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ブラジルのデモ、その歴史的脈絡と意味

[ウォン・ヨンスの国際コラム]ルラ主義体制に対する大衆的抵抗の開始

ウォン・ヨンス(図書出版タハリール編集長) 2013.07.02 18:39

世界のサッカーファンの視線がコンフェデレーションカップに注がれていた時に溢れた新しいデモの波は、一言でブラジル版キャンドルだ。6月10日、サンパウロ中心部のビジネス街であるパウリスタ街で、奇襲的な交通費値上げに反対する5千人規模の小規模デモは、おなじみの公式のとおりに警察の暴力により火がつき、PT政府でもFIFAマフィアの望みとは反対に、野火のようにブラジルの400ほどの都市での百万人隊伍へと爆発的に成長し、新自由主義と野合したルラ-ルセフ体制に強く挑戦した。

小さな火種から広野の野火へ

[出処:http://roarmag.org/]

今回の事態の中心となったサンパウロは最悪の交通地獄で、2時間の出勤時間は 普通だ。高費用・低効率の大衆交通システムで3-4時間を路上で過ごす低所得層 と青年の苦痛と怒りは十分に累積していた。ルラの前任エンリケ・カルドーゾ 政権が推進した民営化の受恵者であるバス・カルテルの支配下で、交通費は 値上げされたのにサービスはまったく改善される兆しが見えなかった。

こうした状況で、ジルマ・ルセフPT政府は、全国のバス料金を3レアルから 3レアル20センタボに上げた。累積した不満の中で抵抗は当然だった。この巨大な 歴史的闘争は、とても小さな抗議デモから始まった。6月10日、サンパウロの ある小さな団体が奇襲的なバス料金値上げに抵抗するデモを組織した。

6月10日にデモを主導したグループは、MPLと呼ばれる「無料乗車運動 (Movimento Passe Livre)」という団体だった。2003年、バイーア州の首都 サルバドールの闘争(蜂起)と2004年の北東部フォルタレーザ闘争(蜂起)を 踏み台として、2005年にポルトアレグレで開かれた5回世界社会フォーラムで 二つの都市の活動家が集まってMPLを結成した。

6月10日の小さなデモは、その翌日も続き、警察の過剰鎮圧と暴力がソーシャル メディアを通じて伝えられ、6月14日、闘争は全国の主要都市に広がった。 小規模闘争→警察暴力→闘争の拡散というメカニズムを通じて全国に広がった 闘争は、6月18日の20万人以上の同時動員とブラジリア国会包囲闘争で頂点に 達した。ラテンアメリカ大陸の大国であるブラジルで、すべての州の首都を はじめ、400余都市へと闘争の火は広がった。

小さな勝利、しかし大きな始まり

予想できない闘争の爆発で、4日間の闘争以後、6つの都市がバス料金の値上げを 撤回した。そして6日後、サンパウロとリオデジャネイロも料金値上げを撤回した。 すべてのブラジル人の予想を越える闘争の力学は、新自由主義体制を圧迫し、 小さいが貴重な勝利をおさめた。

小さい勝利だが、その含意は巨大だった。翌日もデモ隊は集まり、「この闘争 は、たった20センタボのためだけではない!」と叫んだ。もう闘争は公共教育と 医療拡大、安全強化、広範な政界腐敗清算要求などのより幅広い要求を掲げた。

「目覚めよ、ブラジル!」というスローガンの下で、闘争隊伍がサッカー競技場 を包囲するほど広がり、反政府右派やファシストグループから政府系の政党まで、 すべての政治勢力がデモの隊列に参加/介入し始めた。巨大な大衆運動の便乗し、 それぞれの要求を掲げてこの巨大な大衆闘争を利用しようとした。ファシスト 集団は、軍部執権を要求し、腐敗した右派野党は腐敗を問題としてデモを反政府的 な内容で満たそうと試み、親PT左派はデモが反政府闘争へと流れないように 戦々恐々とした。しかしPTの旗は軽蔑され、反PT左派は積極的に闘争に合流し、 新しい大衆運動との結合を模索した。

バス料金の値上げ撤回にもかかわらず、デモはやまず、MPLを先頭に、いわゆる 社会運動勢力が大統領に送る公開書簡で介入した。6月21日、これまでデモの波 を無視してきたジルマ・ルセフはもう退くことができず、いわゆる5大改革案を 掲げて闘争の宥和に動いた。しかし闘争は止まらなかった。

ブラジルのキャンドル

「目覚めよ、ブラジル!」に集約されるこの運動は、闘争の範囲と拡散の速度、 運動そのものの無定形性、多様な主体、非暴力戦術など、2008年の韓国のキャンドル、 2011年のアラブの春、米国のウォール街占拠運動、スペインの怒れる者たちの 運動(Indignados)、2013年のトルコの夏などと似た形態を取っている。

今回のブラジル交通料金反乱の主な主体は、不安定雇用、低賃金と劣悪な労働 条件にさらされる新しいプロレタリアート青年世代であり、彼らは住居、交通、 生活条件など、解決されない都市問題で苦しみ、未来を失った世代だ。彼らは いかなる政党や労組にも属さず、体制の制度的保護の外に存在する排除された 労働者集団だ。したがって、彼らは政府や政党、労組などの伝統的なすべての 組織を拒否しており、脱集中的・水平的な運動を指向している。

ベテランの活動家たちも、今回の闘争の範囲と拡散の速度、強度に大きな衝撃 を受けた。ルラとルセフ政権下でジレンマに陥ったブラジルの民衆・社会運動、 特に代表的には無土地占拠運動(MST)も、新しい青年の反乱の後を追うことに 汲々とし、CUT労総の旗は道路では見えず、一時はブラジル労働者の希望であり 象徴だったPTの旗は、デモ隊から攻撃を受けさえした。

ルリスモの終末の開始、そして新しい闘争周期の開始

「新自由主義15年、それに続く階級妥協政府の10年は、政治を資本の人質に 転化させた」(Joao Pedro Stedile、MST指導者)。

つまり今回のブラジルのバス料金蜂起の根本的な原因は、いわゆる民主化時代 の民間政権と、それに続くPT政権が進めた新自由主義であり、過去に軍部独裁 の下で民主化闘争を主導していたが、制度化の過程を経て無力化した制度左派 の外部で新しい勢力、ある者は新しいプロレタリアと呼ぶ広範な非公式部門の 未組織労働者たちと半失業青年世代が主導した。

ほとんど暴動に近いデモの原因が、バス代値上げだった点も意味深長だ。今日、 ラテンアメリカの現在と未来を規定する核心的な要素であるチャベス主義 (chavismo)の出発点だった1989年のカラカス蜂起(caracazo)が触発された原因 も、2月12日、その日の朝に電撃的に施行された交通料金の値上げだった。 当時ペレス政府は、カラカスと全国の主要都市で起きた抵抗を物理的暴力で、 国家暴力で鎮圧した。しかしその結果は、チャビスモの勝利の裏に隠されていた ベネズエラの寡頭制階級の政治的没落だった。

チャベスに対し穏健な左派を主張したルラは、8年間ブラジルを統治し、ジルマ・ ルセフへの権力委譲に成功したことで、PT中心の妥協的な弱い改革路線(weak reformism)体制を構築した。今回の大衆デモは、基本的にジルマ・ルセフではなく ルラへの抵抗、さらに正確に言えばルラなきルラ主義(lulismo)に対する民衆的 な抵抗であり、闘争だ。

歴史的には1989年のルラの大統領選挙敗北で、1980年代に軍部独裁に対抗した 10年の民主化闘争の大衆動員が終わり、その後に形成された新自由主義体制下 で、MSTなどの一部の事例を除けば、そして1992年のコロール弾劾闘争の後は、 事実上、体制変革的な大衆闘争はなくなった。ルラを労働者大統領にした根 だった戦闘的労働運動(CUT)の無力化の過程はその反証だ。しかし今回制度化 された官僚的労組運動や、PT政府に追い出された社会運動の外で、新しい 大衆闘争が爆発した。

今回のブラジルのデモで、ブラジルは新しい時代に入った。ルラの統治やルセフ による平和的な政権交代は、何の歴史的な結節点でもない。この200年間の ブラジルの歴史は、新しい運動と政治の実験、それによる弾圧と虐殺の連続で 綴られている。労働者階級と民衆から自立した左派政治家の背信を越えて、 社会の富と権力を民衆自身が勝ち取り、すべての反革命の可能性を封鎖する 日まで続く、巨大な闘争が始まったのだ。

しかし、ルラ主義の妥協性を批判しつつ、その軌道に縛り付けられたブラジル の制度左派と社会運動は、新しい大衆闘争の前であわてている様子は歴然としている。 新しい運動の噴出の可能性を全く予想できなかった彼らの混乱は、キャンドル 抗争やウォール街占拠運動の爆発的な噴出であわてた既存の左派の当惑と混乱 の再現だ。ルラ主義が今回の闘争で実存的危機に追いやられたばかりか、ルラ主義 から自由ではない制度左派や社会運動も、すでに強い組織的、運動的な危機に 全面的にさらされるだろう。

コンフェデレーションカップは、無敵艦隊スペインを撃破したブラジルのものに なったが、民衆排除的なメガプロジェクトの外皮に寄生する妥協的な新自由主義 体制の危機は続く。新自由主義ワールドカップ体制に対する新しいプロレタリアートの 解放闘争も続くだろう。

原文(チャムセサン)

翻訳/文責:安田(ゆ)
著作物の利用は、原著作物の規定により情報共有ライセンスバージョン2:営利利用不可仮訳 )に従います。


Created byStaff. Created on 2013-07-03 02:50:09 / Last modified on 2013-07-03 02:56:00 Copyright: Default

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