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「ワーカーズ日本語版」に熱い期待

 9月16日から19日まで、東京信濃町の京都造形芸術大学・東北芸術工科大学外苑キャンパスで開かれた東京アートブックフェア(TABF)2016に韓国の独立メディアのチャムセサンを始めとするメディアグループが雑誌「ワーカーズ」を出展した。
 今回の出展では、今年3月の創刊号から最新号まで全21冊とともに、「日本語サンプル」が展示され、TABF来場者の注目を集めた。

TABF 2016

 ワーカーズは、チャムセサンの記者・編集者とデザイナーグループ、写真家グループのコラボレーションによる紙媒体の雑誌。インターネット全盛時代、従来の紙媒体の雑誌が続々と休刊・廃刊に追い込まれる中、あえて新しい雑誌を発行しようという試みは、あらゆる方面からの強い反対を受けたが、反対の声を押し切って現実のものになった。
 ずっしりとした重量のある紙に印刷された80ページほどのワーカーズは、洗練されたレイアウト、美しい写真と、左派的に「偏った」記事が特徴だ。各号の記事は労働、非正規職、女性、歴史、障害者、LGBT、平和、青少年、移住者、そして海外の左派的な運動の紹介など、毎号充実した内容だ。
 しかしワーカーズが他の時事雑誌と決定的に異なる点は、写真家グループによる写真のページだろう。いくらインターネットの時代だと言っても、紙に印刷された写真のインパクトはコンピュータの画面に映し出される写真とは比較にならない。紙の質感とインキのにおい。同じ写真なのに、誰もがはっきりと「紙」メディアの優位を感じるはずだ。
 もちろん、写真のページだけではない。グラフィック・デザイナーの手によって美しくレイアウトされた記事のページも「紙」ならではの「雑誌を読む楽しさ」を感じさせてくれる。
 しかし創刊からしばらくは、韓国の左派の間からも決して好意的な反応ばかりではなかった。「こんな写真が弾圧に苦しむ労働者に何の意味があるのか」、「こんなに上等な紙を使う必要はない」、「すぐに潰れる」といった反応もあった。しかし、号を重ねるにつれて、そうした反応は次第に少なくなり、好意的な反応が増えてきたという。
 資金的には決して楽ではない。雑誌の性格上、価格は抑えなければならない。当然、一切広告はない。しかも読者数は限られている。10人の編集スタッフは頑張ったが、当初の「週刊」には限界があった。20号を発行した後、1か月の休刊期間を経て9月からは隔週刊誌として出直すことになった。そして1か月の休刊期間にまた突拍子もないアイデアが飛び出した。「日本語版ってのはどうだ?」

 今回のTABF 2016への出展は、ちょっとしたハプニングの結果ではあった。それはともかく、ワーカーズの試みが受け入れられるものなのか、世の中に問うため、急遽、日本語版サンプルの制作を始めることになったという。
 実はワーカーズに問題がある記事が掲載され、そのために日本語版の準備の段階でちょっとした混乱があった。慰安婦問題を扱った記事について、取材の甘さ、問題の認識不足が指摘されたのだ。この件については、TABF期間中、来日した編集長のホン・ソンマン氏と話し合ったのだが、編集側の認識不足は認めざるを得ない。こうした問題が発生した理由には、新生雑誌の勇み足もあったのだろう。いずれにせよ、編集部には貴重な経験になったのではないだろうか。
 とにかくそうした過程を経て日本語版サンプルの原稿は集まった。しかしまだ問題は続く。
 日本語を知らないデザイナーは、日本語の版組ができないと言い出したのである。プロのデザイナーとしては、当然の反応かもしれない。とはいえ日本人に見せるのに、日本語のサンプルもないというのでは話にならない。結局、編集長がわけもわからないまま、ワープロで作ったサンプルを徹夜でカラー印刷して持ってきた。言うまでもなく、オリジナルの美しいデザインは台無し、単に日本語で印刷してみたという出来上がり。それでも展示ブースでは大好評で「これでもいいから欲しい」という人が続出したのだが。

 TABFの期間は韓国の秋夕連休と重なっていたため、航空券の入手も一苦労だったというが、それはともかく無事に会場にブースを整えた。当初はインターナショナル・セクションでの出展を希望していたのだが、なぜか却下されて一般の展示室での展示になった。
 日本語ができないワーカーズの編集長とスタッフの通訳兼説明役として、ぼくが手伝うことになった。初日、ブースを整えて来場者を待つ。持ち込んだ「ワーカーズ」は約300冊。4日間の期間に売り切るには、毎日70冊〜80冊ほど売らなければならない。

オープン前のブース

 しかし、そう簡単に韓国語の雑誌が売れるはずもない。初日は5冊程度の売上にとどまった。2日目も3日目も…。「値段を下げようか」、「1冊700円は高いかな? 値下げしたらどうだろう」などと話しながら、来場者の目に止まるようにセールスポイントのひとつである写真のページを広げてとにかく待つ。

ブースに並ぶWORKERS
展示ルームD全景

 TABFの来場者は、出版関係者やデザイナー、カメラマン、そして美大の学生など、社会運動からは縁の遠い業界関係者が多かったのではないだろうか。洒落たアーティスティックな本が並ぶ中、社会運動を掲げる、それも韓国の雑誌に興味を示す人が多いと期待するほうがどうかしている。「何でこんなにたくさん持ってきたんだ」とぶつぶつ言いながらも、ぽつりぽつりと売れる。飛ぶように売れたというわけには行かなかったが、ワーカーズのブースを訪れる人たちの声は、思っていたより肯定的だった。いや、熱い反応だったと言ってもいい。
 ワーカーズに反応したのはなぜか女性が多く、フェミニズム関連の特集号がよく出る。  女性の場合は若い女性から年輩まで、すべての年代に渡っていたが、特に若い女性が強い興味を示す。労働運動などをやっていると、普段はあまり見かけないようなタイプの女性がブースに並ぶワーカーズを手にとり、時間をかけて丁寧にページをめくってくれる。
 男性は比較的若い年齢層の反応がいい。青年問題を扱った特集号もよく売れた。
 3日目と4日目は、川崎でヘイトスピーチに対するカウンターをやっていたという人が、「面白い本を売っている」と伝えてくれたおかげで、シールズやエキタスのメンバーだという人たち、社会運動に興味があるという人たちが続々とワーカーズのブースに来てくれた。
 「こういう雑誌を作りたかったのに、先にやられてしまった」、「日本語版はいつ出るのか」、「日本語版が出たらぜひ買いたい」、「この日本語のサンプルでいいから売って欲しい」。そんな声があった。
 また、韓国と日本についての話のやりとりもあった。「韓国のことはよく知らなかったけれど、こうして見ると日本と全く同じ」、「女性として、韓国の女性の話に100%共感する」といった言葉もあった。
 印象的な写真、洗練されたデザインも好評だった。「活字だけでは伝えられないことがある」、「社会運動の中にもアートが必要だと思っている」、「持っていてカッコいい雑誌」、「運動をやりながら、ビジュアルな訴求力は言葉の持つ訴求力に劣らないと感じていた」。
 年輩の人はワーカーズの記事の内容に、若い人はビジュアルなレイアウトに高い評価をしていた、と言えば少々乱暴だが、そのような傾向があったと思う。特に最近の若い人たちが物心ついた頃はすでにインターネットの時代。しかも社会派の雑誌は絶滅危惧種なみに少なくなっている。その意味で、ワーカーズのような「紙」の雑誌は彼らにとって新しいメディアなのかもしれない。

ブースに立つ本・ソンマン編集長

 ちょっとした冗談から始まった「ワーカーズ日本語版」の話だが、どうやら本気で検討しなければならないようだ。ワーカーズ日本語版なんて、それが無謀なチャレンジであることは言うまでもない。しかし、韓国でもワーカーズの企画が無謀なチャレンジだった。「どうせすぐに潰れる」と言われながらも、何とか半年は続いた。日本語版も決して不可能ではないかもしれない。
 とにかく、「ワーカーズ日本語版」に期待する人は決して少なくないことは確かだ。こうした「無謀」な試みが今の日本の社会運動に欠けているということに改めて気付かされた。常識を乗り越えなければ、社会の変革なんてできるわけがない。

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付記:WORKERSの記事のうち、毎号何本かを抜粋して翻訳した記事をレイバーネットのWORKERSフォルダに掲載しています。


Created by Staff. Last modified on 2016-09-21 05:24:50 Copyright: Default

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