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毎木曜掲載・第99回(2019/3/7)

バランスのとれた人間解放への道

●『「分かち合い」の経済学』(神野直彦、岩波新書、2012年)/評者:永井栄俊

 <「オムソーリ」と「ラーゴム」>

 現代は目指す社会が見えない混沌の時代である。かつて理想とされた社会主義 社会が解体し、その弊害が明らかとなった。これに対抗して「豊かな社会」を標 榜した新自由主義による社会は、格差を拡大する不平等な社会であることが明確と なった。新自由主義に基づく安倍政権のアベノミクスは格差社会を作り出す社会 でしかないことが露呈してきている。これに対して本書は「福祉社会」像を描き 出しており、示唆的だ。そのキーワードが「オムソーリ」と「ラーゴム」の言葉 である。前者は「社会サービス」「分かち合い」を指す言葉であり、後者は「ほ どほど」の意である。この二つのキーワードはあらゆる政策で基本理念とされる。 例えば「オムソーリ」による福祉社会は、同時に競争原理も導入されるが、その バランスが「ラーゴム」である。スウェーデン人は都会の豊かな生活を満喫する が、週末には郊外の田園で自然の中で生活する。これも「オムソーリ」と「ラゴー ル」である。ここでは、バランスのとれた人間性解放の生活が目指されている。

<農業社会・工業社会から知識社会への転換>

 ここで描かれる福祉社会は現代社会に必然化される社会である。産業は歴史的 に農業化社会から工業社会に転換し、さらに知識社会へと転換されることになる。 工業社会では筋肉系の男性が働き、女性が家庭で福祉の機能を果たしてきた。し かし、工業社会が行き詰まった時、大恐慌などを経て新自由主義が主導政策と なり格差社会が現出した。ところが今や工業社会が解体され、知識社会へ産業構 造が転換されることが必然化される。本書は新自由主義への批判の書でもあり、 その対立物として福祉社会が位置づけられている。重化学工業社会から技術革新 により知識社会への転換が求められている。

<「国民の家」としての知識社会>

 知識社会では、国家が一つの家族のように、一人ひとりの人権が尊重される民 主主義に基づく「国民の家」が求められる。ここでは貧困者にお金による給付を するのではなくサービスによる給付がされなければならない。現金給付は、手厚 くすればするほど格差が拡大することになり、社会学者コルビの発見した「再配 分のパラドックス」となるのである。これに対して「教育」「育児」「医療」 「養老」など様々なサービス給付こそが求められ、貧困でも豊かな生活となる。 ここでは労働組合は雇用政策の大きな要素となっており、協同組合や非営利組織 も社会の構成要素となっている。現金給付の社会は「垂直再分配」の社会であり、 サービス給付の社会は「水平再分配」の社会である。この水平社会が「国民の家」 の姿なのである。この理論はスウェーデンの生んだ第一回ノーベル経済学賞(1 974年)のミュルダ−ルの経済理論に基づく政策である。

<知識社会の産業構造>

 知識社会への転換には三つの政策的戦略がある。第一は「人間の人間的能力を高 める」戦略である。型にはまった「盆栽型教育」から、伸びたいように伸ばして いく「栽培型教育」である。第二の戦略は「生命活動の保障戦略」であり、医療 が重要となる。第三の戦略は、社会的ネットワークの戦略である。知識産業への 転換に失敗したり、市場経済の競争に負けても救済され、新たな教育や訓練の機 会が与えられる社会なのである。

*「週刊 本の発見」は毎週木曜日に掲載します。筆者は、大西赤人・渡辺照子・志真秀弘・菊池恵介・佐々木有美・佐藤灯・金塚荒夫ほかです。  


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