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LNJ Logo 〔週刊 本の発見〕『労働組合とは何か』(木下武男)
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毎木曜掲載・第288回(2023/2/23)

本当の労働組合を創るために

『労働組合とは何か』(木下武男 著、岩波新書、900円+税)評者:志水博子

 こんなことがあった。ある若い公立学校の教員に「組合」に入っているのと聞いたら、少し間があって「組合って互助組合のことですか?」と。また、こんなこともあった。ある高校で「ユニオン」って知っていると聞くと、ひとりの生徒が「ユニオンジャック!」と答えてくれた。たしかに若い人の多くは「組合」を知らない。

 本書の書き出しは次のように始まる。
 「いつまでたっても楽にならない、つらい仕事、貧しい暮らし。転職しても変わらない。怒り、あきらめ、先が見えない不安が日本をおおっている。こんな時こそ労働組合が頼りになるはずではないか。」

 私も同じ思いだ。こんなひどい世の中、今こそ労働組合の出番だと思うが、仕事に苦しめられている若者たちはなかなか労働組合にまでたどり着かない。本書は、そういった若者に対して宛てられた、いわゆる組合入門書ではなく、むしろ、これまで組合活動をそれなりにやって来た人々に宛てられたもののように思う。

 著者はズバリいう、日本の労働組合は「本当の労働組合」ではないと。本書は「本当の労働組合」を目指す本であるが、その辺のハウツー本ではない。“ユニオニズム”―「本当の労働組合」とそれを形成するエネルギーを本書ではそう呼ぶ。労働組合のあだ花ともいえる日本の企業別労働組合から「本当の労働組合」すなわち世界標準の産業別組合を目指すには、ヨーロッパ社会に今も根付いているユニオニズムの歴史をたどるところから始まる。そして、その歴史から導き出された普遍的な原理をつかみとる。それを日本の現状に適用する。なんともわくわくしてくるではないか。

 「本当の労働組合」の源流は中世ギルドにある、と副題がある歴史編1は文句なく面白い。まさか労働組合の歴史にギルドが出て来るとは思いもしなかった。日本にはなかった中世市民社会におけるギルドの原理と闘いが語られる。特に面白かったのは、「自由都市」を構成するギルドと国家の関係。ギルドは、「国家全体から完全に分離」され、それゆえ「諸社会」を構成し、みずからの社会を決定することができたと。そして、著者はこう述べる、「ここに、労働組合のあり方を中世の歴史の森に分け入ってまで探りだす意味があった」と。つまり、近代市民社会においても、同じく「国家から完全に分離」された労使自治の空間が労働組合の闘いの場であったのだ。

 続く歴史編2は、近代市民社会における職業別組合の歴史である。「個と共同性」の話は、そのまま現在におけるヨーロッパと日本の違いを思い起こさせる。「共同性」が分断されている存在は、アソシエイトしないバラバラな私人であり、日本で普通に見られる人々のことだと著者はいう。ヨーロッパでは、バラバラな労働者が相互の競争を規制するために労働組合のもとに結合した歴史を持つが、日本では今に至るまで「個人」ではなくバラバラな「私人」のままなのだ。

 それらの歴史を踏まえた上で、分析編1における労働組合と政党の話も興味深い。「日本の労働組合の戦後史は、特定政党と労働組合との密接な関係で彩られて来た。・・労働組合は政治団体に従属してはならないとするマルクスの考えとはかけ離れている」と著者はいうが、共感した。

 歴史編3では、ロンドン・ドックの大ストライキが全階層の労働者を組織する一般労働組合を生みだした話が出て来る。ニューユニオニストと呼ばれる活動家たちの言葉、「この国から貧困を一掃することがユニオニストの仕事だということをわれわれは認識している」。なんと今に響くではないか。続く歴史編4ではアメリカの労働運動の歴史を検証する。

 そして、いよいよ、「あだ花」でしかなかった日本の企業別労働組合の歴史が振り返られ、今、どのようにして日本でユニオニズムを創れるのかという最終章に入る。著者は一貫して現在の働く者の貧困は、年功賃金にその原因があると主張する。そのことを春闘の終焉による賃金下落と、非正規労働者の低賃金、最低賃金制の低水準の三つのかかわりによって明らかにしていく。端的にいうならばそれはユニオニズムの不在に尽きるのだが、では、そのユニオニズムの創造はどのようにしてなされるのか。

 ひとつのモデルがあるではないか。そういうとお分かりの方もおられるだろうが、関西における生コンクリートを運ぶ労働者たちの組合「関西地区生コン支部」が、産業別組合の道筋を切り開いていく。著者は、それを「日本のユニオニズム創造が困難ではあるが、不可能ではないことを教えている」という。関生支部は今も弾圧を受けている。産業別組合を日本で定着させ、労働条件でも高い到達点に立っている関生支部を経営者や国の権力が黙って見ていなかったことも併せて記されている。そして、「関生支部の歴史を、労働運動再生の糧にすることが必要だろう。関生支部を『部分』にさせず、『全体』にを創造することである」という。日本で増大しつつある非年功型労働者を、著者はあえて下層労働者と呼ぶ。そして、下層労働者こそがユニオニズム創造の主役となり得るのであり、日本社会を変える力になり得ると。本書の中学生版か高校生版が欲しい。できれば教科書として使って欲しい。そうすれば、日本にも未来があると信じられる。

*「週刊 本の発見」は毎週木曜日に掲載します。筆者は、大西赤人、志水博子、志真秀弘、菊池恵介、佐々木有美、根岸恵子、黒鉄好、加藤直樹、わたなべ・みおき、ほかです。


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