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LNJ Logo パリの窓から(54)世界の終わりと月末の貧窮、民衆は敵?ー「黄色いベスト運動」その5
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 第54回・2019年3月25日掲載

世界の終わりと月末の貧窮、民衆は敵?ー「黄色いベスト運動」その5

 「黄色いベスト」の毎土曜日のデモが18週目を迎えた3月16日は、マクロン大統領と政府が音頭をとった2か月間の「大討論」の終了直後と重なった。前日の3月15日金曜は、気候変動への対策を求める中学・高校・大学生の世界デモが行われ、16日も同じ目的で市民団体などが催す気候のための「世紀の行進」が予定されていた。当日、環境団体や市民団体、「黄色いベスト」の一部、「屈服しないフランスLFI 」などは「世界の終わりと月末の貧窮は、同じ原因だから共闘しよう」とアピールして行進した。15日の気候・金曜デモも3〜4万人を集めたが、16日にも若い層や家族連れが大勢参加し、パリで約10万人、全国で35万人の大規模なデモになった。

 昨年12月から既に環境団体などは、「黄色いベスト」が訴える社会的不公平の問題と環境破壊の原因は同じだと指摘し、二つの運動・デモの合流を呼びかけていた。気候変動・環境破壊の被害者はまず社会的弱者であり、生産主義・利潤追求のために人間らしい生活と環境を破壊するのは同じ人々(覇権的大企業とその発展・君臨を援助するネオリベラル政策)なのだ。しかし、この二つの運動はそう簡単には結びつかない。環境問題に敏感なのは、主に都市部の経済的・文化的に余裕がある階層の人々だ。一方、「黄色いベスト」は月末に食費や光熱費に困る低所得層の苦悩を摘発し、都市周辺や農村部の大衆が担い手である。政府は初め、軽油・ガソリン税の引き上げに反対する人々を「反環境派」と中傷した(それがいかに不当なデマゴギーであるかは、黄色いベスト運動勃発時に説明したとおり。コラム50参照)。生活難に苦しむ人々にとって、環境問題は優先事項に入りにくい。社会学者など70人の大学研究者チームが行った「黄色いベスト」の聞き取り調査によると、要求事項に環境問題をあげた人は8%だった。それでも、3月16日の「世界の終わりと月末」のスローガンのもとに気候デモに加わった「黄色いベスト」(あるいは黄色いベストを身につけた環境運動家)によって、いくつもの闘いを合流させようとする試みは進んだようだ。ちなみに、治安部隊の暴力への抗議という面では、郊外で警察の不当な暴力を受ける移民系の人々の運動(コミテ・アダマ)が「黄色いベスト」に早い時期から連帯し、3月16日にも一緒にデモを呼びかけて合流した。一方、一部の「黄色いベスト」が集まったシャンゼリゼ近辺では、「壊し屋」による破壊行為が起きて、激しい攻防戦が繰り広げられた。

●強権をエスカレートさせるマクロン政権

 前回のコラムで詳しく取り上げた治安部隊による過度の弾圧、大量の逮捕・身柄拘束、多数の重刑宣告は、その後も続いた。フランス国内の抗議に加え、2月14日には欧州議会が黄色いベストに対する治安維持に疑問を投げ、2月26日は欧州評議会の人権委員がさらに厳しい批判(大量の拘束や夜中も行う即席裁判など、司法への批判も含む)を表明し、ゴム弾銃LBD40の使用禁止を求めた。3月6日には国連の人権高等弁務官のミチェル・バチェレ(元チリの大統領)がフランス政府に、「武力の過度の使用」について調査を求めた。フィリップ首相は「フランスは法治国家だ、そういう事実があると判断した時に行政の(司法も)調査をちゃんとしている」と反駁した。しかし、2200人以上の負傷者(うち失明22人、手の喪失5人、228人の頭部重傷者、3月24日現在)について、行政(治安部隊内部)の調査数は警察180、憲兵部隊38(3月24日現在)と発表されているが、状況を明確に検証して警官や憲兵の落ち度が摘発されるとは思えない。第19行動を終えた時点で治安専門のジャーナリスト、ダヴィッド・デュフレンヌの元に届いた重症の通知(メールと写真)の集計は581にも至る。驚いたことに、主要メディアや「左翼」を自称するメインストリームの文化人から、治安部隊の暴力について大きな抗議はない。ジャーナリスト(負傷者60人、多くはカメラマンの撮影を止めさせるため)や救急部隊(ストリート・メディク。負傷者19人)に対してまで治安部隊が暴力をふるうこの状況は、「法治国家」とは思えないのだが。ちなみに治安部隊側の負傷者は1500人(内務省発表)だが、武装しているので頭部などへの重傷は少ないと想像できる。

 3月16日の第18行動では、シャンゼリゼの黄色いベストに混じった「壊し屋」(破壊分子、ブラックブロック)と治安部隊の激しい攻防戦があり、高級レストランが燃え、多くの店が破壊・盗みなど被害を受けた。マクロンはスキー休暇中だったが急遽パリに戻り、3月18日にフィリップ首相はシャンゼリゼなど中心街でのデモを今後、破壊分子が来る怖れがあれば禁止すると発表した。さらにパリ警視総監を罷免して、ヌヴェル・アキテーヌ地域圏(ボルドー方面)で厳しい弾圧を18週間続けた知事を新警視総監に抜擢した。ブラックブロックがこの日シャンゼリゼを狙うことは、かなり前からソーシャルメディアで知れ渡っていた。治安部隊の人数に比べれば少数のブラックブロックに対して、なぜ大規模な破壊行為を防げなかったか理由は不明だが、重傷者は続出した(失明も1人)。しかし、フィリップ首相とカスタネール内務大臣は、治安部隊の無力はゴム弾銃の使用を(大臣の了承がないのに)控えたせいだと断言し、その指示を出したとされる警視総監を罷免したのだ。武器の使用の強化だけでなく、第19行動には軍隊(テロリスト予防で配置されている部隊)を重要施設の防護に出動させると政府は発表した。

 軍隊は国防が目的である。2015年11月同時テロ後の緊急事態令発布以来、テロリストに対する「戦争」というコンセプトのもとに、国内のテロ対策に使われるようになった(それ自体問題だ)が、国内の治安維持に軍隊を出動させるとは、デモ参加者を「敵」とみなすことである。軍隊の使用は軍指導部に相談さえなく決定されたらしく、即座に左右の野党すべて、軍人からも多くの批判が表明された。「屈服しないフランスLFI」の代表ジャン=リュック・メランションは、首相に宛てた3月22日の手紙で「デモする人たちは国の敵ではない。治安維持に軍隊を使うべきではない」と抗議した。マクロン政権がいかに共和国の機構とその歴史を知らず、「政治」とは何かを理解していないかを示している。

 ちなみに、前回言及した「反破壊分子法(壊し屋予防法)」は国民議会で2月5日、元老院で3月12日に最終的に採択された。しかし、デモの自由の制限は憲法違反の怖れがあるので、憲法評議会が審議中だ。もっとも予備逮捕はすでに12月に大量に行われたのだから(政府は否定するが)、この法律が発布されなくても予備逮捕は濫用されるだろう。

 さて、3月23日の第19行動は、パリではシャンゼリゼや国会界隈が禁止されたため、左岸のダンフェール=ロシュローからモンマルトルまで、パリを縦断するコースを1万人近くの黄色いベストが歩いた(全国で内務省発表4万人、黄色いベスト側13万人近く)。ブラックブロックは出現せず、要するに「破壊分子」がいなければ破壊は起きないことが示されたわけだ。また、破壊行為のそばにいたら共犯の暴徒とみなすという政府の脅しにもかかわらず、女性も大勢参加し、高齢者や車椅子の参加者もいた。「マクロンに嫌がられても私たちは(路上に)いるよ」という替え歌が歌われ、相変わらず「マクロン、辞任!」が叫ばれた。デモに行く前に荷物検査を受けた人が8500人もいたという。ニースでは「平和の為の運動」の旗を掲げた73歳の女性(ATTACの地域代表)が、治安部隊の暴力的な排除の際に転倒して頭部に重傷を負った。このように毎回、多数の市民が重傷を負っている事実を矮小化し、意に介さない為政者たちにとっては、花のシャンゼリゼのイメージを保持して商売を守ることがとにかく優先事項であり、それを彼らは民主主義とか共和国の防衛と呼ぶ。

●まやかし「大討論」

 1月中旬からマクロンと政府指導によって各地で行われた「大討論」とネット上のパブリックコメントは、3月15日で終了した。マクロンのQ&Aワンマンショーは10回以上繰り返されたが、その他は地方自治体の長や市民団体などが政府から与えらえた4つのテーマ(課税、公共サービスと国家運営、環境政策、民主主義と市民権)で討論を企画し、市民をくじ引きで集めたりして約1万回行われた。くじ引きで当たった9割が拒否し、集まった45万人の多くは高齢者(65歳以上43%、50〜64歳34%、49歳以下23%)、比較的裕福で高学歴の層だたという調査結果が出ている。フランスの有権者数は約4800万人だから「大討論」参加者はごく一部であり、階層も年齢層も偏っている。思いつきで短期間にオーガナイズしたから当然だろう。本気で国民的な討論をする気があれば、別のやり方がとられたはずだ。報告書が書かれた討論は2割にも満たないという。また、市庁舎に置かれた多数の「意見書」に書き込まれた提案や苦情の総括は、極めて困難な作業だろう。討論では、富裕税の復元、白紙投票を有効にする、過疎地の医療の充実化、年金をインフレに連動させるなどの提案が多かったというが、富裕税の復元は最初からマクロンが実施を拒否しているのだから、「討論した」と言うための「大討論」はやはり、黄色いベスト運動を矮小化するために行われたと言えるだろう。

 ネット上のパプリックコメントには100万のアクセスがあったと早くから宣伝されたが、最終的には140万余の書き込みで、複数の項目が累計されるため、実際には約16万人の参加だった。有権者のさらにごく一部であり、参加者はマクロンの党「共和国前進」に近い人が多かったらしい。黄色いベストたちは最初から、大統領がテーマを決め、答えが決まっている(富裕税の復元はしないなど)討論などまやかしだと批判したが、中には参加した人もいた。パブリックコメントも政府が質問と選択肢を考えた方式(自由記述の部分もあったが)だったため、「本当の討論」というパブリックコメントが自主的に作られた。

 「大討論」の集約・総括後にマクロン政権が政策・措置を発表するのは4月中旬の予定だが、すでに大臣などが提案しているのは、「高齢者のために1日無償で働く」とか黄色いベストの要求とは真逆の内容だ。「大討論」直後に行われた「知識人との討論(ではなくてQ&A) 」でもマクロンは、自分が政策を変えない理由をくどくど繰り返したので、何も期待できないだろう。政府は「大討論」の後、3月後半の週末に「地方の市民討論」という新たな「市民参加」のワークショップを14の都市で催す。大討論の4テーマについて50〜100人の市民が1日半かけて討論・総括し、政策を提案する仕組みだという。世論調査会社がランダムに電話番号を回して参加者を募集したが、どのように参加者が決まったのか不透明だ。また、約8万人に電話をかけてもなかなか参加者が見つからなかったという。市民参加で政策を討議し提案する試みは、たとえばアイルランドの国民投票の前に実施された。しかし、そうした試みは、広く市民が目的や内容を理解できるように十分な時間と、方法を練るなどの下準備が必要だ。即席に形式だけ「市民参加」メソッドを取り入れるマクロン政権のやり方は、彼らが民主主義についていかに本気で考えたことがないかを表している。

●民衆の居場所と美の破壊

 それに対して、一部ではあるが前回紹介したコメルシーなど各地で、地域で直接民主制を実践している黄色いベストたちもいる。パリの東部や郊外にも直接民主制の会議(総会)を毎日、あるいは毎週続けている黄色いベストの集まりがあるが、コメルシーを2月に訪れる機会があり、会議も見学させてもらった。市の中央の駐車場に作られた「小屋」の前の焚き火を囲み、小屋の運営や人々の連絡手段に関する問題、市の高校生の運動と連帯するかどうか、県や地域圏に広げた会議について、4月に予定されている2回目の全国会議についてなどの議題が討論された。意見の主張、交換後には一つ一つ採決が行われる。黄色いベスト運動が始まって小屋が作られたおかげで、それまで孤立していたがいろいろ話せる場所ができたという人、多くの人に会えるからと、毎日離れた自宅から通ってくるカップルなど、黄色いベストたちは「友愛」や連帯という人間的なつながりの面を強調していた。そしてもちろん社会的不公平を訴え、マクロン政権の対応に抗議する断固とした態度が印象的だった。毎日(毎週)の総会をとおして、自分の意見を表明し、討議する習慣が培われている様子が察せられたが、より大きなつながりを組織していくには時間がかかるだろう。フランス各地で黄色いベストの集まりに参加してきたという人物もいて、彼はコメルシーにしばらく滞在しているが、また別の土地に行って組織化を進めていきたいと語った。1月末の最初の全国会議に続いて、4月上旬にフランス西部のサン=ナゼールで2回目の全国会議が予定されている。

 ところが3月13日、黄色いベストの「小屋」の存在を不快に思っていた市長が治安部隊を動員して、小屋を破壊した(市長自らもそれに参加)。その3日前の日曜日に、黄色いベストはコメルシーの市民に対し、「小屋を存続することに賛成か反対か、市政の決定に住民が参加することに賛成か反対か」の住民投票を行い、圧倒的多数が小屋の存続に賛成だったという。パリ北東部の20区でも、黄色いベストの小屋が市長の命令で破壊された。

 「屈服しないフランスLFI」の議員フランソワ・リュファンは、排除・破壊される前の全国のロータリーの小屋を回って黄色いベストたちの声を収録し、『太陽が欲しい』というドキュメンタリー映画を作った。4月3日の封切りを控え、2月中旬から各地で行われているプレビューは、どこも満員の大盛況である。リュファンは同時に、彼が出会った黄色いベスト(民衆)の言葉を再現して彼らの現実を示し、それに対照させてマクロン大統領と富裕層の世界を描き、マクロン政治を告発した本『君が知らないこの国』を上梓した。映画とその本の中で、リュファンは道中に出会った巨大な顔の絵のことを語る。マルセルという引退した労働者の渋く人間味溢れた顔を、あるアーティストが描いたもので、ロータリーに作った小屋を警察が破壊に来たとき、移動して保持したという。リュファンはそこに民衆の美に対する欲求を見出す。マルセルの巨大な顔はその後、警察によって切り裂かれ、捨てられた。マクロン政権は民衆の生活や身体、友愛が育まれる小屋を破壊するだけでなく、象徴的に民衆の美も破壊するのである。

 2019年3月25日 飛幡祐規(たかはたゆうき)


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