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LNJ Logo 飛幡祐規 パリの窓から : すべてに広がる「劣化」現象
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 第75回・2021年4月6日掲載

すべてに広がる「劣化」現象


*気候デモ「カネのために彼らは大地も海も殺すだろう」

10年後の福島

 今年の3月11日で福島原発事故は10年となった。いまだ56基の原発とラ・アーグ再処理工場が稼働する原発推進国のフランスでは、福島原発事故と被害者に関する報道が不十分なだけでなく、国の放射線防護機関(IRSN 放射線防護・原子力安全研究所)などを通して、原子力推進勢力が日本の推進勢力と共同で事故不可視化に力を注いでいる。そこで、情報が行き渡らない市民に向けて、パリと近郊のメンバーからなる「よそものネット・フランス」では「10年後の福島」という小冊子を作って配布することにした。 https://issuu.com/yosomono_fr/docs/fukushima_10ans (日本語原稿)https://issuu.com/yosomono_fr/docs/__10___0310

 また、欧米各地で活動する反原発のグループ・個人が福島事故後に作ったネットワーク「よそもの」では、事故直後から丹念に取材を続けるおしどりマコ・ケンさんのオンライン講演会「福島原発事故から10年、結果ありきの調査と報告・多くのごまかし」を6か国語字幕をつけて配信した。この講演ではこの10年間に何が起きたか、つまり最初からいかに事故と被害を極力矮小化するシナリオにしたがって調査・報告が行われ、多くのごまかしに主要メディアや市民がまんまと惑わされてきたかが具体的な調査・証言をもとに示されているので、ぜひ視聴してほしい。とりわけ、今や国民の8割が中止を望む東京オリンピックが、INESレベル3の事故を含む重大な汚染水漏洩が相次いだ2013年春〜夏に続く、9月初めの安部前首相の嘘によって決定された事実と、それが原発事故の実態の隠蔽と被害者の切り捨てに使われたことを改めて認識しよう。https://www.youtube.com/watch?v=EdQPZCf5iPE

 小冊子「10年後の福島」では、福島在住で東電刑事裁判の告訴団長でもある武藤類子さん、原発賠償関西訴訟の原告団代表で「自主避難」者の森松明希子さん、原発事故後に甲状腺がんになった子どもと家族を援助する「3.11子ども甲状腺がん基金」代表の崎山比早子さんなど6人に原稿を依頼し、当事者の訴えをじかにフランス語圏の市民に伝えようと考えた。福島原発事故とその被害・影響のさまざまな側面・要素について優れた取材を続けるおしどりマコさんには、できれば包括的な視点から書いてくださいと頼んだところ、「劣化」という言葉が示された。

 福一の設備や配管、東電や作業員の劣化(とりわけベテランの責任者のルール違反による事故の多発)に限らず、事故対応にあたる官僚、記者、議員の劣化。彼らは原発事故や放射線防護の基本的な知識がないために、ごまかしや嘘が見抜けずに加害者側の説明を鵜呑みにしてしまう。データの矛盾や問題点を調べずに、東電や行政の発表を垂れ流しする。上述の講演の中でこの「ごまかし」の数々が指摘されているが、昨年11月にマコさんがまとめたALPS処理水のトリチウム測定に関する記事もいい例だ。東電は、処理後のトリチウム約77万Bq/Lの高濃度汚染水を入れたボトルを用意して、トリチウムが発するβ線を測れないγ線空間線量を測る測定器(それも販売中止になった古い型)を視察議員や記者に与えて測らせた。議員や記者は、処理後のトリチウムの安全性がわかったと書くーー東電とネネルギー庁が一緒になって詐欺としかいえない誘導視察・取材をお膳立てし、「安全」イメージを植え付けたことをあぶり出している。http://oshidori-makoken.com/?p=4904

 マコさんの取材ノートには、汚染水にはトリチウム以外にもストロンチウムやヨウ素129など他のβ核種が含まれているが、割合が多いらしいカーボン14の測定さえできていなかったこと、除去が不十分な核種の除去計画の内容を東電が示していないことなど、重要な情報が記されている。しかし、そうした重大な事実は主要メディアで大きく扱われないため、一般に知られない。これはまさに現在のメディアの大きな問題点で、一つのテーマを長く多岐にわたり続けて取材し、深めることがほとんど不可能なため、調べずに知識がないジャーナリストは、与えられた情報や語り(ストーリーテリング)に追随しがちになる。「異動」が多い組織ではとりわけ、知識や経験の蓄積がされなくなるのだ。

 マコさんは10年後の福島について、「歴史に残る大事故が起こっても、加害者の説明を鵜呑みにし、古い原発を再稼動させることを受け入れようとする社会こそ劣化したように思う」と言う。それを食い止めるために、情報がどんな基準と判断から出てきているのか、それを丁寧にたどることを繰り返す人が増えて、つながってほしいと語る。まったく同感である。

フランスでも深刻な劣化

 「劣化」という言葉を見て、ああフランスもこれだと思った。去る3月13日、ノルマンディーのフラマンヴィルに建設中のEPR(欧州加圧水型原子炉)に反対するデモが(福島原発事故10年を兼ねて)ナント市で行われたが、このフランス初のEPRは2007年末に建設が始まり、2012年から稼働する予定だった。ところが、最初からさまざまなトラブルが続き、当初33億ユーロ(約4300億円)に見積もられた建設費は今や 124億ユーロに膨れ上がり、稼働予定は2023年と10年以上も遅れている。原子炉圧力容器の蓋と底の部分に炭素偏折という重大な欠陥があるのに取り付けてしまい、他にも配管の溶接欠陥などもあるのでなんとか稼働を阻止したい代物だ。この欠陥部品の発覚に続き、EPRに限らず現在稼働中の他の原発にも多くの欠陥部品(フランスと日本のメーカーが製造)が使われていることが露呈し、両国で原発製造のノウハウが失われていることがわかった。さらに、欠陥問題が隠蔽されたという事実は、ノウハウだけでなく管理体制の劣化を示している。民営化・ネオリベラル経営化によって指導陣が原子力の基礎知識のない人たちになった(安全軽視)ことに加え、採算が合わなくても原子力にしがみつく原子力信仰(フランスの「国威」)も健在だから、最悪の状況だ。

 そして、昨年春から続く新型コロナ危機は、さまざまな分野における「劣化」を明らかに示した。製造業がグローバル金融資本主義に組み込まれたために、フランスの多くの製造部門では投資家経営陣が工場を人件費が安い国に移転し、採算が取れている工場でも経営上の理由を捏造して閉鎖する。ウイルス防護に必要なマスクの最後の工場は2年前に閉鎖され、ヨーロッパで唯一医療用酸素ボンベを生産していた工場も閉鎖された。代表的巨大製薬企業サノフィはPCR検査もワクチンも作れない。ほとんどの薬品を国内で製造しなくなっただけでなく、国から多額の研究援助金を受けながら研究者を多数解雇し続け、研究分野を絞ってきたのだ。

 集中治療ベッドの不足などコロナ感染爆発による医療危機は、20年来の公共医療破壊によってもたらされた。病床、医療従事者人員カット、予算カットと「合理性・採算」追求のネオリベ経営(医療行為の数値化など)は、EUのネオリベラル方針に基づく緊縮・公共サービス削減政策によるもので、フランスに限らずヨーロッパ各地で公共医療が劣化したのだ。しかし、医療従事者たちの犠牲的な働きによって切り抜けた第1波のあと、危機中の美辞麗句とは裏腹に、マクロン政権は従来のネオリベ医療改革を進めた。第2波、第3波に備えた病床と人員の増加や職業訓練の強化はせずに病床削減を続け、ワクチンや新型コロナ治療のための研究費も増加しなかった。マスクや検査の欠如を虚言と屁理屈で隠し、後手後手いきあたりぱったりの措置を続け、不備・失敗は絶対に認めず、責任はすべて市民に押しつける。野党、市民団体、研究者などの提案・要請をすべて無視し、民主的な討議を一切行わず、公衆衛生危機対策を閣議でさえなく大統領が選ぶ「国防理事会」で決定する(「科学者評議会」の意見・警告も無視)。

 第五共和政という大統領一人に権力が集中しやすい制度・機構の問題もあるが、法治国家と民主主義の精神に則らずに権力を濫用する為政者の劣化は明らかだ。共和国史上、前代未聞といえるのではないだろうか。それを許す取り巻きの政治家と官僚の劣化、とりわけ権力の監視とカウンターの役割を全く果たさずにおもねさえする主要メディアの劣化には、本当に失望させられた。これも20年来、とりわけ2014年からほとんどのメディア(紙媒体、TV・ラジオ、インターネット)が少数の巨大グループに集中したことと関係している。主要民間メディアの9割が10人の大富豪(ピノー、アルノー、ダソー、ブイーグ、ニエル、ドライ、ピガス、ボロレ、ラガルデール、アモリー)の手中にあるのだ。公共放送の独立性も著しく後退した。

 たとえば、「黄色いベスト」に対する治安部隊による暴力(片腕や片目を失うなど重傷が続出、不当逮捕・拘置)についてリベラシオン紙やル・モンド紙さえも2か月間報道せず、黄色いベストたちを極右・差別主義の暴徒のように語る政権の見解を増幅した。現場に行くフリーランスのカメラマンやジャ−ナリストが治安部隊から暴力を受けたり逮捕されたりしても、抗議・連帯は一部だった。  「公衆衛生緊急事態」とロックダウン下、マクロン政権以来進んだ大統領への権力集中がさらに露骨になり、市民の自由が大幅に制限されたが、それに対する主要メディアの監視・批判は弱すぎる。例えばコロナ感染防止対策がすべて「国防理事会」で決定される異常さ(国防に関係ない事象にこの理事会が使われた例はない)、それも実はマクロンひとりがすべてを決める状況について、市民と左派少数派野党の「屈服しないフランス」、インターネット媒体の独立メディアは抗議しているが、その批判はマコさんの表現を借りると「見出しにならない」。


*「グローバル治安法案にグローバルに反抗」

 フランスは革命や人権宣言の歴史ゆえに、自由で民主主義が進んだ国というイメージが世界的にあるが、警察による暴力についてアムネスティーや国連・EUの人権機関から厳しい批判勧告がなされている。だが、ル・モンドやリベラシオンを読んでいる日本の知識人も、とりわけマクロン政権以来の民主主義の大幅な後退に気づいていないらしいのは、これらメディアの劣化が認識されていないからだろう(むろん、中には優れた取材をして書くジャーナリストはいるし、メインストリーム以外の論説や声明も掲載されるが)。3月末、ノーム・チョムスキー、アンジェラ・デイヴィス、タワコル・カルマン(イエメンのジャーナリスト、2011年ノーベル平和賞)など21人が「フランスにおける民主主義の後退は、自由に対する世界的な脅威である」というテキストを連名で発表した。昨年秋から問題になっている「グローバル治安」法案とイスラムに差別的な「共和国の原則強化」法案(初めの「分離主義防止」法案から改名)だけでなく、2015年のテロ以後にいくつも作られた治安法案では市民の基本的な人権が侵害されていることを指摘し、人権宣言で知られるフランスでそうした人権侵害が法制化されることは、世界各地の反民主的な政権と試みを強化し、世界的な脅威であると述べる。そして、市民団体、弁護士、裁判官、労働組合、大学人、ジャーナリストなど、自由を侵害する法律に対して抗議して闘っている市民を支援しなければならないと呼びかける。この声明はネット新聞ハフポストのブログ欄にしか掲載されず、ニュースにならなかった。 https://www.huffingtonpost.fr/entry/le-recul-de-la-democratie-en-france-est-une-menace-pour-la-liberte-dans-le-monde_fr_605cc21fc5b66d30c7428400

 市民は二つの悪法案に対する抗議にかぎらず、1月に枯れ葉剤訴訟の口頭弁論が開かれたのに際して原告トラン・トー・ニャーさんへの支援集会、雇用と公共サービス擁護、女性の権利の日の性暴力・レイプ根絶デモ、気候デモなど、ゆるいロックダウン状況にもかかわらず、集会やデモを続けてアピールしている。集会・デモの権利は、人権団体の弁護士たちが国務院などに訴えて確保した。


*占拠中のオデオン劇場。今年3月〜5月はパリ・コミューン150周年、真ん中に「コミューン万歳」の赤い垂れ幕。

 それに加え、3月4日からパリのオデオン劇場で、スペクタクル部門のアーティスト・技術者を中心とした人々による占拠が始まった。政府(マクロン)が文化は「肝要でない」と判断したため、映画館、劇場、美術館など文化施設は10月末のゆるいロックダウン以来、ずっと閉められたままだ(12月15日〜4月2日まで小売店は再開)。文化・芸術は人間に肝要な活動だし、換気などウイルス防護措置をとれば開けられるはずだという主張は無視され続けた。興味深いのは、占拠している人々はスペクタクル部門にかぎらず、その主張もスペクタクル部門の擁護だけでなく、すべてのプレカリアート雇用の人々への国の援助の拡大・強化、失業保険改悪の撤回を要求していることだ。オデオン劇場の占拠は1か月を迎えたが、占拠者の人数制限やウイルス防護措置、毎日の総会と劇場前の集会(アゴラ)、委員会ごとの活動など、環境保護の人たちが各地で展開するZAD運動のような自治コミュニティになっている。パリ20区のコリンヌ劇場、アテネ劇場、ストラスブール、リヨン、マルセイユなど、全国各地の100か所の劇場や文化スペースで同様の占拠が行われている。

 市民はネットとデモ・集会や創意に溢れたアクションを通して活発に発信しているが、為政者は聞く耳を持たず、それらがもっと多数の市民に届かない状況は、民主主義にとって本当に心配だ。メディアの寡占をとり壊すしくみが必要とされている。

 2021年4月6日 飛幡祐規


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