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〔週刊 本の発見〕『ルポ 軍事優先社会ー暮らしの中の「戦争準備」』
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毎木曜掲載・第385回(2025/4/24)

お国の戦争準備に地域から抗う

『ルポ 軍事優先社会ー暮らしの中の「戦争準備」』(吉田敏浩著、岩波新書)評者:志水博子

 海が美しいことで知られている沖縄の宮古島、80年前の沖縄戦では宮古島には約3万人の日本軍が駐屯し、地上戦こそなかったものの空襲や艦砲射撃の被害を島民も受けたという。それだけに平和を希求する思いは強い。その宮古島にいま陸上自衛隊宮古島駐屯地が置かれミサイル基地となっている。そこに暮らす下地茜さんのことば。

「宮古島は山がなく平らで風が強く、地球を巡る大気がそのまま家の庭に届く感じなんです。子どもの頃から住んでいて、自分の感性を育んでくれた島を、どこか自分そのものと感じたりもします。そういう思いの人がいっぱいいると思うんです。それぞれ表現が違っても。父母も、集落の人も同じように感じていると思う。だから、国がここを基地として使うから出て行ってくださいと言われても出ていけない。島にみんなが暮らし続け、次の世代へ、また次の世代へ引き継いでゆけるよう、島々を戦場にさせないと、訴えて行きたい」

 この表現に触れたとき、状況は異なるが、映画『ノー・アザー・ランド』を思い出した。イスラエル政府による植民地主義ジェノサイド。軍隊と入植者によって故郷を奪われているパレスチナの人びとと、日本政府による軍事優先の国策と表裏一体の棄民政策により再び故郷を奪われようとしている沖縄の人びとの姿が重なった。そして、それは沖縄だけの話ではない。いま米国の思惑に従う政府の国策により日本が捨て石にされようとしている。戦争をする国家は容赦なく住民から暮らしを奪う。それが他国であろうが自国であろうが。

 本書を選んだ直接のきっかけは、雑誌『世界』(2024.5)所収「ルポ軍事優先社会 自衛隊に自治体が若者名簿を提供へ 徴兵制への土台となるのか」にある。私が暮らす地域でも“自衛隊への名簿提供”は問題になりつつある。より詳しい情報が得られるのでは、と本書を手にしたわけだが、第2章「徴兵制はよみがえるのかー自治体が自衛隊に若者名簿を提供」に、それが政府が進める大軍拡に呼応して自治体を戦争体制に組み込む動きであることがよくわかる。その問題性は福岡の住民訴訟原告の脇善重さんが鋭く指摘している。

「自衛隊への名簿提供問題には、プライバシー権が犯される人権侵害、自治体が国の下請け機関にされてゆく地方自治の危機、国の動員体制・戦争への準備という、いわば三位一体の問題が凝縮されています。憲法が保障する個人の尊重、地方自治、平和的生存権が脅かされているのです。その危機感から、私たちはこうした動きに抗うため名簿提供に反対の声をあげています。憲法の地方自治の規定のもと、国と自治体は対等なのです。自治体は国の戦争準備に手を貸してはいけません」

 それに続く第3章「軍事費の膨張と国民の負担―侵食される社会保証と生存権」には、軍事優先の国策がわたしたちの生存権・社会保障をどのように侵害しているか、その有様が具体的に著されている。著者いわく、「憲法第9条が体現する平和主義の理念と憲法25条にもとづく生存権が、パラレルで侵害されてきた」と。

 本書は、詳細なデータを駆使し政府の戦争準備の実態が描かれている。恐ろしくなるほどだ。しかし、それとともに、国策として進められている戦争準備に対してそれぞれの地域でたたかう人々が描かれている。そういった人びとの言葉を見事に掬い取っているところが本書の最大の魅力だ。いったい何人の人に取材したのだろう。それらの珠玉の言葉の数々は、軍事優先社会においても私たちを諦めさせず、いま何をすべきか導いてくれているように思う。

 そして、それらを受けて著者はいう、「安全保障は国の専管事項」という政府の主張をうのみにして思考停止に落ちるわけにはいかない。「政府の行為によって、再び戦争の惨禍が起こることのないよう」(憲法前文)に私たちの社会を、棄民政策を組み込んだ軍事優先に変質させないことが、いま求められていると。主権在民、地方自治、表現の自由などが憲法で保障されているではないか。アメリカ優先・米軍優先の、主権なき大軍拡を進める、政府の行為「安全保障」政策に地域からどのようにたたかうか。本書はその道標となる。


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