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徳仁天皇初の「誕生日会見」で露呈したこと

2020年02月24日 | 天皇・天皇制

       
 23日の誕生日に際して徳仁天皇が行った初めての「天皇誕生日会見」(21日実施)は、A4判にして8枚半(宮内庁のHP発表をコピー)にもおよぶ長いものでした。これまでの発言と比べ特筆すべきことはないように思えましたが、注意深く読むと、徳仁天皇、というより天皇制の本音・本質が露呈した場面がありました。

 徳仁天皇は会見で、「国民に寄り添う」という言葉を4回口にしました。ほかに「被災者に寄り添う」が1回、「(国民に)心を寄せる」が3回。明仁前天皇を賛美し継承するという脈絡で連発したものですが、天皇(天皇制支持勢力)がいかにこの言葉を前面に出そうとしているかが改めて分かります。

 では、天皇が「国民に寄り添う」「心を寄せる」とはどういうことでしょうか?

自衛隊のヘリで、入念に準備された「被災地」へ行き、選ばれた「被災者」に会うことが「寄り添う」ことになるのでしょうか。美辞麗句が躍る一方、天皇がどういう意味でその言葉使っているのかは不明です。

 ところが、問わず語りにその意味が露見した場面がありました。記者が、「社会の片隅に暮らす人々」として、外国人労働者、在日外国人、外国にルーツを持つ日本人、障害者、LGBTなどを例にあげ、「陛下はこのような人々にどう寄り添い、光を当てていきたいとお考え」かと聞いたのに対し、徳仁天皇はこう答えました。

 「本当にこの世界にはいろいろな方がおられ、そういった多様性に対して、私たちは寛容の心を持って受け入れていかなければいけないと常に思ってきました。私も引き続きそのような方々に対する理解も深めていきたいと思っております」

 「社会の片隅に暮らす人々」とは記者の差別的表現ですが、それをマイノリティと言い換えると、徳仁天皇はそうしたマイノリティを、「寛容の心を持って受け入れていかねばならない」と言ったのです。

 ここには明らかに上下関係があります。「寛容」には「人の過失をとがめない」(国語辞典)という意味があります。徳仁天皇の発言には、マイノリティを何か問題がある人間と見下し、受け入れてやるという上から目線があります。けっして平等ではありません。「生産性がない」発言と紙一重です。しかも徳仁天皇は「私たちは…」とその目線・立ち位置を「国民」にも要求したのです。

 ここには天皇(制)の本質が表れているのではないでしょうか。天皇制は明白な身分制度です。現行憲法の下でも皇位継承を世襲にすることなどによって、身分制度としての天皇制が継続されています。
 徳仁天皇がいくら「国民に寄り添う」「心を寄せる」を連発しても、それはこの身分制度の頂点に立つ者が、「国民」という下じもの者に対して情けをかける、慈悲の心を持つということにほかなりません。「寛容の心を持って受け入れる」という言葉はその本音を思わず吐露したものではないでしょうか。

 平等であるべき人間社会に差別を持ち込み、固定化させる身分制度は廃止しなければなりません。それが人間の歴史の進歩です。したがって身分制度である天皇制は直ちに廃止しなければなりません。徳仁天皇初の「誕生日会見」はその思いを改めて強く抱かせるものでした。


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