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●木下昌明の映画の部屋 第263回・片渕須直監督『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』

すずが生きた戦争

 今年の正月映画として再公開されたアニメ『この世界の片隅に』にひかれた。これは、こうの史代原作・片渕須直監督による作品で、2年前に大ヒットした。それを今度「さらにいくつもの」を付して129分の旧版をさらに39分ふくらませ、新版として公開。わたしは試写会の一日めに駆けつけ、長いとは思わずにみた。終わると狭い会場が拍手で沸いたのには驚かされた。

 内容は、広島市の外れ、海苔業を営んでいた一家の18歳になる娘すずが、乗り物で2時間ほど離れた呉市の(見ず知らずの)北條周作という男の家に嫁ぎ、そこで成長する――といっても第二次大戦下の敗戦に向かう困難な時代の物語である。

 その時代、呉市は日本海軍の基地の街で、巨大戦艦の大和や武蔵などが集結する東洋一の軍港だった。それが山の中腹にある北條家から一望できた。夫の周作はすずより四つ年上で、海軍の下級文官として基地に勤務している。すずはしゅうと夫婦や義姉とその娘に囲まれ、毎日の家事に追われている。

 興味深い点は、そのすずの特異性。彼女は子どものころから絵が好きで、性格もおっとりして、絵を描いていると周りがみえなくなり、みんなにからかわれたりもする。その彼女の絵から街の戦時下の風俗が切りとられていく。それがほのぼのとしていい。

 また、呉港もどこにでもある港のようにのどかだ。すずが畑でぷーっとたんぽぽの丸い綿毛を吹くと落下傘のようにふんわりと飛んでいく。その綿毛の向こうに港の軍艦の訓練がみえるといった具合で、勇壮なはずの軍艦も自然の営みのなかで切りとられている。それがこのアニメの特徴の一つだ。そういう表現がうまいと思った。

 しかし、そうであっても、この港はアジア侵略の拠点である。ということが観客であるわたしの意識にのぼってくる。そのちぐはぐな感じが何ともいえない味わいとなる。戦争も遠くで行われている間は平和そのものにみえる。

 これはあくまで、主人公すずの視野からみえる世界である。だからアニメが比重をおいているのは、食べることが中心となる生活のもろもろ。彼女が嫁いだ翌朝には、もう共同井戸からの水くみが待っている。すずの日々は配給所の行列に並び、段々畑での野菜づくり、道端で食用となる野草をつみ、食事の献立で悩み、カマドでたきぎをくべる等々。当時の結婚は、同時に嫁ぎ先の使用人となることだった。それら昔々の物資の乏しい時代の家事労働が丹念に描きこまれている。それもユーモラスで柔らかなタッチで、わたしは笑いながらも郷愁を覚えた。

 また、風景描写も一つ一つきちんと描かれていた。すずの働く段々畑は、石垣を連ねて作られている。それは日本の狭く貧しい土地の典型を表している。

 こんな場面がある。軍港からラッパが鳴り響くと、山から港へ雪崩れるような家々の全景がとらえられる。「美しい」これにうっとりする。が、次の瞬間、山の上から米軍機が襲来してきて、すずは段々畑を逃げまどう。平和と思えた風景が一変する。この一瞬の転換が鮮やか。それによってすずの街は戦場のどまん中と思い知らされる。

 では、旧版でカットされ、新版で復元された箇所はどこか。それはすずと同世代の白木リンという遊郭の女との交流場面。タイトルに新たに「さらにいくつもの」と付した意味もこれで理解できる。旧版では、すずが道に迷って遊郭の道端で途方にくれているところをリンが道案内してくれる。そこで終わっているが、新版では、その後もすずがリンに会いにいって、紙切れに描いた自分の絵を上げる。絵は果物や菓子ばかり。いかに人々がおいしいものに執着していたかがわかる。また、リンや同じ店のテルの貧しさゆえに売られてきた悲惨な境遇ものぞきみえて、当時の社会状況もうかがえた。すずとの別れ際、「こんな所にさいさいくるもんじゃないよ」というリンの言葉が心にしみる。

 こんな話題とは別に印象に残ったものに、主人公すずの声がある。それも「ほいでも」とか「はてさて弱ったねぇ」とか、やさしい抑揚のある広島弁。それはのんという女優が演じていた。これがよかった。

 こうの史代の原作マンガも読んでみた。これがまたおもしろく、片渕監督のアニメは動画らしく、原作をいろいろ省略したり引きのばしたりしているものの、全体として原作によりそって展開しているとわかった。そこで原作の末尾にある「おもな参考文献」欄をみると、こうのは呉や広島とその時代について多くの資料にあたっていて、これはマンガの手法を使った一種のドキュメントではないかと思った。何年何月の年月が入っていて、連日のように米軍機が襲来する日は、日にちばかりか時間まで記入されていて、呉全体が海軍基地となり、戦場と化している。当然、アニメもそうだが、アニメのほうは動画らしく空襲のすさまじさを描いている。一面灰と化した港町一帯の光景にはあぜん。このころには、すでに日本の誇れる大和や武蔵は海のもくずと化し、巡洋艦の青葉も半ば沈没した姿をさらし、海軍の末路を暗示していた。


*すずを演じたのんさん

 わたしはそれらの光景に、別のイメージを重ねた。それはわたしの父の若き日のこと。父は石川県の寒村から当時花形だった海軍の軍人になるべく呉海兵団に入団した。わたしはアニメが呉港の全景を展望したとき、ここが父のあこがれの地だったのか、と感慨深くみた。いまでも飛行帽をかぶった父の写真が目に焼きついている。その意味では、すずの世界と父の世界と(つながらないものがわたしのなかでつながって)二重写しにみえてきたのかもしれない。すずにとっての「片隅」の世界は、当時の戦争の中枢部であった。原爆を落とされた広島も第五師団の司令部があった陸軍の街で、同じく軍都だった。

 こうの史代は広島出身である。しかしここでは原爆を外側から描いている。主人公のすずも広島出身である。それなのにすずは、もくもくと昇っていく原子雲を「何じゃ?カナトコ雲かな?」とながめている。すずにとって原爆は、どこかから飛んできて庭の木にひっかかったガラスのない窓ワクだけの戸としてとらえられている。その発想も斬新で、この映画のすごさは日常的感覚を土台にしていることだ。

 すずが敗戦の日、玉音放送を聴いたあと虚脱感に陥った人々を前に「最後のひとりになるまで戦うんじゃなかったかね」と声をはりあげ、段々畑で突っぷして号泣する場面。これにも胸うたれた。それはすずが好戦的だったからでなく、むしろ好戦的な人々に引きずられ、そういう風潮になじまされて、それをよかれと思ってきたこと、戦争下の抑圧を耐えてきた彼女の張りつめた糸がぷっつり切れたこと――戦争はずっとつづくと思えたのに目の前に穴があいてしまったこと――それは新たな出発を意味していたが、すずの意識はそこまでいっていなかった。ただ時代の断絶が衝撃となってすずに襲いかかってきたのだ。

 そして敗戦後、戦災孤児をすず夫婦が広島から連れ帰るラスト。何か特別なことではなしに、シラミのたかった浮浪児をおぶっていく。自分の子ではないのに育てようとする。それが当時は自然なことであり、生きることであったのだろう。そこからすずの戦後もはじまった――この感じがよかった。しみじみいい映画だと思った。

※全国順次公開中

[追記]これは『月刊東京』1月号より転載したものです。転載にあたって大幅にカットしました。


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