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毎木曜掲載・第80回(2018/10/25)

未来を拓く小さき者たちの歴史

●ハワード・ジン『学校では教えてくれない本当のアメリカの歴史』(あすなろ書房、2009)/評者:菊池恵介

 本書は、アメリカの歴史学者であり、反戦活動家として知られるハワード・ジンの『民衆のアメリカ史』を、歴史物語作家のレベッカ・ステフォフが編集したものである。1300ページを超える大著を若い世代向けに編纂したダイジェスト版とはいえ、そのエッセンスが十分に垣間見える作品となっている。

 著者のハワード・ジンは、貧しいユダヤ系移民の子として、1922年にニューヨーク州で生まれた。両親は、20世紀の初頭、新大陸での新しい暮らしを夢見てエリス島に流れ着いた東欧系の移民であり、大恐慌下のブルックリンでは、底辺労働者として辛苦を嘗めた。当時カフェの給仕だった父は職を失い、路上でネクタイを売って生計を支えた。その姿が屈辱感とともに目に焼き付いていると、晩年回想している。そんな労働者階級の子弟が大学に進学するきっかけとなったのが第二次大戦の勃発である。戦時中、爆撃手としてヨーロッパ戦線を転戦した彼は、除隊後、元兵士のためのGI奨学金を獲得し、コロンビア大学で歴史学を学んだ。そして博士号を取得すると、アメリカ南部のジョージア州にある黒人女子専門のスペルマン・カレッジに赴任し、そこで公民権運動にコミットする。1963年、これを理由に同校を解雇されるが、翌年ボストン大学の政治学部に採用され、現地でノーム・チョムスキーらとともに、ベトナム反戦運動のリーダーとして頭角を現していく。

 1980年に刊行された『民衆のアメリカ史』は、こうしてアメリカを代表する知識人となったハワード・ジンの代表作といえる著作である。刊行以来、150万部の売り上げを記録し、アメリカの多くの大学や高校で歴史学の授業の副読本として採用されるなど、巨大な反響を呼んだ。「アメリカ史の見方を変えた」といわれる本書の特徴は、どこにあるのか。それは一言でいえば、これまで征服者や支配者の視点から語られてきた国家の正史に対して、先住民や黒人、女性や工場労働者などから見た、もう一つの歴史を鮮烈に描き出した点にある。少し長くなるが、著者がみずからの歴史観を語っている部分を引用してみよう。*写真=ハワード・ジン

 「人は歴史について書いたり読んだりするとき、征服や大量虐殺のような残虐なことも、進歩のためには仕方がなかった、と思いがちだ。それは、多くの人々が、歴史とは、政府や征服者、指導者たちの物語だと考えているせいである。そうした視点から過去を振り返ると、歴史とはある国に何が起きたのか、の話になるだろう。だから、国王や大統領、将軍が登場人物になるのだ。しかし、工場で働く者や農民、有色人種、女性や子供はどうなのだろう? 彼らもまた、歴史の担い手ではないだろうか?
 どの国の歴史物語にも、征服する者とされる者、主人と奴隷、権力を持つ人々と持たざる人々の間の激しい対立がふくまれている。歴史を書くということは、そのどちらかの側に立つということだ。わたしはたとえば、アラワク族の立場から、アメリカ発見を語りたいと思う。たとえば黒人奴隷の視点に立って、アメリカ合衆国憲法について述べ、ニューヨーク・シティに住むアイルランド人の目で、南北戦争をみてみたいと思うのだ」(20-21頁)

 1492年にコロンブスがカリブ海に到達し、現在のハイチにあたるイスパニョーラ島にはじめて上陸したとき、先住民のアラワク族の男女が駆け寄って一行を歓迎した。そのときの模様を、コロンブスは航海日誌に次のように綴っている。「彼らはわれわれに、オウムや錦の玉や槍をはじめとするさまざまな物をもってきて、ガラスのビーズと呼び鈴と交換した。なんでも気前よく、交換に応じるのだ。彼らは武器というものを持っていないだけでなく、武器というものを知らないようだ。というのは、私が剣を差し出すと、知らないで刃を握り、自分の手を切ってしまったからだ。彼らには武器はないらしく、槍は植物の茎でできている。彼らはりっぱな召使になるだろう。手勢が50人もあれば、一人残らず服従させて、思いのままにできるに違いない」(12頁)。

 その後、アラワク族に何が起きたのかを想像するのは難しくない。コロンブスは島のどこかに大量の金があると思い込み、先住民に金を集めてくるように命じた。ノルマを達成できなかった者は、容赦なく手首を切断し、出血多量で死なせた。また、逃亡するインディオを獰猛な犬をけしかけて追い詰め、残忍きわまりない方法で殺した。その後、もはや島から金がでないことがわかると、「エンコミエンダ」と呼ばれる巨大なプランテーションで彼らを奴隷として酷使した。こうして先住民たちは虐待され、何千人という単位で死んでいった。コロンブスの上陸当初、25万人いたと推定されるアラワク族は、1550年には500人まで減り、100年後には一人残らず死滅してしまったのである。

 コロンブスとアラワク族の間に起きた悲劇は、その後も、南北アメリカ大陸で幾度となく繰り返された。スペイン人のコルテスとピサロは、メキシコのアステカ文明と南米のマヤ文明を滅ぼし、ヴァージニアやマサチューセッツを切り拓いたイギリスの入植者たちは、北米大陸の先住民に同じ仕打ちをした。また、タバコや綿花の栽培に成功し、労働力不足に直面すると、アフリカから大量の黒人を奴隷として連行してきた。今日までアメリカ社会を蝕む人種主義を生み出す発端となった出来事である。アメリカの学校における歴史の教科書は、航海者や開拓者たちの英雄的な冒険ではじまる。コロンブスが新大陸に到達した日は、国民の祝日だ。しかし、南北アメリカ大陸の先住民にとって、それはまさに五百年にわたる収奪の歴史のはじまりだった。

 だが、ハワード・ジンの『民衆のアメリカ史』の功績は、公の歴史が隠蔽してきた過去の暴力や収奪の歴史を掘り起こしたことに尽きるものではない。むしろ、虐げられた人々が互いに連帯し、権力に抵抗した稀有な歴史の瞬間を鮮やかに蘇らせていく点に、その真骨頂があるといえるだろう。そのような思いやりと勇気にあふれる民衆の行動の中にこそ、人類の未来の可能性がたたずんでいると考えられるからだ。

 「新たな可能性を未来に探ろうというときには歴史が助けになってくれる、とわたしは信じている。歴史は、隠されていた過去のある部分、たとえば人々が権力者に抵抗し、あるいは団結したときの物語を明らかにして、ヒントを与えてくれるはずだ。わたしたちの未来は、えんえんと続く戦争史の中にではなく、思いやりと勇気にあふれた過去の出来事のなかに見出されるに違いない。これが、アメリカ合衆国の歴史への、私の接近方法(アプローチ)である。そしてそれは、コロンブスとアラワク族との出会いからはじまるのだ」(21頁)

 コロンブスの「発見」から五百年。奴隷制や植民地主義を経て、今日の資本主義の搾取にいたるまで、権力者による収奪の歴史は連綿と続いている。いつ終わるとも知れない、この長い暗闇の中で、一体どこに希望を見出すことができるのか。土地の略奪に抵抗した北米のインディアン、決死の逃亡や反乱を繰り返した黒人奴隷たち、労働環境の改善を求め、何度となくストライキを打ったローウェルの女工たち、メキシコ戦争に反対し、市民的不服従を唱えたヘンリー・ソローなど、小さき者たちの抵抗の物語を掘り起こすハワード・ジンの『民衆のアメリカ史』は、その手がかりを与えてくれる。

*「週刊 本の発見」は毎週木曜日に掲載します。筆者は、大西赤人・渡辺照子・志真秀弘・菊池恵介・佐々木有美・佐藤灯・金塚荒夫ほかです。


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