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【声明】スパイ防止法の導入に反対する声明
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【声明】スパイ防止法の導入に反対する声明

スパイ防止法の導入に反対する声明
2025年8月19日
秘密保護法対策弁護団

第1 スパイ防止法の導入に向けた自民党内および一部野党の動きについて

 自由民主党では、かつて経済安保担当相として「経済安保法」の制定を進めた高市早苗民が会長を務める自民党「治安・テロ・サイバー犯罪対策調査会」が、本年5月28日、「『治安力』の強化に関する提言」を取りまとめ、石破茂首相に参院選公約にこの提言を盛り込むよう求めた。この提言では、わが国の治安力を強化するための具体的な方策を公的部門と民間部門に分けて記され、公的部門では、海外からの脅威に対する方策、偽情報等の収集・分析・集約や国民のリテラシー向上への取り組みに必要な体制・予算の確保のほか、わが国の重要情報を守る観点から、「諸外国と同水準のスパイ防止法の導入に向けた検討を推進すべき」としている。自民党の石破総裁は、この提言を受け、「インテリジェンスの強化も問題意識を持って検討していく」等と述べたが、本年の自民党の参院選挙公約には、スパイ防止法の記載はなかった。

 他方、国民民主党の参院選公約には、G7諸国と同等レベルの「スパイ防止法」を制定することが明記されているほか、日本維新の会の参院選公約にも、米国の CIA のような「インテリジェンス」機関を創設するとともに、諸外国並のスパイ防止法を制定し情報安全保障を強化することが書かれている。

 参政党も、日本版「スパイ防止法」等の制定で、経済安全保障などの観点から外国勢による日本に対する侵略的な行為や機微情報の盗取などを機動的に防止・制圧する仕組みを構築する旨を記載している。さらに、参政党の神谷宗幣代表は、本年7月14日、松山市であった参院選の街頭演説で、公務員を対象に「極端な思想の人たちは辞めてもらわないといけない。これを洗い出すのがスパイ防止法です」と述べた。神谷氏は「極左の考え方を持った人たちが浸透工作で社会の中枢にがっぷり入っていると思う」とも述べたという。

第2 1985年に自民党が国会に提出て廃案となったスパイ防止法案

1 法案の提出から廃案への経緯

 上記のようにスパイ防止法の導入を掲げる政党がいるが、このスパイ防止法と呼ばれる法案の内容は明らかにされていない。

 1985年に中曽根政権時、国会に議員提案され、同年に廃案となった「国家秘密に係るスパイ行為等の防止に関する法律案」(以下「国家秘密スパイ防止法案」という。)が念頭に置かれているとみられる。この法律の制定運動は、当時の統一教会・勝共連合が強力に推進したものであったことを忘れてはならない。国際勝共連合は、1987年1月1日付の思想新聞で国家秘密スパイ防止法案は「戦後初めて全国民に国家に対する忠誠心を問う法律」であると明言していた。

 これに対して、日弁連、社会党、共産党などの野党、総評系の労働組合運動、市民の広範な反対の声によって、1988年に法案を廃案に追い込むことに成功した。

2 法案の内容

 国家秘密スパイ防止法案は、全14条及び附則により構成されていた。

 外交・防衛上の国家機密事項に対する公務員の守秘義務を定め、これを第三者に漏洩する行為の防止を目的とする。また、禁止ないし罰則の対象とされる行為は既遂行為だけでなく未遂行為や機密事項の探知・収集といった予備行為や過失(機密事項に関する書類等の紛失など)による漏洩も含まれる。そして、第4条は、外国通報目的の探知収集漏洩行為について死刑又は無期懲役に処するとしていた。

第3 どんな内容の法案が提出される可能性があるのか

1 外国通報目的の秘密漏洩には死刑または無期懲役

 スパイ防止法として、どんな法案が準備されているかは判然としないが、2013年に制定された特定秘密保護法は、上記の国家秘密スパイ防止法案の大半の部分を実現したものである。 違いを見つけるとすれば、特定秘密保護法の罰則は最高刑期10年に対して、国家秘密スパイ防止法案は、「外国通報」の場合は、罰則が死刑と無期懲役で著しく厳罰化されていることである。特定秘密保護法に含まれない規定は、まず、この規定であると想定される。

2 適性評価(セキュリティ・クリアランス)によるレッド・パージ

 また、参政党の神谷氏の上記発言から、公務員や民間企業社員に対する適性評価(セキュリティ・クリアランス)の審査において、思想信条を調査し、左派の政治信条を持つことが判明すれば排除するような制度も想定されている可能性がある。いわゆるレッド・パージである。

 現状で、特定秘密保護法などで公務員や民間企業社員に対して実施されている適性評価(セキュリティ・クリアランス)においては、政治的な思想信条の調査などはしないし、できないものとされている。この歯止めを取り去り、思想信条の自由を侵害する制度が企図されている危険がある。

3 中央情報機関の設立

 注目されるのは、情報機関の設立が、複数の政党から打ち出されていることである。内閣情報局を、関連する機関を統合して設立することが、スパイ防止対策の決め手として打ち出される可能性がある。

第4 スパイ防止法は秘密保護法反対運動の成果をなきものにし、秘密保護法を更に悪化させるものである

 私たち秘密保護法対策弁護団は、特定秘密保護法の制定に反対して結成した。特定秘密保護法には根本的な欠陥がある。何が秘密に指定されるかが限定されず、政府の違法行為を秘密に指定してはならないことも明記されていない。公務員だけでなく、ジャーナリストや市民も、独立教唆・共謀・煽動の段階から処罰される。最高刑は懲役10年の厳罰である。政府の違法行為を暴いた内部告発者、ジャーナリスト、市民活動家を守る仕組みが含まれていない。政府から独立した「第三者機関」も存在しない。ツワネ原則(国家安全保障と情報への権利に関する国際原則)にことごとく反しているばかりでなく、ふたりの国連人権理事会の特別報告者とピレイ国連人権高等弁務官からも重大な懸念が表明された。日弁連は、2014年9月19日付け「特定秘密保護法の廃止を求める意見書」を発表し、立憲野党は法の廃止を求める法案を国会に提案した。

 反対運動の盛り上がりを受けて、法律成立後も市民は法の運用基準に対するパブリックコメントに取り組み、運用基準には、政府の違法行為を秘密指定してはならないこと、適性評価においては、政治的な信条や労働組合における活動歴などを調査してはならないこと等を盛り込むことに成功した。

 神谷氏の述べている公務員の思想調査などは、この運用基準に明確に違反している。スパイ防止法は、秘密保護法反対運動の成果をなきものにし、秘密保護法を更に悪化させるものであることは明らかである。

第5 スパイ防止法の制定を必要とする立法事実はない

1 いま以上の外国通報目的の厳罰化の必要性はない

 秘密漏洩の厳罰化は、すでに上記のように大きな問題を内包する特定秘密保護法により、厳罰化が実現しており、これ以上の厳罰化の必要性はない。

 特定秘密保護法の初の適用事例は、海上自衛隊1等海佐事件が退職していた元海将に対して最新の安全保障情勢に関するブリーフィング説明を行った際、特定秘密を洩らしたとされた事例(海上自衛隊一等海佐事件)であるが、書類送検されたものの、後に不起訴となった。このほか、部隊指揮官が訓練において指示伝達を行う際に、特定秘密の情報を知るべき立場にない隊員に特定秘密の情報を漏えいしたとされる陸上自衛隊事件や、海上自衛隊の護衛艦「いなづま」の当時の艦長が、特定秘密を取り扱う資格のない隊員1名について特定秘密取扱職員に指名し、戦闘指揮所において特定秘密を取り扱わせていたという護衛艦「いなづま」事件、その追加調査により海上自衛隊の艦艇38隻で船舶の動向に関する情報などを資格のない隊員でも見ることができる状態にしていたという自衛隊大量処分事件が公表されている。いずれも外国通報目的やスパイの問題ではなく、自衛隊における特定秘密の取扱いの運用が問題とされた事例である。

2 秘密保護の強化は、国際紛争の外交努力による解決を困難にする

 秘密保護の強化は、日中間など、国際緊張をはらむ外国と日本の間の平和構築についての議論そのものをタブー化し、戦争の危機を深めることになる。

 海上自衛隊一等海佐事件では、何が特定秘密であったのか、説明を受けた元海将も分からなかったという。外交関係や国際情勢に関する論議にまで、秘密のベールがかぶせられれば、相手国との緊張緩和のために、何をすればよいのかについてのパブリックな討論すら難しくなってしまうだろう。

3 秘密警察活動によって冤罪が生まれ、弁護活動にも大きな障壁となる

 経済安保法の制定のために、実例をでっち上げるために大川原化工機事件のえん罪が発生し、長期拘禁と無実の相嶋氏の獄死という悲惨な結果につながったことの教訓を忘れてはならない。

第6 まとめ

 以上の通り、スパイ防止法と銘打っているが、その内実は、特定秘密保護法の更なる改悪となる可能性が高いものであり、その導入には強く反対する。


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