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LNJ Logo 〔週刊 本の発見〕『不当な債務ーいかに金融権力が負債によって世界を支配しているか』
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毎木曜掲載・第107回(2019/5/2)

欧州に拡大する債務帳消し運動

『不当な債務〜いかに金融権力が負債によって世界を支配しているか』(フランソワ・シェネ著、長原豊・松本潤一郎訳、作品社、2017)/評者:菊池恵介

 現在ヨーロッパは、BREXITやフランスの黄色いベスト運動の登場など、未曾有の混乱に直面しているが、その背景には、リーマンショック後の厳しい緊縮政策の影響がある。2010年以降、欧州各国は、膨張する財政赤字を削減するため、年金や医療費の削減、消費税の引き上げなどを次々に断行したが、その結果、景気はますます低迷し、失業率がうなぎのぼりに上昇する一方、税収の減少で債務残高が返って増大するなど、まさに負の悪循環に陥ってきた。このような事態に対する怒りが、既成政党の凋落とポピュリズム台頭の一因になっていると考えられるのである。その発端となった欧州債務危機の原因はどこにあるのか。2011年に刊行された本書は、その原因をいち早く究明し、フランスの反緊縮運動に大きな影響を及ぼしてきた。以下では、その主要な論点を確認して行こう。

 本書は大きく3つの章から構成される。まず第1章では、金融自由化のプロセスと、その帰結を振り返る。1929年の大恐慌後、アメリカの金融市場はグラス・スティーガル法などにより、厳しく規制されたが、1980年代にレーガン政権が誕生し、金融市場の自由化に着手すると、巨額の投機マネーが市場を駆け巡り、世界各地でバブル経済を引き起こすようになった。1987年のブラックマンデー、メキシコの通貨危機(1994-95)、アジア通貨危機(1997-98)、アメリカのITバブル(2001)、そしてサブプライム危機(2007-08)など、その例に枚挙のいとまがない。この金融自由化のプロセスを経て、いかに富の極端な集中が進み、金融界の政治的影響力が増大したかを描き出すことが、第1章「金融権力、その現実における組織的な土台と形態」の課題である。

 つづく第2章では、サブプライム危機や欧州債務危機を招いた「債務による成長」の限界が論じられる。一般にサブプライム危機の原因は、金融工学のエンジニアや投資銀行、格付け会社など、金融界の一部のアクターに還元される傾向がある。しかし、本書によれば、2007年の金融危機の根底には、過剰生産という資本主義の古典的な矛盾がある。すなわち、資本主義体制は、利潤の最大化を追求するが、そのためには、たえず生産体制を合理化し、賃金コストを圧縮する必要がある。その結果、大衆の購買力が低迷し、需要が収縮することで、「過剰生産という疫病」(マルクス)に見舞われてきたのである。*写真=ロンドンの反緊縮デモ(2012年)

 この古典的な矛盾に、いかに対応するのか。その一つの回答が、大恐慌後のニューディール政策であり、戦後のケインズ主義政策であった。すなわち、政府が公共事業を通じて景気対策を施すと同時に、税制や社会保障を通じて所得の再分配を図ることで、資本主義に不可欠な需要を支えてきたのである。だが、1980年代以降の新自由主義体制は、完全雇用よりも、株主への配当を優先するため、別の解決策を探る必要があった。そこで打ち出されたのが、グローバリゼーションと「債務による成長」という二重の戦略である。すなわち、資本移動に対する規制を撤廃し、賃金水準の低い国に製造業を移転する一方、住宅を担保とするローンを大衆層に提供し、消費を促すことで、景気の浮揚が図られたのである。こうして企業の海外展開によって生産コストを圧縮し、株主への高い配当率を達成する一方、産業の空洞化や非正規雇用の拡大に喘ぐ大衆層に借金でモノを買わせることができれば、金融界にとって、まさに一石二鳥であろう。低所得層向けのサブプライム・ローンが「究極の貧困ビジネス」と言われる理由である。

 このアングロサクソン型の成長戦略を、ヨーロッパで最も積極的に導入したのが、2000年代に住宅バブルとソーシャル・ダンピングで急成長を遂げたアイルランドとスペインであった。長らく欧州統合の成功例として注目されてきた両国の繁栄の実態を究明し、「債務による成長」の限界を記すことが、第2章「ヨーロッパの債務危機と世界的危機」の主題である。

 第3章では、欧州諸国の財政赤字の原因を探ることで、リーマンショック後の緊縮政策の正当性を問い直す。この間、欧州の政治指導者は、歴代政府の放漫財政を非難することで、緊縮政策を正当化してきた。「我が国は歳入を超える支出を続け、財政赤字を垂れ流してきた。財政再建を果たすことは、次世代への責任である」と。だが、この間の欧州諸国の財政支出の推移に注目すると、その割合は必ずしも増大しておらず、全般的にはむしろ横ばいであることがわかる。たとえば、フランスの場合、GDPに占める公的支出の割合は、1993年に55%というピークを記録した後、15年間ゆるやかに低下し続けてきた。このように財政支出が減少しているにもかかわらず、累積債務が膨張し続けてきたのはなぜだろうか。本書によれば、そこには大きく三つの要因がある。一つ目は、EU域内における減税競争による税収の減少。二つ目は、中央銀行による財政ファイナンスの禁止を背景とする国債の金利の高騰。そして三つ目は、サブプライム危機と世界同時不況のインパクトである。とりわけ、2007年にアメリカの住宅バブルが弾けると、欧州の政治指導者は巨額の税金を投入し、自国の金融機関の救済に乗り出したが、その結果、政府の財政赤字が急騰すると、一転して厳しい緊縮政策を断行した。公務員のリストラ、医療費や教育費の削減、年金受給年齢の引き上げなどである。いわば巨額の税金の注入により、金融機関を救済する一方、そのツケは国民に転嫁されたのである。だが、このようにして膨らんだ公的債務を返済する義務が果たして一般の国民にあるのだろうか。第3章「正統性なき公的債務」では、とくにフランスとギリシャの事例を詳しく検討した上で、「不当債務(Illegitimate Debt)」の帳消しというラディカルな対案を示唆する。

 これまで債務問題といえば、長らく第三世界の問題として語られてきたが、リーマンショック後、あらためてヨーロッパの根本問題として再認識されるようになった。この債務による支配に対して、いかに対抗していくべきか。欧州債務危機の真相を探る本書は、その手がかりを与えてくれる。

*「週刊 本の発見」は毎週木曜日に掲載します。筆者は、大西赤人・渡辺照子・志真秀弘・菊池恵介・佐々木有美・佐藤灯・金塚荒夫ほかです。


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