本文の先頭へ
LNJ Logo シネクラブ:映画『福田村事件』をめぐって討論/「賞賛」と「違和感」と
Home 検索
 




User Guest
ログイン
情報提供
News Item 0930hokoku
Status: published
View


シネクラブ:映画『福田村事件』をめぐって討論〜「賞賛」と「違和感」と

堀切さとみ
 9月30日、レイバーシネクラブでは『福田村事件』の討論会を「郵政共同センター」で開催した。20名が参加で大盛況。久しぶりに顔を見せてくれた人、映画監督、クラファン出資者、元新聞記者、組合活動家、在日三世、・・・実に多様な人たちが集まった。「上映禁止になるかも」という森達也監督の心配をよそに公開から一ヵ月。多くの人が劇場に足を運び、増版された1500円のパンフ、濡れ場シーンの是非論など、話題に事欠かない。

 まずは一番言いたいことを、一言ずつ語ってもらう。よくぞ作ってくれた、今これをやらねばという映画人たちの勇気、これが大筋の感想だった。その上で、引っかかること、危うく感じることを仄めかす意見もあった。

 事実と脚色が混ざっているのは当然だが、映画を観ただけでは意味がつかみきれない。二巡目からは、それを補うような話も多数出てきた。たとえば東出昌大演じる船頭が「朝鮮人は嫌いじゃ」と言う理由。これは日本が朝鮮支配したことへの反逆を恐れてということだけではなく、野田の醤油工場で最も長くストライキが闘いとられたことと関係があるのではないかという話は興味深かった。

 そして、この映画は日本の加害の歴史について描いているのに、ネトウヨも櫻井よしこ氏も何も言わない(私の知る限りでは)のはどうしてなのかという話になった。「加害者を描きたいと森さんは言うが、本当に加害を描いたと言えるのか」という意見があり、ああ、そうかと思った。流言飛語を放出し、平気で人を殺めるというあの雰囲気を作ったのは誰なのか。そこへの切り込みが弱いのではないかと。

 内なる差別との闘い、集団の中で個を保つことの難しさを森監督はいうが、それだけでいいのか。そのことに気づかせられたのが、私には最大の収穫だった。「違和感」に目を向け、意見を出しあうことの大切さを感じた。その意味で、討論会をやってよかったと思う。

 この討論を踏まえて、もう一度観に行くという人もいた。いろいろなところで討論会がやられているようだ。若い人たちがどう感じたか、聞いてみたい。(レイバーシネクラブ担当者)

●私の意見 土田修

『福田村事件』は、森監督の映画であって森監督の映画ではない

 映画『福田村事件』については、東京新聞のコラム(北丸雄二氏、9月20日夕刊「大波小波」)で、女性記者の登場やジェンダーの視点など時代背景の面で違和感を表明する記事が載った。でも劇映画は史実や証言に則ったドキュメンタリー映画ではない。あくまで監督と脚本家が描きたいものを描けばいいんだ。もちろん、いろんな意見があってもいいんだけど、なんとも的外れだな!

 僕が常々「この映画は、森監督の映画であって、森監督の映画ではない」と言っているのは、閉鎖的な共同体(村社会)における人間関係やエロティシズムと暴力の描き方に,森監督らしさを感じなかったからだ。むしろ、製作側の荒井晴彦さん、井上淳一さん、プロデューサーの片嶋一貴さんら若松組の匂いを強く感じた。東京新聞の「大波小波」が腐していた「無駄な性的な描写」「人間関係のこじれ方が安っぽくなったりしている」にしても、「エロティシズムと暴力とルサンチマン」が倏笋雖瓩亮秕樵箸砲靴討録鑛、抑え気味だったのでは?確かに「船頭多くして船山に登る」の感はあったけど……。それにしても「差別と血」がテーマの中上健次原作の『千年の愉楽』とか「後期の若松孝二作品を見てから書け」と言いたくなる。

 失礼な言い方になるが、望月衣塑子さんを想起させるジャーナリスト(映画『菊とギロチン』の主人公の木竜麻生さん)のセリフの中にしか森監督らしさを感じなかった。脚本を担当した佐伯さんはこの部分を「最初から使わないつもりで書いた」とか、どこかの対談で話していたが、森監督がちょっと可哀想になった。

 それはそうと、加害者側の村人は自らを正当化するため「朝鮮人と誤解して殺した」と裁判で証言しているそうだが、本当は四国からやってきた一行が「旅の行商人=被差別部落民」であると分かった上で、またはどちらであっても構わないという曖昧さの中で殺してしまったのではないか、という疑問が残る。だから「朝鮮人なら殺していいのか?」という瑛太の叫びと、それに呼応するかようにトメの鳶口のヒトツキで殺戮が始まったところに、差別の構造的問題を浮き彫りにしようとした製作側の強い意図を感じる。

 最後の方で、針金で縛られた部落民たちが「水平社宣言」を唱えるシーンがあったが、事件前年の1922年3月に京都の岡崎公会堂で開催された全国水平社創立大会で読み上げられた西光万吉の『水平社宣言』(「人の世に熱あれ、人間に光あれ」で終わる日本唯一の人権宣言)の背景や全国的広がりにも、もう少し踏み込んで描いてほしかったなぁ。そうすればもう少し、歴史修正主義の右翼も騒いでくれたかも……森監督はこの作品にかなり不満を口にしているらしいが、とはいえ彼の名を残す代表作になるのは間違いないし、ひとつの時代を画する傑作であるのは間違いない。この映画がきっかけとなり,今後、この事件や類似事件に関する新たな解釈や意見、それに新たな資料や証言が出てくることを期待してやまない。(ジャーナリスト/9.30シネクラブに参加)


Created by staff01. Last modified on 2023-10-02 20:01:24 Copyright: Default

このページの先頭に戻る

レイバーネット日本 / このサイトに関する連絡は <staff@labornetjp.org> 宛にお願いします。 サイトの記事利用について