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LNJ Logo 〔週刊 本の発見〕『カラワン楽団の冒険 ―生きるための歌』
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毎木曜掲載・第337回(2024/3/14)

きいてくれ、友だち タイの若者たちの歌を

『カラワン楽団の冒険 ―生きるための歌』(ウィラサク・スントンシー 著、訳者 庄司和子、1983年、晶文社)評者:根岸恵子

 タイのカラワン楽団は「生きるための歌」を始めた音楽バンド。「生きるための歌」はタイの農村の貧困、政治、大国からの搾取や農民の生活などを歌う一つのタイの音楽のジャンルとなっている。カラワンとはキャラバンという意味で、1973年の民主化運動のもとで、アメリカのボブ・ディランなどに影響を受け、カラワン楽団は結成された。そしてタイの各地を演奏して流浪した。民主化を支持する学生など若い人達から絶大な人気を受けたが、右翼学生や軍部の反発を受け、コンサート会場には銃弾が撃ち込まれたりしたこともあった。

 その後、たった3年という自由を謳歌した後で、タイは再び、76年にタンマサート大学で虐殺事件が起こり(血の水曜日事件)、クーデターによって軍部が政権を握ることになる。政府は政治集会の禁止、言論統制などの法的圧力をかけた。特に「生きるための歌」を歌う音楽活動家に対する敵視は厳しく虐殺事件なども起き、彼ら学生活動家は共産主義者として弾圧され、多くの活動家は、「森」に潜伏し、反政府活動を続けていたタイ共産党に合流して活動した。82年に、プレーム首相が特赦をもって投降を呼びかけるまで、抵抗運動は続けられた。

 本書はカラワン楽団がどのように結成され、その後クーデターが起き、「森」に潜伏し、音楽をやりながら反政府活動を続け、帰国し、再結成されるまでを記録したものである。

 最初に日本版に寄せて、スラチャイ・ジャンティマトン(カラワン楽団メンバー/写真)もよる「日本のみなさんへ」という文章がある。

「人は誰も、人の主人になるべく生まれてくるのではない。だからぼくらは、この不公平な社会を痛烈に叩く。貧しいか豊かであるかにかかわらず、人としての存在は平等であるという意識から、ぼくらは、あらゆる権力を断固否定する」「ぼくらは自分たちの田舎のために、何か手助けになりたいと願っている。ただ一つできることは、彼らのために歌を歌うことだ」
「ぼくらはぼくら自身であるにすぎない……機械が巨大な唸り声をあげている時代に、牛車を駆って進む第三世界の貧民のキャラバン。近代化した世界にはお慶び申し上げる」
「もしまだ足りないと思われるなら、残念至極だと申し上げたい……」

カラワンのメンバーはタイの田舎出身者で、農村の苦労についての歌が多い。
「タイは日本の台所」といわれるくらい日本向けの換金作物を作っている。熱帯雨林の森は伐採され、広大なキャッサバやサトウキビ畑となり、そのための機械化と農薬のために農民は借金で貧困に陥っている。その日本人に対する複雑な思いもあるはずだ。この文章の結びの意味の深さを想いながら本書を読んだ。

 彼らの代表曲に「人と水牛」という歌がある。この歌は扇動的だとして長いこと禁止となっていたが、にもかかわらず、多くの人に支持され続けている。

人と水牛

人と人が田を耕す
人と水牛が田を耕す
人と人のいとなみは 深く長い
長い長いあいだいそしんできた
平和な労働
さあ行こう
鋤かついで田にでよう

無知と貧困に耐えぬいて
涙さえかわいた
恨みと怒りの胸のうち
どれほどの苦しみにも動じない
死の歌がひびく
人の尊厳は失われた
ブルジョアは労働を喰いものにし
農民を、低い階級
田舎者だと、蔑んだ
死のみがさだかなこと

 タイでは政府や外国企業の開発や政策に抗議する者が暗殺されることがままある。本書には、音楽活動家が殺されたりリンチされる話も出てくる。それでもカラワンの歌は大学などの政治集会や抗議行動で欠かすことができないものになっていた。人々の怒りは爆発し、大合唱となってデモを歩いた。ベトナム戦争でタイに基地を置いたアメリカに対する歌もある。「危険なアメリカ人」だ。デモ隊に政府軍は爆弾を投下し、10人以上の死者を出した。歌は大きな民衆の武器だ。彼らの声を押し殺すことは難しかったが、流血事件が繰り返され、デモ隊への弾圧が苛烈になり、爆弾事件も相次ぎ、カラワンは「森」に入り潜伏生活を送り、ゲリラとなった。

「軍事独裁政権は、ふたたびわれわれを軛の下につなごうとしている。けれどもわれわれは、二度と奴らの前に首を垂れることはないだろう。平和的手段での闘争は不可能になった。過激な手段を選ばざるをえない……」

十人の死が十万人を生む

(1,2番省略)

こころあわせ
ちからあわせ、たたかおう
こころあわせ
敵を撃とう
ひとつになったこころは
強い民族の絆
奴隷でない自由な民は(タイ人は)
生みだす力
奪いとる者は
叩かれねばならない
働くことができ食べることができる
主人(あるじ)のない社会
わたしたちには真理がある
誰でも平等だという
働いて働いて
幸せになれる社会
新しい社会、新しい人間

奴隷でないタイ(自由の民)となる日
おいで、集まっておいで
民衆、新しい主人と
出会うために

 この本は今から40年以上前に出版されたものだ。タイの社会は今どうなっているのだろう。近代化し、多くの外国資本が入り、バンコクは巨大な都市となり、まったく変わってしまった。人々は「生きるための歌」を忘れ、意味のない音楽を聴いているかもしれない。でもまだ、「生きるための歌」を歌っているバンドがいることを多くの人に知ってもらいたい。


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