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「戦後」って何だ?」―日本人に突き付けられた問い

2025年07月08日 | 侵略戦争・植民地支配の加害責任
  

 今年は「戦後80年」、と当たり前のように日本では市民もメディアも繰り返しています。しかし、その言葉を怒りを込めた複雑な思いで聞いている人たちがいます。

<「戦後」って何だ? アジアに「戦後」があったのか? と私は思います。「戦後」とは、戦いが終わること、しかし私にとって戦いが終わった日はない。今でも終わっていない。「戦後」という言葉は、日本人しか遣わない。日本人が勝手に遣って、勝手に独占しているだけ。アジアの人びとにとっては、ちっとも「戦後」ではない。>(劉進慶「『戦後』なき東アジア・台湾に生きて」=『前夜』9号2006年秋)

 「従軍慰安婦」(戦時性奴隷)問題に取り組んでいる「希望のたね基金」代表理事の梁澄子氏が、論稿「日本軍「慰安婦」被害者たちの「終わらない戦後」」(季刊誌「アジェンダ」第89号2025年夏号所収)の冒頭で引用している言葉です。梁氏は続けてこう書いています。

「日本が「戦後」を謳ってきた80年間、かつて日本が植民地にし侵略し支配した東アジアでは、戦いは終わらなかった。それら戦いは明らかに日本による支配が根底にあって引き起こされたものであったにもかわらず、日本人はその歴史と責任から目をそらし、あたかも「戦いのない80年」があったかのように平然と「戦後」を語っているのではないか」

 1945年以降も終わらなかった東アジアの戦い。たとえば台湾の「2・28事件」(1947年、中国国民党政権に対して政治改革を求めた民衆の行動と弾圧)もそうです。
 典型的なのは「6・25朝鮮・韓国戦争」(1950年6月25日〜)です。この戦争は1953年7月27日に休戦協定が調印されましたが、今も終わっていません。
 これらはいずれも日本による植民地支配が根底にあります。

 それらを無視して「戦後80年」が「平和」であったかのように喧伝する日本の言説。その代表を2つ挙げます。

 1つは、天皇徳仁の「誕生日会見」(25年2月20日)です。

「日本において80年間、平和の時代が続いていることを有り難いことと思います。…戦後80年を迎える本年が、日本の発展の礎を築いた人々の苦難に深く思いを致し…平和への思いを新たにする機会になればと思っております」(宮内庁HPより、写真左も)

 天皇の視野にあるのは「日本の平和」(それも虚構ですが)だけです。沖縄や広島などへの「慰霊の旅」もこの延長です。

 もう1つは、日本の偏狭ナショナリズムをより鮮明に表明した、安倍晋三首相(当時)の「戦後70年談話」(2015年8月14日)です。

 「談話」は日本のアジア侵略・植民地支配を「「新しい国際秩序」への「挑戦者」」などと称し、「70年間に及ぶ平和国家としての歩みに、私たちは、静かな誇りを抱(く)」としています。そして、「子や孫に、謝罪を続ける宿命を負わせてはなりません」と加害責任の完全棚上げを主張しています。

「これ(安倍談話)を契機に、日本政府は過去責任を認めることさえも公然と拒否し始めたばかりか、朝鮮民主主義人民共和国への「制裁」措置の一環として、「高校無償化」制度などで、朝鮮学校の排除が進められた。こうした「上」からの排除が、民間のヘイトも助長することになった」(康成銀・朝鮮大学校顧問「新たに植民地支配と継続する植民地主義の責任を問う」、在日朝鮮人人権協会発行「人権と生活」25年6月号所収)

 侵略戦争・植民地支配の加害責任を棚上げし、「6・25戦争」がまだ継続している事実に目を向けず、「日本の平和」を謳歌する「戦後80年」論は、日本が植民地主義から脱却していないことを示すものにほかなりません。



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