本文の先頭へ
LNJ Logo 〔週刊 本の発見〕秦 正樹『陰謀論―民主主義を揺るがすメカニズム』
Home 検索
 




User Guest
ログイン
情報提供
News Item hon392
Status: published
View


毎木曜掲載・第392回(2025/6/19)

私は騙されない?―選挙イヤーに考える

秦 正樹『陰謀論―民主主義を揺るがすメカニズム』(中公新書、2022年)評者:内藤洋子

 本書は、「誰が、なぜ陰謀論を信じるのか」という問いから始まる。オレオレ詐欺の話でも、なぜあんなものに騙されるのか、被害者は不用意な人たちで、自分は絶対に騙されないと思っている人が大半であろう。しかし、そんな人たちほど危ないとの指摘もある。

 本題に戻ろう。陰謀論と言えばすぐに思い出されるのが、熱狂的なトランプ支持者らが起こしたアメリカ連邦議会襲撃事件(2021年)である。選挙に不正があったと妄信した人々が、選挙結果を覆そうと起こした事件で、世界を震撼させた。また、今年話題になったのは、ルーマニア大統領選挙のやり直しである。一回目の投票では極右政党の候補が首位となったが、SNS戦略でのロシアの関与が指摘され、憲法裁判所が選挙を無効と判断し、異例のやり直しとなった。その結果、事前の世論調査での劣勢を覆し、ウクライナ支援に賛成の中道派のブカレスト市長が当選した。一回目の投票で、全くの無名だった極右候補が一躍首位に浮上した背景には、動画投稿アプリ「ティックトック」を駆使したことが挙げられている。 これは日本にとっても、「対岸の火事」ではない。特に選挙となると、有権者の政治的関心はにわかに高まる。それは良いことだが、一方で、陰謀論や陰謀論的言説が受容され、拡散される土壌が生まれることにも注意をはらうべきであろう。そのメカニズムを、著者は通常のアンケート調査にとどめず、様々なデータ分析の手法を用いた実証研究で科学的に解明しようとする。

 先ず陰謀論とは、「政治や社会の重要な出来事の裏には、一般人には見えない力がうごめいている、と考える思考様式」と定義している。 陰謀論と似て非なるものに、フェイクニュースがあるが、両者の違いは、「検証可能性」である。フェイクニュースは専門家の事後検証で精確度を示せるが、陰謀論は、早期に検証して真偽を定かにすることが極めて難しいという。

 近年、いわゆるネット右翼と呼ばれる人々がネット上で繰り返す嫌中・嫌韓など、排外主義・差別主義的な言説には、陰謀論的な要素が多く含まれているのは明らかであるが、自分は保守ではなく、「普通の日本人」であると思っている人々の政治的意見も、ネット右翼的言説と親和的で、陰謀論を受容しやすい傾向にあるとの調査結果が示される。

 一方、左派・リベラル派では、陰謀論との親和性はどうか。右派・保守派に比べて相対的に少ないことは言える。ただ、リベラル派であっても、特に選挙での負けが続くような状況下では、選挙制度など政治の仕組みそのものに対する疑念から、陰謀論を信じたり広めたりし易いことが言えるという。

 ひとつの具体例として、投票権年齢の18歳への引き下げ問題を取り上げている。これは、2015年に衆参両議院で全会一致で可決されたが、この同時期に国民投票法の改正がなされ、憲法改正のための国民投票の投票権が18歳以上と定められた。この裏には、近年の若年層の自民党支持率が高いことなどを背景に、憲法改正を目ざす保守層の政治的意図があったのではという、つまり与党の陰謀説が、一部野党支持者の間で広まった。政治的敗者となること自体が、陰謀論を引き寄せる動機となるという実証分析である。

 また意外にも、政治への高い関心が陰謀論を引き寄せる面があるという。つまり、もともと各人が持っている党派性(支持政党)や、特定の政治的な考え方(イデオロギー)に沿って情報を選択的に獲得したり、解釈したりする認知的メカニズムがある。そのため、自分の世界観や政治的信念と整合的になるように事柄を解釈する。それを筆者は「動機付けられた推論」と呼ぶ。それに合致しない、受け入れたくない事実から逃避し、心理的な安定を欲するがゆえに、陰謀論的言説に惹かれていくというわけだ。従って、初めに掲げた問い、「誰が、なぜ陰謀論を信じるのか」に対しては、「誰でも、自分の物の見方を肯定し、支えてくれるような陰謀論に引き寄せられる可能性が常にあると考えた方がいい」と、著者は結論づけている。

 そして最後に、では陰謀論の発信源は誰なのか。一般に、インフルエンサーや特定のサイトが思い浮かぶが、最も気をつけるべき存在は、実は政治家や政党だという。とりわけ選挙ともなると、勝たねば、という強い欲求から、ときに手段を選ばず、違法すれすれの行為や対立候補への誹謗中傷、自らの正当性を主張するためにデマや陰謀論を流すなどの事例もみられるという。それが選挙結果を左右するとなれば、民主主義を揺るがす事態となろう。

 正しい情報と陰謀論をうまく弁別するには、情報の正確性という面で、やはり公共の伝統的なメディアの果たす役割は大きい。既存のマスメディアにも改革すべき問題は多々あるが、公益性と社会の信頼度を毀損しないような報道体制作りに努めてほしい。そして個々人においては、自らの信念の「正しさ」に固執しない姿勢こそが、今の社会に求められている、と結んでいる。


Created by staff01. Last modified on 2025-06-19 08:58:25 Copyright: Default

このページの先頭に戻る

レイバーネット日本 / このサイトに関する連絡は <staff@labornetjp.org> 宛にお願いします。 サイトの記事利用について