6月からサハロニム収容所に拘禁し始めた。この法は最長で3年 まで裁判なしで難民を拘禁できるようにした。イスラエル大法院は2013年9月、 この法を違憲と判決した。裁判所は、難民協約とイスラエルの国内法に基づき、 強制追放できない難民を12月15日までに釈放しろと命じた。イスラエル政府は 小細工で対応した。クネセトは裁判所が決めた期限まで5日残した12月10日、 新しい「侵入者法」を通過させた。この法は政府が新しい「開放型収容所」に 難民を最長1年まで裁判なしで拘禁できるようにした。新しい法によれば、 収容所の規則を破ったり「国家安保」または「公共の秩序」を威嚇する亡命 申請者はサハロニムの閉鎖的収容所で12か月まで拘禁されることもある。事実上、 無期限の拘禁が可能だ。「開放型収容所」の規則は「開放型」という名前に ふさわしくない。外に出ても、65km離れたペルセバまで、収容所が提供するバスを 利用しなければならない。その上、収監者は一日3回、事務所に報告しなければ ならない。夜には出ることもできない。「閉鎖型収容所」と違わない境遇だ。 ヒューマンライツウォッチ難民調査の責任者ゲリー・シムスンは「もしあなたが 砂漠のまん中で一挙手一投足を武装した警備員に監視されながら、たった一時間 の距離の村を訪問することだけができ、それも報告するためにすぐに戻らなければ ならないとすれば、あなたは自由ではなく拘禁された状態だ」とイスラエルの 小細工を批判する。

こうしたイスラエルの措置は、難民保護のための国際社会の努力を正面から破 るものでもある。国連は1951年「難民の地位に関する協約」、1967年「難民の 地位に関する議定書」を総会で採択し、難民を保護している。難民協約は難民 の滞留国の中での移動の自由を認めている。また法で定められていない方法で 入国しても刑罰を受けず、必要以上の制限を受けない権利を保障している。 イスラエル政府は難民の移動の自由を制限し、裁判なしで刑罰と違わない 収容所に拘禁している。協約が禁じる強制追放や母国への送還も試みている。 内戦中の南スーダンと権威主義的な支配で苦しむエリトリアへの送還は、難民の 命を実質的な危険に直面させる。この難民協約には124か国が加入している。 イスラエルも124か国の一つだ。それでもイスラエルは、難民の亡命申請を 審査しないなど、この協約が規定するすべての難民の権利を否定している。

国際社会と最高裁の判決にもかかわらず政府の反応は強硬だ。ネタニアフ総理 は、難民が「そこ(ホロット収容所)に留まるか、自国に帰らなければならない」 と話した。移民を担当する高位関係者は、彼らの目的が強制追放であることを 隠さない。3月の初めに内務部長官は難民を「侵入者」と呼び、彼らを拘禁して 静かになるまで、(彼らを受け入れると)確認された第三国に追放する計画を イスラエルのマスコミに打ち明けた。昨年12月、移民局は難民の逮捕と摘発を 開始し、内務部はビザを更新して臨時滞留許可書(conditional release visa)を 持つ人にホロット収容所への入所を命じた。政府はエリトリア人とスーダン人が 働く企業に圧迫を加え始め、地方自治体はアフリカ人が所有する店と食堂を閉鎖した。 拘禁と追放への恐怖がテルアビブ南部のアフリカ人共同体を襲い、行動が触発された。

拡大する抵抗と連帯、イスラエルを揺さぶる

イスラエル政府は新しい侵入者法により、サハロニム収容所の難民を12月12日 にホロット収容所に移動させ始めた。サハロニム収容所に拘禁されていた約 1000人のうち480人がまずホロット収容所に収容された。ホロット収容所の劣悪 な境遇は、5日に始まった難民のストライキの導火線になった。デモは、砂漠を 歩いて脱出し、昨年12月17日にエルサレムにきた150人の逮捕から始まった。 17日のデモはまだ規模が小さかった。このデモがイスラエル政界を揺るがすほ どに成長したのは、その週の土曜、21日にテルアビブ南部のレビンスキー公園 で開かれたデモからだ。2時間半程度のこの日のデモは、活気と自信で満ちていた。 6000人のデモ隊は警察の妨害にもかかわらず、イスラエル第1の都市である テルアビブ通りを行進して声の限りに「自由」を叫んだ。

エリトリア人とスーダン人は新年を迎え、抗議デモを拡大している。1月4日、 レビンスキー公園に数千人が集まり、5日から三日間のストライキを決議した。 ストライキやデモ行進、外国公館前での抗議デモなど、さまざまなデモが計画 され、進められている。難民の地位と処遇の改善を要求する彼らの声は、イス ラエルの市民社会にも小さな反響を呼んでいる。+972マガジンによれば、少な くとも二人のクネセトの議員が5日のストライキ集会に参加する意向を明らかに した。クネセト移住労働者委員会委員長のミカエル・ロジン(メレツ党・イスラエル のシオニズム主義左派政党。社会民主主義的指向で2013年の総選挙で6議席を得た)は 「今や行動する時だ。罪のない数万人が収監されてはいけない。共に立ち上がり、 叫ぼう。『われわれは犯罪者ではない』」と演説した。エリトリア人とスーダン人 を雇用するある食堂は、ストライキを支持するために営業を中断した。

帝国主義の警備犬としてアラブ国家を牽制してきたイスラエルは、自国内でも 権威主義的な支配を維持してきた。パレスチナ人への差別と分離・孤立政策が 代表的だ。イスラエルがパレスチナに対して作った分離障壁が全く予想できな いところで亀裂を表わしている。混乱に陥った東アフリカの国家から脱出した 難民がエジプト国境を越え、イスラエルに流入している。彼ら多数は地中海を 渡り、ヨーロッパに直航しようとしたが命を落とすこともある(昨年10月に チュニジアからイタリアに行く途中のランペドゥーザ島近海でアフリカ難民 500人を乗せた船が沈没して194人が死亡、150余人が失踪した)。彼ら21世紀の 難民の波が、最も強い人種主義国家の政治に亀裂を入れている。ハッガイ・マタール (イスラエルのジャーナリストで政治活動家)は、+927マガジンに寄稿した文で 「拘禁に対する抵抗と、団結する権利への要求は、もはや政治的論争の対象に 留まらない。今や政界の課題になった」とし、難民の抵抗で「市民不服従の一つ としての政治的行動主義の新しい様式」を発見できると言う。イスラエル政府は 重要な人口集団として浮上している彼らアフリカ難民に対し、パレスチナに したような障壁を作ろうとしている。この二番目の障壁ができる前に、最初の 障壁の内側の人々と連帯できれば、イスラエルの強い支配体制は猛烈な暴風雨に 出会うことになる。

参考資料

原文(チャムセサン)

翻訳/文責:安田(ゆ)
著作物の利用は、原著作物の規定により情報共有ライセンスバージョン2:営利利用不可仮訳 )に従います。


Created byStaff. Created on 2014-01-08 05:41:00 / Last modified on 2014-01-08 05:41:01 Copyright: Default

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