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12年の苦しさを5分にこめた福島原発区域外避難者

堀切さとみ

動画(報告集会 3分)

 福島原発被害東京訴訟の控訴審が、ついに結審を迎えた。6月20日に結審の予定だったが、一か月後の7月27日に延期されたのだ。二度目の結審にも関わらず、16時の開廷を前に、東京高裁前には全国から大勢の人たちが駆け付けた。

 東京地裁に提訴して10年。いわき市から東京で避難生活を続ける鴨下祐也原告団長は「放射能による被害はないかのように言われる中で、多くの人が私たちの訴えを広げてくれた」と挨拶した。


鴨下裕也さん

 誰もが苦しんだ原発事故。しかし国が出す避難指示は限定的なもので、避難区域の内と外に住む人たちに分断をもたらした。大阪に避難し、関西訴訟を闘う森松明希子さん(下写真)は「区域内も区域外も、原発事故による避難を余儀なくされたのは同じだ。どちらも国内避難民として人権を保障され、賠償されなくてはいけない」と訴えた。

 傍聴券の抽選には長い列ができ、98の傍聴席は埋め尽くされた。審議が足りないということで、結審はこの日に持ち越されたというが、被告代理人の言葉は短く、何を言っているのか聞き取れない。
 それに対して原告二人の弁論は、堂々とした素晴らしいものだった。傍聴席からの拍手を裁判長は本気で制止しようとはしていなかった。

 長い長い裁判の最後に証言台に立ったのは、鴨下美和さん(原告1−2)で、次のように語った。

 「いわきにある我が家の床は、どんなに拭いても放射線量は下がりませんでした。昨年、ついに手放すことを決めたけれど、帰りたい思いは消えたわけではないのです」

 「夫とは大学の研究室で出会い、放射性物質の危険性や管理の厳しさは身をもって知っていました。事故前に法令で定められていた4000倍の空間線量になっても、いわき市は「区域外」とされています」

 「区域外であるがゆえに、避難先では罵声を浴びせられ、ニセ避難者といわれて、もらってもいない賠償金のことで責められました。
 誤解や差別は子どもたちの社会をも歪めました。先月この場で長男が涙を流して意見陳述したように、今も心の傷は生傷のまま癒えることがありません」

 「福島に残った友人たちも不安を抱えています。子どもが病気になったことを福島県内では言えず、避難している自分に打ち明けてくる。そんな友人の声を聞くたびに「こっちにおいでよ」と言いたくなるけれど、避難生活は苦しすぎて、言葉をのみこんでしまうのです。
 被ばくの危険がなくて安全だと思うなら、私は迷わず帰りたい。区域外避難者は『ないものを恐れ感情的に避難した人だ』という忌まわしい誤解を取り去り、私たちがもう一度、ふつうに安心して暮らせるよう、助けてください」

 美和さんは心をこめて弁論を終え、裁判官に深く頭を下げた。彼女をみつめる三人の裁判官の人間らしい表情を、私は忘れることはないだろう。

 傍聴席にはラフな格好の若者の姿が目立った。避難者なのだろうか?  四人で来たという男子に声をかけると、大学の宿題ではじめて傍聴に来たのだという。「メディアはほとんど取り上げることがないけれど、まだ原発事故は続いているんだと思った」「原告の訴えが心に響いた」「裁判ってこんなに短い時間なのかと驚いた」と感想を話してくれた。
 東日本大震災の頃は6歳だったという彼らに、この裁判が伝えるものは大きいと思う。

 報告集会で美和さんは、当初10分の予定だった弁論を、直前になって半分に縮められてしまったことを明かした。ショックだったけれど「確実に5分は話せるんだ」と頭を切り替えたという。避難者、被害者は、復興の名のもとに言葉を押しつぶされてきた。そこで「もういいや」と諦めたら、なかったことにされてしまう。

 五分には納められなかったが、どうしても裁判長に聞いてもらいたかったことですと、美和さんは次のことを語った。それは、東京訴訟の旗に描かれた「ひまわりを持つ女の子」に託した思いだった。

 判決は12月26日に決った。それまでに私たちにもできることがある。郵送かFAXで、裁判長に向けて私たち一人一人の思いを届けることだ。多くの人に、声を寄せてほしいと思う。


Created by staff01. Last modified on 2023-07-28 16:11:14 Copyright: Default

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