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第4話 めくるめく1週間の巻 新戸育郎

 (2008年4月6日掲載・連載の一覧はこちらへ。毎日曜更新)

  

 パニックがようやく収まり、派遣講師新戸育郎はまた新しい教室に馳せ参じる。要領がわかり始めた‥‥と思ったのはしかし錯覚。世の中そう甘くはない。待ち受けるものは難関ばかり‥‥。

《狂乱の小5クラス》

 5日目になった。
 また新たな教室である。きょうは小5の理科ふたクラス。ここもまた100分授業を理科と社会で途中交替するというシステム。つまり理科は50分を2回ということ。
 事前のスクールの室長との話では、このクラスは特に集中力に欠ける子が多いということだった。だとすれば、どういう具合に集中力を維持させるか。単元は太陽の動きから始まって1日の気温、1年の太陽の動き、月の満ち欠け、そして星座へと入ってくる。黒板に平面的な絵を描くだけでは理解しづらい内容だ。
 ところが、予備校というところには実験をするような設備は何にもない。小学校なら惑星模型だとか天球儀、日時計などは大抵あって、多少なりとも直感的な理解が可能なのだが。
 まず導入部。太陽が東から上がり、南中し、西に沈むというような動きの理解。明石で太陽が南中したとき正午と決められているが、東京での南中は午前か午後か(皆さんこれわかります?)、などといった東西の位置関係の理解は、黒板だけで説明するのは大変難しい。
 このスクールへ行く前に、仕方がないから自前で地球儀(風船になったのが売っている)を買って行こうかなと思っていたが、幸い地球儀だけは各スクールにあった。
 さて、最初の5Cのクラス。Cというのは3レベル中でいちばん成績が悪い連中ということ。地球儀を抱えて教室へ入っていったとたん、「あれー、社会なのかあ」「理科じゃないのー」「どうして理科なのに地球儀がいるのー」とキャーキャーワイワイ。授業を開始しても、おしゃべりはやまない。大声を出し、静かにしろと怒鳴ってみてもほとんど効き目がない。
 気温の測り方。百葉箱の説明。みんな百葉箱ってのを見たことがあるか? ハーイ、ハーイ‥‥。中にどんなのが入ってる? 知らなーい。知ってるよ。こんなね、線をぴゅっぴゅって描く機械みたいなの。オレの学校のなんかぶっこわれてるよ。やってるのなんか見たことないよ。百葉箱はどういう場所に置くんだ? えーとね、砂の上。違うよ草の上だよ。草じゃないんだ、芝生の上に置くようになっているんだ。オレんとこなんか土の上だよ。草が生えてたよ。使ってないんだよ‥‥。

 地球の自転の話をして、太陽の見かけの動きを説明していると、「ねえセンセ、地球って回ってるのにどうして動いてるの感じないのかな。オレ不思議でしょうがねえや」と、個人的に話しかけてくるのがいたりする。真面目に対応する価値はあるのだけれど、いちいちそうやっていると予定の単元は絶対に終らない。その話はまたあとでな、と逃げて、また太陽の動きに引き戻す。
 このクラスではまだ太陽が東から出るということ自体はっきり理解していない子がいる。まるで人混みをかき分けるような調子で、やっとのこと予定の範囲を説明する。やはり50分は短い。
 5分の交替休憩で息つく間もなく次の5Aのクラス。Aだから成績のいい連中が集まっているはず。ところがここも騒がしい。多少理解力がいいのでCより少し先へ進んだが、授業のやりにくさは同じ。このスクールは1体どうなっているんだぁ。
 「いやあ、聞きしに勝るクラスですねえ」と室長に感想をもらす。
 この時点で、これでは体が持たない、他に替えてもらおう、と思っていた。このクラスを引っ張って行くことを考えただけで胃が痛んだ。
 帰ってから早速、派遣元の(株)ゼニコに電話した。「可能な限り早く、このクラスをやめさせてください。1ヵ月もすれば胃潰瘍ですよ」。
 事実、この1週間のおかげで、どうやら神経性の下痢である。新戸先生は案外、いやもともと、神経が細くて過敏である。慣れない仕事を日替りで勤めるのはやっぱりかなりの重圧であった。あと1日でとりあえず1巡する。それから、先行きを悩むことにしよう。

《沈黙の中2クラス》

 そして新米講師の1週間は、土曜日の午後7時、中2の国語の授業で最後となった。
 このクラスは非常に静か。計画通りに進行できるのでその点ではいいのだが、反応が乏しく、わかっているのだかわからないのだか、どうも読み取れない。助動詞の説明については、思案した挙げ句、参考書を熟読して一定の文法規則を説明することにした。最初は動詞型活用の助動詞。せる・させる、と、れる・られる。
 こういう手を使った。まず例えば、
 「読む、という動詞はせる・させるのどっちにつながる?」
 「せる」
 「読むせる、っていう?」
 「読ませる」
 「じゃ、受けるという動詞はどっちだ?」
 「させる」
 「そうだね、受けせる、とはいわないもんな。受けさせる、だ。じゃ、この読むと受けるとはどう違う?」
 「‥‥」
 「この2つは何活用の動詞という?」
 「‥‥」
 「読む、は読まない読みます読む読むとき読めば読もう読んだ、じゃなかった? 未然連用終止連体仮定命令ってのがあったろ?」
 「‥‥」
 「あれ、学校で習わなかったか」
 「習った」
 「読む、はまみむめもの5つの段で活用しているから5段活用というのじゃなかったっけ? で、受けるは、受けない受けます受ける受けるとき、とけけけけでしか活用しないよな。こういうのを?」
 「‥‥」
 「(困った)下1段活用の動詞というんだったよな。下とか上とかいうのも習ったはずだよな。あいうえおのうちのあいうが上で、うえおが下というんだったろ?」
 「‥‥」

 とまあ、生徒の反応を頼りに進めて行こうとしたのだが、ほとんど「聞いたことはある」という程度らしい。私のねらいは、5段活用動詞はせる・れるにつながり、上1、下1はさせる・られるにつながるとわからせて、このあと「見る」はどちらにつながる?と聞いてみる。多分彼らは「見れる」というだろう。じゃ「見る」は何活用? 上1段だろ?
 ということは文法的には「られる」につながるはずだな、と持って行く予定だった。が、まあそう簡単にはこちらの思惑通りには運ばせてくれない。
 あとで専任の国語教師に「動詞の活用などは習ったはずですよね」と聞いたら、「でも覚えていませんよ。普段使うことないですからね。私だって教える前になって勉強する程度ですから、ははは」などと、自嘲なのか軽い冗談のつもりなのか、そんないい加減なことでいいのかコノヤロ、ボカッとやりたくなるほど、不熱心な態度。
 もともと覚えられないようなことならばなぜ教えるんだ、と自分のことは棚に上げて思ったのであった。
 いずれにしても、こんな調子でやっと1週間が終った。実に長〜い長〜い1週間だった。6日間計8クラス。1週間に8回も自己紹介をしたのは初めての経験だ。
 これで、以後はルーチンをこなすように淡々とやっていけばよい‥‥などという思惑は、すぐに、ものの見事に覆される。このあと、思わぬ事件が待ち構えていた。


Created bystaff01. Created on 2008-04-06 11:09:38 / Last modified on 2008-04-06 11:29:02 Copyright: Default

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