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「見て見ぬふり」をしない生き方〜映画『すばらしき世界』を観て

甲斐淳二

 今年観た十数本の映画のうち一番の傑作。前科10犯、殺人犯として服役していた男・三上(役所広司)が13年ぶりに出獄する。「今度こそカタギだ、二度と刑務所には戻らない」と決意して。

《弱い者いじめを見逃せない、まっすぐな男》

 三上正夫はまっすぐな男で妥協や忖度が大嫌いなために、刑務所でも刑務官と衝突し、懲罰房に入れられ刑期延長となる。一見怖そうで気が短いが、その反面人懐っこく、優しいところもある。困っている人をほっておけない、弱い者いじめを黙って見過ごすことができない。それが彼の良心、正義であり、そのためにトラブルを繰り返す。この役を役所広司が好演している。

 飲んで帰り道、オヤジ狩りに遭遇すると、もうほっとけない。三上はオヤジを逃がしてやり、さらに絡んでくるチンピラをこれでもかと叩きのめし、得意満面。この時の三上は最も三上らしく実に活き活きとしている。

《ヤクザの姉御の励まし》

 この社会に自分を受け入れてくれるところはないと、ヤクザの兄貴を頼って福岡を訪れる。突然の警察の手入れの時に、姉御(キムラ緑子)が三上を説得して逃がすシーンでのセリフ、「娑婆は我慢の連続よ。我慢したって面白くはないけれど、“空は広い”って言うよ、最後のチャンスを逃しちゃだめ」。娑婆の空は“獄窓から見る空”よりは広い、戻って来るなとの励まし。

《就職祝いでの励ましと、苦しみの始まり》

 介護施設での見習いのパートとして就職が決まる。身元引受人の弁護士夫婦(橋爪功、梶芽衣子)、スーパーの店長(六角精児)やテレビ・ディレクター(中野太賀)らがお祝いをしてくれる。瞬間湯沸かし器のような三上を心配して、トラブルを起こさないようにとのアドバイスの数々。

 「私たちはいい加減に生きているのよ」「逃げる事は敗北ではない」「本当に必要なもの以外は切り捨てて行かないと自分の身は守れない。全てにかかわっていけるほど人間は強くないんだ。」「逃げてこそ、また次に挑めるんだよ」「自分を大切にしてもらいたいの。カッとなったら私たちを思い浮かべてよ」。

 要するに、「見て見ぬふりしろ」「長いものには巻かれろ」という事に尽きるのだが、かく言う彼らは困っている三上を見て見ぬふりをする事ができない優しく温かい人たちだ。

 観客の私たちもまた、こうしてあらゆる理不尽を見て見ぬふりをして生きているのだ、という後ろめたさを感じさせるシーンでもある。温かい励ましに対して、三上は何度も頷いて「皆さんの顔に泥を塗るようなことだけはいたしません!辛抱、肝に銘じます!」と明るく約束する。

 こうして支援者たちとの「約束」と「いじめられる人を助ける」という三上流の正義、良心との板挟みの苦しみが始まる。

《介護施設》

 原案には無いが、西川監督がこの社会の矛盾が最も集積した場所として設定したのが介護施設。この映画の山場であり、これまでのシーンはすべてこのための伏線だったと気づかされる。

 やっと世話してもらった就職先の介護施設の職場。障害をもった職員・阿部が二人の職員になぶられている場面に遭遇する。本来、弱い者いじめを見逃すことのできない三上だが、ここでへたに動けば、自分を支援する人々を裏切ることになる。必死に辛抱、我慢して、見て見ぬふりをする三上だが、持病の発作が起きて倒れる様にうずくまり、あわてて薬を飲み込む。

 施設の職員達によれば、阿部は障碍者で、暴力団にいた事もある刑務所上がりという。「刑務所上がり」「暴力団」という言葉が三上の心に突き刺さる。

 いじめる側の職員が阿部をネタにしてふざけて見せ、「どう似てる」と三上に同意を求める。さあ三上はどうするか。三上の表情のアップ、その複雑な心情を見事に表現する役所広司。これを見るだけでもこの映画を観る価値がある。三上は静かに「似てますかね」と迎合する。

《コスモス》

 施設の帰り際、阿部から笑顔と共にコスモスの花束を渡される。みんなにいじめられ馬鹿にされる中で、三上だけは自分に優しく接しくれる、その感謝の花束だろうか。この映画のカギになる花だ。

 三上は涙にくれる。何の涙なのか? 保身のために見て見ぬふりをしたこと、悪ふざけに同調迎合したことは、三上にとって人生最大の敗北であり屈辱だったかもしれない。

 友人たちの感想を聞いても、映画サイトの感想文を見ても、ここで涙する人が多い。日々の仕事の中でおかしいと思う事は多いけれど、それを口に出しても相手にされない、むしろ邪魔者扱いされる、悔しくても忖度し、同調圧力に流されている自分はまさに今の三上であり、三上の涙は自分の涙だと。

《コスモスを握りしめ死んでいく》

 その台風の夜、三上はコスモスを握りしめ、その匂いを吸い込みながら死んでいく。持病の発作だろうが、果たして三上は発作に襲われたとき、いつものように飲むべき薬を飲んだのだろうか。それとも、もしかして「飲まない」ことを選んだのだろうか。

《2021年日本映画を代表する映画》

 佐木隆三が実在の人物をモデルにして30年前に小説化した「身分帳」を“原案”として、西川美和監督が5年がかりで現在に場面を置換えて脚本化、後半の介護施設のシーンは西川監督のオリジナル。役所広司の存在感と演技が素晴らしい。早くもシカゴ国際映画祭で「観客賞」「最優秀演技賞」の2冠を獲得しているが、2021年の日本映画を代表する作品の一つであることは間違いない。

(2021年3月TOHOシネマズにて鑑賞)


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