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西成を生きた教師と生徒たちの物語〜映画『かば』を観て

笠原真弓

 朝の商店街、新聞配達が通りかかる。新聞を受け取る男性。かば先生だ。

 大阪市西成区。大阪を知らない私には、初めて聞く地名なので、地図で調べる。生野のそばだ。そこの1985年の話だが、今も多民族が住むところだ。

 この映画は、この地区の中学校で、生徒たちに慕われていたが58歳で亡くなったかば先生を中心とした「ハード&ハートフル学園ドラマ」である。ちなみに、かば先生の本名は「蒲益男(かばますお)」という。

 中学校には「在日」と「部落」と「沖縄」しかいないと豪語する生徒。それだけで私は、何がはじまるかと椅子にしがみついた。やんちゃをやって転校してきた良太を野球部のキャプテン繁が「チョウセン」と呼ぶと、デレデレと近づいてきた良太は「朝鮮ちゃうや、韓国や」と言って去ろうとする。と、見る間に自転車の上に投げ飛ばされて、硬い拳が飛ぶ状況となり、次の日から良太は来ない。彼の親戚に階段から突き落とされても、足しげく彼の元に通うかば先生。

 かば先生が主人公と思ったら、中心になったのはこの映画が始まった日に新規赴任した臨時講師の加藤先生、女性である。教室に入るとなんとクラスのほぼ全員が後ろ向きに座っている。加藤先生がおどおどしているそばでやっと前を向かせて始まる授業。そして、保健室で寝込む彼女。

 オロオロしたのは見ている私だ。先生を続ける自信がないという加藤先生に、すぐにわかるわけがないと励ます。そして彼女を野球部のコーチに推薦する。コーチ就任テストに見事勝ち抜いた彼女を彼らは受け入れることに。見ている私もホッとする。数か月後の大事な試合の朝、加藤先生は新聞配達に声をかける。刑務所にいる父の代わりに頑張っている繁の姿だ。

 生徒ばかりでなく、周りの大人たちも様々な問題を抱えている。それが西成なのだろう。一見優等生で気の利く子が、民族のはざまでどうしようもない問題を抱えている。生徒の時は気がつかなかったけど、卒業した今、西成出身と言えない傷を知り、その元生徒に詫びるかば先生。ある夜のシンナーを吸う生徒をめぐる、先生と駐在さんの微妙な駆け引きに、子どもを守る大人の配慮がにじむ場面も。

 苦しいから、辛いから、生きにくいから人情が生まれるのか?それはあまりに悲しい。表面では分からないところで苦しんでいたり、夢を抱いていたり、さまざまな人たちの思いが溢れて来る。人は与えられた場所で必死にもがき、生きていく。はたから見えないこともあるし、理解する大人に恵まれることもある。

 なんといっても加藤先生の、生徒の母親に対して「この子らに出会って、自分が教師であるということを、3日で忘れたわ!」と切った啖呵が忘れられない。それこそが、かば先生の教えなのだ。

 かば先生の時代に在校した生徒たちは、生き生きと当時のことを語るという。どうしようもない問題を抱えながら、その気持ちをしっかりと受け止めて、一生の付き合いにまで昇華していった生徒と先生たちに、熱い涙があふれた。

 そして思う。これは西成の地域限定の物語ではないと。ちょうど、思春期前期の子どもたちの、脱皮しようともがいている子どもたちとその先生たち、そして一般の人々に贈る物語でもあり、現実であると。

 実はこの映画に、私の好きな歌手ぱぎやんこと、趙博が良太の伯父役で出演している。うれしかった。

 監督:川本貴弘 135分

 7/14〜東京:新宿K’s cinema、近日中:吉祥寺アップリンク、大阪など順次公開中


Created by staff01. Last modified on 2021-08-12 00:22:13 Copyright: Default

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