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LNJ Logo 太田昌国のコラム : 500年の歳月を超えて沸き起こる「征服・植民地」論争
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 ●第30回 2019年4月10日(毎月10日)

 500年の歳月を超えて沸き起こる「征服・植民地」論争

 4半世紀有余前の1992年に、友人たちと語らって、「500年後のコロンブス裁判」という催し物を東京で開いた(写真=チラシ)。1492年のコロンブスの大航海とアメリカ大陸への到達という「事業」を起点として、ヨーロッパはアメリカ大陸を植民地化した。未知の資源と労働力を確保した前者は近代の曙を迎え、後者は前者に否応なしに従属させられた。この事実は、その後の世界の近代・現代への歩みの中で決定的な意味を持った。だから、その500年間に及んだ歴史過程を捉え返したいと思ったのだ。
 1950年代後半の私の中学時代、次の例文で英語の能動態・受動態を学んだ。
〔能動態〕Columbus discovered America. (コロンブスがアメリカを発見した)
〔受動態〕America was discovered by Columbus. (アメリカはコロンブスによって発見された)。

 もともと住んでいた先住民族が存在していないも同様の視点だった。世界史においても、未知の海原への「大航海」という冒険と「アメリカ発見」の偉業が語られるばかりで、スペイン人たちがアメリカ大陸で何をしたのかという観点はまったくなかった。

 1960年代後半、米国がベトナムで侵略戦争を展開した頃から、欧米の大国と、それによって植民地化されたアジア・アフリカ・ラテンアメリカの歴史的関係が鋭く問われ始めた。それからさらに数十年が経ち、「コロンブス500年」を迎えた1992年には、人びとの問題意識はいっそう深化していた。期せずして、世界各地で同時多発的に「500年後のコロンブス裁判」と同じような試みがなされた。この年は、人類史における帝国−植民地問題の重要性を人びとに気づかせる契機になった。多くの場合は虚しく終わる「周年の記念行事」は、たまには、こんな効果を発揮することもある。

 それから27年を経た今年=2019年は、コロンブスの事業を継いだひとり、エルナン・コルテス指揮下の征服者たちが、現メキシコにあったアステカ帝国に攻め入った1519年から数えて、500年目に当たる。つまり、カリブ海の小さな島に到達したコロンブスの第1回航海から30年足らずで、スペイン人たちは大陸部に拠点を築きつつあったのだ。アステカ帝国は1521年に滅ぼされる。

 メキシコのロペス・オブラドール大統領(写真)は去る3月、この「500年期」に当たって、スペイン国王フェリペ6世とフランシスコ・ローマ法王に書簡を送ったことを明らかにした。カトリック教会が先頭に立ってスペインがアステカ帝国を征服してから500年目を迎え、征服時に先住民族に対して行なった残虐行為に関する謝罪をするよう求めたのである。今、イベリア半島とラテンアメリカ各地では、このメキシコ大統領の発言をめぐって賛否両論の活発な議論が沸き起こっている。スペインでは、政党「ポデモス」はメキシコ大統領の言う通りだとの立場だが、政府・閣僚・歴史学者からは「現在の価値観で5世紀前の過去の歴史を裁くことはできない」とするお馴染みの見解が紹介されることが多い。「スペインは人類の中でも最も重要な民族。アメリカ大陸の繁栄に貢献した。スペイン人は他の帝国と違って同地に残り、混血し……」などと語る政治家もいる。ペルーの作家、バルガス・リョサは「先住民族の虐殺は、各国がスペインから独立して以降のほうがおぞましい。ゲリラによるそれも含めて」と語っている。

 私は、メキシコ大統領の問題提起には意義があると考えるが、同時に「500年前にスペインによって犯された、先住民族に対する権利の侵害行為は、いまここで、メキシコ国家によっても犯され続けている。この、持続する植民地主義にこそ目を開かなければならない」という方向へと議論が展開していくことが好ましいと思う。メキシコでは、アステカ帝国滅亡500年の2021年までの今後2年間、繰り返し論議が続こう。そして、アンデス地域では、征服者フランシスコ・ピサロによるインカ帝国滅亡500周年を来る2032年に迎える。深刻な問題を孕んだ歴史論争が、今後十数年かけていかなる「成果」を生み出すか、注目したい。欧米諸国の後追いをしてアジア地域で唯一の植民地帝国となり、その清算も終えていない日本の私たちにとっても、それは他人事ではない。

「あるくラジオ」太田昌国出演(62分)


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