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LNJ Logo 『戦争犯罪と闘う 国際刑事裁判所は屈しない』(赤根智子)
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毎木曜掲載・第402回(2025/9/4)

国際刑事裁判所所長みずから語る戦争犯罪と国際法

『戦争犯罪と闘う 国際刑事裁判所は屈しない』(赤根智子・著、文春新書、本体950円、2025年6月)評者:黒鉄好

 ウクライナ戦争の首謀者プーチン・ロシア大統領。ガザでのジェノサイド首謀者ネタニヤフ・イスラエル首相。2人に逮捕状を発布した国際刑事裁判所(ICC)所長みずからICCを通じて見えた戦争犯罪と国際法の重要性を説いた一冊。

 ICCは2002年に設立され、日本を含む125か国が加わっている。「麻薬撲滅作戦」と称し無差別に国民を殺害したドゥテルテ前フィリピン大統領が、ICCの逮捕状に基づき逮捕されるなど成果も挙げている。

 だが、そんなICCが今、最大の危機にある。プーチン大統領が赤根所長らを指名手配し、トランプ米大統領がネタニヤフ首相への逮捕状発布に対する「報復制裁」をICC検察官らに科したからだ。制裁対象の検察官は米国への入国も送金もできなくなった。ICCの将来を悲観し離職する職員も出ている。ICCそのものが米国の制裁対象となれば、ICCの業務システムが米国製のこともあり業務は完全停止する。

 ユーゴスラビア内戦で、ミロシェビッチ・セルビア共和国大統領(当時)の戦争犯罪を裁いた国際法廷や、多数派フツ族による少数派ツチ族に対するジェノサイド犯罪を裁くルワンダ国際法廷などの経験をもとに、常設の国際刑事法廷・ICCは生まれた。東西冷戦が崩壊、大きな戦争もなく国際社会が機能する国際刑事裁判所を作ろうと力を合わせることができた1990年代。「歴史の狭間で幸運にも誕生することができた」ICCをもし失えば「現在の国際情勢で同じことはできない。ICCを守り抜くことが私の役割」だと赤根所長は言う。戦争犯罪防止に消極的な今の日本政府の姿勢では国際貢献は難しく、「法の支配」を守るため日本に今、必要なのはジェノサイド条約への加入だというのは当然すぎる指摘だ。

 第3章「私はこんなふうに歩いてきた」では、赤根さんの生い立ちが語られる。高校時代までを過ごした生まれ故郷・名古屋は保守的な土地柄だが、両親からは「女は〇〇すべきだ」とは一度も言われたことがなく、当初は理系志望だったという。その赤根さんが、志望とは異なる東大法学部に進学し法曹資格を取得。希望は弁護士だったが「民間企業」である法律事務所への女性の就職の難しさを知る一方、女性差別を感じさせなかった法務省に好感触を得て検事となる。当時、検事としても女性としても珍しかった米国留学を経験した。ICC所長として自分に白羽の矢が立った理由について、赤根さんは、検事の仕事に加え米国留学経験、また堪能とはいえないまでも英語力があることを評価してもらえたのだと控えめに推し量る。米国留学経験は何物にも代えがたく、自分の同僚検事に制裁を加えた米国(トランプ政権ではない)のことは、今でも好きだという。

 学生時代の希望だった理系にも、司法試験合格後の第一志望だった弁護士の道にも、赤根さんは進まなかった。それでも、導かれるように進んだ別の道で活躍する赤根さんの姿は、人生において自分の希望がすべてではなく、与えられた道を切り開くことで咲く花もあることを教えてくれる。法科大学院時代の教え子たちが「法の支配」を守るため様々な活動に取り組む姿を伝える「エピローグ」からは今後への希望も感じられる。自分の進路に悩んでいる若い人がいたら、第3章から読み始めるのも悪くないと思う。


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