
渡部通信: 明けない夜はない(328 )<若者を再び戦場に送るな!(78 )
量子力学誕生100年>
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今年は量子力学誕生100年になるということです。
そこで、以前私が『敢語と梅園哲学の評価』(2014年)という本に書いた
それに関する部分を紹介します。
ただ、少し長いのと、読みにくいかも知れませんので、
関心のない方はスルーしてください。
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* 次に<自然科学>、その中でも<物理学>を見てみよう。*
古典物理学はガリレイやニュートンにより確立された。その古典物理学に対し、根本的な
疑問を投げかけたのがアインシュタイン(1879〜1955)の「相対性理論」であった。しか
し、これは同時に古典物理学の完成とも言えた。*
*
この相対性理論のあと、原子の構造の研究が進む中で、「量子力学」が生まれてきた。そ
の量子力学を理論面から確立して行ったのがボーア(1885〜1962)であった。ボーアはそ
の際、「相対性」という言葉をさらに発展させた「相補性」という言葉を使うようになっ
た。これによって、原子の様々な動きは統一的に把握されるようになった。*
*
ところで、この「相補性」という概念は、哲学的な用語で言うならば、「矛盾」あるいは
「対立物の統一」とも言えよう。要するに、この言葉が表しているのは、原子や光、電磁
波などの様々な現象は一面的ではなく、そこには「矛・盾」や「対立」がありそれらは同
時に「統一」された関係でもある、ということである。つまり、ここには弁証法的な関係
が存在するということである。*
*
20世紀の物理学は、マルクスやエンゲルス、レーニンらが強調していた弁証法的唯物論の
正しさを実証したと言ってもよいが、とくにボーアの「相補性」という言葉はまさにその
ことを実証しているのである。
*
* それは、ボーア自身の次の言葉にもよく表れている。*
「実際には相補的な記述の仕方は、説明というこれまでの要求の恣意的な断念を意味する
ものではなく、それどころか逆に、原子物理学における分析と綜合の現実的条件に対する
適切な弁証法的表現を意図したものである。」(岩波文庫『因果性と相補性』)*
* また、ボーアは「量子力学」が物理学の新たな段階であることについて、次のように述
べている。*
*
「量子論の一般的問題で問われているのは、力学理論や電気力学理論の従来の物理学の概
念で記述可能な手直しではなく、これまでの自然現象の記述の基礎にあった時間・空間的
描像の根底的な破綻である」(岩波文庫『量子力学の誕生』)*
*
「相対性理論は測定の解釈が時間・空間座標の選択にいかに左右されるのかという問題に
かかわっているけれども、量子論において私たちが直面するのは、対象と測定装置の相互
作用が避けられないということによってもたらされるまったく新しい状況である。観測の
本姓からしてこの相互作用が本質的に制御不可能であるということは、時間・空間概念と
動力学的保存法則のそれぞれの曖昧さのない使用がたがいに排他的であるという、これま
で知られていなかった特徴を意味しているのであり、そのために、因果性という古典論の
理想を相補性というより広い観点で置き換えなければならなくなるのである。」(同上)
*
* ここに見られることは、レーニンが『唯物論と経験批判論』で次のように述べていたこ
との正しさを証明しているのではないだろうか。*
*
「物の『本質』あるいは『実体』も(・)また(・・)相対的である。それらはただ人間の客
観的認識の深化を表現しているだけであり、そして、この深化がきのうは原子よりもさき
にはすすまず、きょうは電子とエーテルよりもさきにすすんでいないとしても、弁証法的
唯物論は、人間の進歩していく科学による自然認識のこれらの道標(・・)はみな一時的・
相対的・近似的なものだ、と主張する。電子は原子と同じようにきわめつくす(・・・・
・・)こ(・)と(・)の(・)できない(・・・・)ものであり、自然は無限であるが、しかし
それは無限に存在(・・)する。そして、人間の意識や感覚のそとにある自然の存在(・・)
の、こうした唯一の断固たる承認、唯一の無条件的な承認こそ、弁証法的唯物論を相対主
義的不可知論や観念論から区別しているものである。」*
*
「量子力学」について、ディラック(1902〜1984)は『量子力学』(第4版、1957)の中
で、「電子」と「陽電子」について、次のようなことを述べている。*
*
「排他の原理がきいているので、普通は正のエネルギーの電子が負のエネルギーの状態へ
転移をするようなことは起らない。しかしそれでも、負のエネルギーの状態のうちにから
になっている状態があれば、正のエネルギーの電子がそこへ落ちこむことはできる。この
場合には当然電子と陽電子との1対が同時に消えることになり、それらがもっていたエネ
ルギーは輻射の形で放出される。その逆の過程としては、電磁輻射によって電子と陽電子
とが作りだされることになる。」*
* ここには、まさに自然の弁証法を見ることができるのではないだろうか。*
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ちなみに三浦梅園(1723〜1789)は、つぎのようなことを述べています。
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*天地達観の位には、聖人と称し、仏陀と号するも、もとより人なれば、*
*畢竟(ひっきょう:つまるところ)我が講求討論の友にして、**師とするものは天地な
り。*
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そして彼の<条理学>について次のように述べています。
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*条理の訣(けつ:秘訣)は、反観合一(反して観、一に合し)捨心の所執(心の執着す
る所を捨て)、*
*依徴於正のみに候(徴(ちょう:あかし)の正しいことのみに依る)。*
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戦後80年、世界は三たび大動乱の時代になってきました。
慈円は『愚管抄』の中で、歴史は結局は「道理」が貫くと言っています。
おそらくそうなるでしょう。
大変困難な時代になってきましたが、
「奢れるもの久しからず」という言葉もあります。
あれほど盛んだった安倍晋三氏とその仲間たちもそうなりました。
一歩一歩。前進しましょう。
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