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清涼里588:「私たちを『性労働者』と呼んでください」

[チェ・インギの写真世の中](27)

チェ・インギ(貧民活動家) 2013.04.02 11:35

私にも自由があったなら、デートもして、映画も見て、
静かな並木道も歩いて、公園で一緒にアイスクリームも食べて、
一緒に写真も撮って、思い出を残せるのに、
残念だ。世の中が嫌になる。これは不公平だ…」
-群山市開福洞の火災惨事現場で発見された日記帳から-

母の手を握って鍾岩市場に行く時、必ず通らなければならない町内がありまし た。鍾岩洞市場の入り口から広がっていた私娼街の路地にかかっていた看板で す。『麦畑』『楊貴妃』『青紗灯籠』『阿房宮』。今もはっきりと記憶に残る 酒場の名前、その間にちらっと韓国民族衣装とひらひらした天女の服装で手を ふる女たちの姿を呆然と見ていると、母はあわてて手を引いて市場の中へとあ わただしく歩いていったりもしました。1970年代の鍾岩洞市場の路地の風景で す。鍾路3街一帯にあった私娼街の「鍾三」が軍事作戦を思わせるような方法で 撤去され、軍用トラックで運ばれ、ちりぢりに散って押し出されたのが1968年 9月と記録されています。この時の名前がいわゆる「蝶々作戦」ですが、本当に 教養ある(?)作戦名に聞こえます。その後、性売買女性たちは旧徐羅伐高等学校 の反対側、今のソウルの吉音駅10番出口を中心とする貞陵川トゥクパン一帯に 「ミアリテキサス村」を形成し、下月谷洞を経て鍾岩市場の近くまでその領域 を広げていきました。もちろん、大都市のどこからも集まって散る駅の中心圏 を中心として、かなり以前から私娼街は形成されていて、ソウルもソウル駅前 の陽洞、永登浦駅の美都波デパート近く、龍山駅の反対側、そして清涼里ロッテ デパートに近い588が大韓民国の私娼街として名声を轟かせます。

わが国では1904年の日帝強制占領期間の時期、ソウル市中区に「新町遊郭」を 作ったのが公娼の由来と伝えられています。ここでは警察の厳重な監督の下で 性が売買され、税金も賦課されたと記録されています。光復直後の1946年には 米軍政により「婦女子の売買またはその売買契約の禁止に関する法令」が公布 され、1947年には正式に公娼廃止令が下されます。すると、この時から不法な 売春が盛んに行われ始め、米軍を対象とする基地村の事例からわかるように、 事実上、黙認される水準で運営されます。1961年に制定された「売春行為など 防止法」は事業主の強要による性売買女性を被害者と規定するようになります。 前借金などで不当に搾取した借金は不法な無効債権なので返す義務がないとい う内容を含み、主人と性売買女性の間の従属的で暴力的な関係を是正する契機 を作ります。まだ性売買は不法でしたが1962年に保健社会部が全国100か所を越 える特定の地域を選んで性売買を黙認し、ここを時には「先導区域」という名 を付け、公然と性売買が行われました。結局、人類の一番古く、生命力が強い この職業の前に、法は有名無実の制度になりました。

性売買について記憶に残る事件は、2000年にソウルの鍾岩警察署長キム・カン ジャ(68歳)氏により進められた「ミアリテキサス奇襲事件」です。最初の女性 警察署長だったキム・カンジャ署長は赴任するとすぐ報道機関の記者とカメラ を同行して管内にあった俗称「ミアリテキサス村」の摘発を始めます。「この 子たちはとても優しくて純粋だということを皆さんはよくご存知ないでしょう。 本当に良い子たちなのに、ここでこうして地獄のような生活をしています。私 が苦しいのはまさにこれです。一度誤って足を踏み入れ、永遠に自分の人生を だめにする子たちを見るたびに涙が出ます。だから私が未成年者をこうした所 から引き出さないわけにはいきません」。強力な摘発を進める一方、未成年者 の性売買と監禁と暴行などの人権蹂躙を除き、古い集娼村では性売買を一時的 に認める差別的な政策を取ろうと主張します。しかしすぐに社会の世論が悪化 して、一部の女性団体は激しく抗議を始めます。そのうちに2000年9月、全北道 群山市のテミョン洞にある性売買店の火災で5人の女性が犠牲になり、1年6か月 後には近くの開福洞で性売買営業をしてきた店でまた火災が発生し、20代女性 14人が犠牲になりました。その後も釜山の玩月洞、光州の松亭里1003番地、 ソウルのミアリテキサスなどで殺人事件が発生し、社会的に性売買集結地での 売春の問題が深刻に台頭します。そして2004年、性売買特別法が制定されるに 至ります。

この特別法は「性売買斡旋など行為の処罰に関する法律」と「性売買防止およ び被害者保護などに関する法律」を通称するものです。非自発的な性売買の場 合は被害者と認めて処罰しないが、自発的な性売買は処罰対象で1年以下の懲役 や300万ウォン以下の罰金などを規定しています。この他にも2005年、政府は各 地方自治体に性売買集結地の閉鎖・再開発を骨組みとする「(仮称)性売買集結地 閉鎖および整備に関する法律」を立法推進する計画を出しました。新しい集結地 で性売買店ができることを防ぐ対策のようです。しかし果たして政府が思う通り 「性売買」の問題は解決されたのでしょうか?

2007年と2010年に女性部が作成した性売買実態調査によれば、3年間で減少した 性売買女性の数は7000人程度だったが、2010年の調査では、インターネットで 性売買をしたり、類似性行為業者に従事する女性の数が集計されず、実際には 性売買特別法が性売買を減らしたのではなく、「風船効果」を生んだのではな いかと指摘されています(「性売買の不法化または合法化あるいは非犯罪化」、 週刊京郷1011号、2013.01.29)。ちょうどその時に展開されていたニュータウン 再開発政策とからんで、建設資本と建物のオーナーや抱主(業者)が超高層住宅 商店複合ビルを作って分譲し、その後、開発利益を分け合う可能性が高まり始 めたのです。これをめぐり保守的な女性団体と建設資本との合同作品がまさに 「性売買特別法」ではないかという疑惑もあがっています。

労働は神聖だと言います。では体を売ることも神聖な仕事でしょうか? かなり 前にソウル駅のあるカフェで初めて彼女たちと会いました。人権ニュース代表 のチェ・ドッキョ(60歳)氏が提案した場でした。好奇心半分そして若干のぎこ ちなさとともに彼女たちと会ったその日の席は和気あいあいとしていました。 摘発が強くなり、性売買女性の会「ハント女従事者連盟」の会員、そしてそれ ぞれの私娼街で性売買女性たちが本格的に生計保障を要求してデモを始めまし た。2005年9月には性売買に従事する女性で構成された「民主性労働者連帯」が 発足しこれを支援する性労働ネットワークができます。その日は民主性労働者 連帯の代表イ・ヒヨン氏は、別の従事者の事務局長と共に自分たちが働く平沢 のいわゆる「サムニ」と呼ばれる私娼街地域が撤去の威嚇を受けているという 話でした。しかし当時、彼女たちの主張のように、自分たちの境遇を「性労働者」 と規定する問題は、ちょっと複雑な懸案でした。

数日後、団体の事務室に戻って慎重に彼女たちの提案を説明しました。撤去の 威嚇にある人々で、それで連帯をしたいと思うと主張しましたが、簡単に会議 で受け入れられませんでした。会議の後、誰か「大丈夫か、最近、やることが ないのかね?」という声が聞こえました。その後で私は民性労連と書かれたメモ をポケットから取り出して、こっそりごみ箱に捨ててしまったようです。時間 が過ぎて、今回「チャムセサン写真世の中」の企画で、彼らと会おうと考えま した。人権ニュースのチェ・ドッキョ(60歳)氏に電話をかけ、彼女たちに取材 したいと言いましたが、「会うのは無理だろう」と言われてむしろ当時、彼女 たちの提案を緘口してしまったことを叱責されました。当時、性労働者運動に 対して活発に意見を表明した数人の活動家のつてをたどって調べてみましたが、 やはり彼らを探すことはできませんでした。

その後、直接性売買集結地を取材するため、訪問を試みました。表から見れば 性売買集結地は消えていく傾向に見えます。ミアリテキサス村の周辺はすでに 高層ビルとアパートが建ち、外形的には撤去されたように見えました。しかし 少し路地に入るとシートが張られたうす暗いところに数人の抱主たちが椅子に 座り、談笑している姿が見えました。客引きのため、それ以上近づくのは難し かったです。竜山の性売買集結地は2012年夏、周辺の建物がすべて撤去され、 今では資材置場の空地と臨時の風物市場に変わっていました。4年前に竜山惨事 が起きた後、数人の同僚と近所の屋台で夜遅くまで酒杯を傾けていた所も、今 では痕跡もなく消え、フェンスだけが鉄甕城のように張り巡らされていました。

林権澤監督の映画「遊ぶ女(娼)」の舞台と思われる俗称「清涼里588」の私娼街 に行きました。ロッテデパートに沿って中に入ると「青少年通行禁止区域」と いう看板が眼につきます。コツコツとコインでガラス窓をたたく音で振り返る と、真昼なのに短い服装に濃い化粧をした女性が通りがかりの人に手を振る姿 が見えます。首までのセーターとジャンパーを着た私にも女が近付いてきて 「遊びにきたの」と尋ねます。取材したいのだがもしかして関係者と会えない かと尋ねると、何も言わず背を向けます。それとなくカメラを持ち出して路地 の中を撮っていると、さっきの抱主と何人かが集まって、取り巻かれ、険悪な 状況になりました。「カメラを壊される前にはやく消せ」という大声が飛び、 胸元を捕えられる事態に至りました。人格を侵害された怒りに充ちた目つきは、 今にでも殺すというような勢いでした。人格を侵害された人々の気持ちはよく 分かるので、素直に逃げるように抜け出しました。

清涼里588は、ソウル市東大門区典農2洞620〜624番地を称する言葉です。この 近くで露店をしているある知人から聞いた話では、清涼里聖パウロ病院を通り 踏十里陸橋の下に588番のバス路線が通っていたそうです。しかしいくら資料を 探しても、そんな事実はないことから見て、一種の噂ではないかと思います。 ここに性売買集結地ができ始めたのは朝鮮戦争の時に遡ります。清涼里駅から 東部戦線の激戦地に兵力が輸送され、軍人を相手にする性売買女性が集まりま した。ほとんどの性売買集結地は人の往来が多い駅中心圏を中心に形成されて いて、不動産景気が良くなるたびに撤去に苦しめられました。ソウル市は2012 年12月11日、第10次都市再整備委員会で「清涼里4区域再整備促進計画変更案」 を修正可決したと発表しました。これで建築審議と事業施行認可を終え、本格 工事が始まると、ここは完全に撤去されます。竜山の私娼街のように清涼里 588が消えるのも時間の問題です。そして清涼里588番地を含む東大門区典農洞 620番地一帯の4万3千207m2には、高さ200mの51階建てランドマークタワー1棟、 住宅商店複合ビル65階2棟と61階2棟ができると展望されています。

最近、また性売買合法化論争に火がつきました。2013年1月に、ソウル北部地方 裁判所は性労働者の主張を認め、「性売買斡旋など行為の処罰に関する法律」 の処罰条項21条1項の憲法審判を憲法裁判所に提案しました。この条項は性売買 をした人を1年以下の懲役または300万ウォン以下の罰金にする処罰条項で、性 販売者と性購入者を同時に処罰する性売買に関する核心の条項です。「性売買 特別法」関連の違憲申請をした「ハント全国連合」事務局代表のカン・ヒョン ジュン(59)氏は「世界的に性売買は『合法』、『規制』、『不法』の形態に分 けられますが、韓国は完全禁止の立場です。これは成人を性的自己決定権がな い未熟児扱いをするものです。したがって区域を定めて営業できるようにしな ければなりません。未成年者が業種に入れないように徹底的に管理監督ができ るようにしなければならず、性労働者も労働者として正当に自分の権利を認め させなければなりません」。

カン・ヒョンジュン代表は、2008年8月の監査結果で、一部の女性団体が国家か ら支援された数百億ウォンの金がどう使われたのか、きちんとわからないとい う問題も、合法化により克服できると展望しました。

数日後、またカメラを持って清涼里588に向かいました。前日の事件を参考にし て、今回は入口の近くや工事現場のフェンスの後に隠れて撮影を終えました。 売買春問題は敏感で鋭敏な問題なので、人権ニュースのチェ・ドッキョ氏を通 じてもう少し調べてみることにしました。「現在わが国は禁止主義に立脚して 性売買を完全に不法化しています。しかし特定の地域では性売買を合法と認め て税金を徴収し、登録証と医療監視体系を持つ合法的規制主義とは公娼制度を 意味します。その代わりにそれ以外の地域での売買春は禁止します。この他に 非犯罪化主義は成人の性的自己決定権に国家が介入しないということを意味し ます。性売買行為の双方を処罰せず、管理統制もしません。合法主義より高い 水準でしょう。しかし西欧の例でわかるようにエイズのような健康上の問題と 暴力組織の介入があるため、安全性に脆弱です。したがって、性売買の問題は その国の具体的な条件により選択する問題だというのです。ただし現在のよう に、一方的に禁止して犯罪化するのは問題だといいます。

最近、社会的貧困により核家族化が進み、結婚も忌避する風潮の中に性産業が 占める比重は日に高まっています。彼らが安定して営業できる大規模な空間の 確保が開発事業とからみ、次第に縮小しているのも事実です。参考までに女性 家族部の性売買実態調査を引用すると、2007年に韓国で性売買に従事する女性 の数は全女性人口の1.07%の27万人にのぼるとされています。当時、女性部は 専業型性売買店舗(集結地)で働いている数字を3644人、兼業型性売買店舗(居酒 屋など)にいる女性を約14万7000人、インターネット性売買や、それ以外の方式 の性売買をしている女性を約11万8000人だと推算しました(「法は変わっても性 売買女性の人生は変わらない」、週刊京郷、2013.01.23)。朴槿恵(パク・クネ) 政府になってから、地下経済陽性化政策によって脱税を防ぐと言っています。 では合法化であれ非犯罪化であれ、何らかの形で性売買女性を体制内化して、 その数が不備な現在の私娼街と性売買地域は制約していく方式を併行して行く という推察もしてみます。

清涼里588周辺は撤去がさかんに進められていました。すでに建物は取り壊され、 骨だけが残ったスラムのような様子です。広い空地の隅にぽつんと灯りをつけ た店も見えます。大通りを挟み路地の内側の狭い道には好奇心に充ちた車両の 行列が長く続いています。ある女性がガラス部屋の扉を開き、踏十里陸橋の下 に向かいます。ただ平凡な姿です。陸橋の赤い色街の灯が彼女を包みます。し ばらく見ていると、キム・ギョンミ詩人の詩「清涼里588番地」が重なります。 「... 誰も上下のない家で、遂に清潔な愛で暮らそうと、この世の中で、朝も 昼もいっぱい食べて、晩食も食べる、あなたたちの涙ぐましい希望」

原文(チャムセサン)

翻訳/文責:安田(ゆ)
著作物の利用は、原著作物の規定により情報共有ライセンスバージョン2:営利利用不可仮訳 )に従います。


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