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LNJ Logo 〔週刊 本の発見〕『戦争童話集』(野坂昭如)
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毎木曜掲載・第389回(2025/5/22)

子供を餓死させる大人に救いはない

『戦争童話集』(野坂昭如 著、中公文庫、2025年)評者:大場ひろみ

 1970年の「万博」という「賑やかし」と「高度成長まっ盛り」の日本において、野坂昭如は一人、違和感を覚えていた。「舗装道路のヒビ割れに育つ草を眼にして、これは『食える』、頑丈な庇の下にいると、『ここなら焼夷弾の直撃はない』」と想像し、「時代にぴったり身を合わせ、その風潮の中で気ままに生きながら、気持ちの底には、こんなのが続くはずない」と「戦争をひきずって」(本書の「改版のためのあとがき」より)生きていた。

 そんな彼が「十代前半だった自分の眼」にうつった戦争を、全て「昭和二十年、八月十五日」で始まる童話として形にしたのが本書である。

 現在、残念ながら私たちは平和を維持することが出来ず、というよりも高度成長の結果として、彼の予感を現実にするような事態に立ち到っている。

 彼が少年の自分の眼を大事にしたのは、大人になってしまったら、誰しもが時代の中の利害に囚われて、自由な眼でものが見えなくなってしまうのを、自らを通して知っていたからだ。勿論子供だからって、本当に自由なはずはないが、少なくとも大人に翻弄される側であることは確かだ。

 しかし、その童話は無力な側にいることで、常に残酷さにさらされ続ける。決して甘さや救いはない。まったくない。例えば、「凧になったお母さん」という話では、母は焼夷弾による炎に囲まれて、小さな子供を水分で助けようと、乳も、汗も、涙も、血液さえも絞り出して子供に与え、ひからびて凧になって飛んで行ってしまう。子供も追いかけるように凧になって飛んで行く。また、「干からびた象と象使いの話」は象使いが動物園の象を助けようと山の中へ逃げ、共に餓死するし、「年老いた雌狼と女の子の話」では、立場が逆転して、雌狼が、満洲で引揚者に捨てられた少女を守りつつやはり共に餓死する。餓死する話が本当に多い。また、兵士が死んでいく過程で、様々な夢想に浸るのだが、そこでは長々とおいしい食べ物が羅列される(「ソルジャーズ・ファミリー」)。特攻に向った少年兵は夢想に浸るうち、仲間の機とはぐれて不時着するが、「この食糧欠乏の日本にいて、毎日、卵やトマトや汁粉を食べさせてもらってるのだから、死ななきゃいけないんだと、自分自身を納得」させる(「赤とんぼと、あぶら虫」)。*写真=野坂昭如

 ことさらこのように、野坂(少年)の食べ物への執着は根強い。これは全て『火垂るの墓』のバリエーションなのだと、注意深い方は既にお気づきだろう。『火垂るの墓』の少年と妹は、孤立し、大人という大人に絶望し、憎みながら餓死していく。『童話集』では、信じられるのは動物と子供だけだ。いや、例外はある。「八月の風船」は、アメリカに飛ばす風船爆弾用に大量に作られた高さ10mもある巨大な風船が、終戦と同時に打ち捨てられるのを見て、風船作りに駆り出された少年少女が風船に息を吹き込んで飛ばす話だ。食糧を作る代わりに育てられた糊用のコンニャクを大量に消費して作られた不格好な風船を、「かわいそうに」と泣きながら、「あわれに思えて」、みんなで「青い顔で倒れ」ながら息を吹き入れ、どうにか飛んだ風船は、「兵器というには、あまりにもきれいな姿でした」。野坂は、風船だけでなく、「赤とんぼ」と呼ばれる、特攻に使われた練習用の飛行機にも無垢な姿を見出す。馬を軍馬にしたり、ものを恐ろしい化け物に変えるのは、化け物になってしまった人間なのだ。さらにいえば、人間を化け物にするのは、「生きて虜囚のはずかしめを受くるなかれ」(「捕虜と女の子」)とか、「日本と、また母親、恋人を守るために、死ぬのだ」(「赤とんぼと、あぶら虫」)とかいう、屁理屈だ。雌狼は、「人間は薄情だな、自分たちの仲間なら、どんなことがあったって子供を見捨てることなどしないのに」(「年老いた雌狼と女の子の話」)と思う。動物からみれば、人間の屁理屈はまったく不要で奇妙だ。

 戦争に反対だと思っても、屁理屈がないと対抗できないと踏ん張り、逆に屁理屈にとらわれていないかと、大人の自分は振り返る。小説家である野坂は、飢えた少年が大事にとっておいたバウムクーヘンのかけらを種にして、「お菓子の木」を生やすことが出来る。大人の生み出す残酷さに囲まれながら、想像力という実りと救いをわずかに残しておいてくれる。しかし、その実りを享受することが出来るのは、子供だけだ。大人は、何故か気づかないのだった(「焼跡の、お菓子の木」)。


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