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毎木曜掲載・第60回(2018/6/7)

大恐慌を挟んで激変した米国の姿

●『いなごの日』(ナサニエル・ウエスト 著、柴田元幸 訳、新潮社、750円)/評者:大西赤人

 先頃、ケーブル・テレビで『ベストセラー 編集者パーキンズに捧ぐ』(2015年度イギリス作品、監督=マイケル・グランデージ)という映画を観た。1929年、世界大恐慌の引き金となるウォール街大暴落が発生する寸前。ニューヨークの敏腕編集者であったマックス・パーキンズ(コリン・ファース)のもとに、どこの出版社も手を出さなかった無名作家トマス・ウルフ(ジュード・ロウ)の小説が持ち込まれる。アーネスト・ヘミングウェイやF・スコット・フィッツジェラルドを世に送り出したパーキンズは、ウルフの非凡な才能を見出し、出版を約束するが、その条件は、徹底的な推敲だった。

 パーキンズは、一ページごとに文章をチェックし、その要不要を作家に問い、大胆非情に削除を命じる。ウルフは抵抗しながらも、最終的には納得ずくで指示を受け容れて行く。ウィキペディアによれば、オリジナル原稿は33万語余りの大作だったが、出版までに6万6千語余りが削られた。こうして世に出た『天使よ故郷を見よ』、第二作『時と川について』により、ウルフは米国を代表する作家の一人となるが、38歳の若さで病死するまでに残した長編は死後に発表された二作を含めて四作に過ぎず、今や日本では訳書も限られている。

 筆者は、ウルフの作品は恥ずかしながら未読なものの、文筆の末席に連なる者として、パーキンズの言に服す作家が「カット!」を連発しながら自らの文章を削いで行くシーンに強く感じるところがあった。そして、ウルフの死後、パーキンズが自分の強権的な行為が正しかったのか否かを省みるラストにも考えさせられた(実際、オリジナルを復元した後年の研究者は、出版された形は完全版に見劣りすると述べたという)。そして、この映画には、『グレート・ギャツビー』で知られ、長編は五本のみを残して44歳で亡くなるフィッツジェラルド(ガイ・ピアース)も狃颪韻覆なった作家瓩箸靴動象的に登場するけれども、そこで想い起こした一冊が、ウェストによる『いなごの日』(1938年発表)だった。ウェストもまた、発表した長編は四冊だけ、37歳で早世した作家である。

 二十歳そこそこだった大西は、角川文庫版『イナゴの日』(1970年刊・板倉章 訳)として本作を手にした。『ベストセラー』を観たあとで読み直してみようと探したものの、どこかに入り込んでしまっていて見つからない。検索してみたところ、「村上柴田翻訳堂」シリーズ(村上春樹と柴田元幸とが十冊を選び、新訳・復刊した企画)の一点として、『クール・ミリオン』などと併せて刊行されていることが判り、改めて買い求めた。本作を眼にした当時の筆者は、フィッツジェラルドやウェストはじめ、ジェームズ・サーバー、デイモン・ラニアン、リング・ラードナーなど、1920年代から30年代にかけて書かれた米国作家の作品を好んで読んでいた。大恐慌という頓挫を挟んで激変した米国の姿が様々な形で描かれていて、どれもそれぞれにユニークで面白かったことを記憶している。

 『いなごの日』の主人公であるトッド・ハケットは、東部の美学校で学んでいたが、セットや衣裳のデザインを手がける要員としてスカウトされ、ハリウッドに来ている。人々の欲得を抱えたその街の肥大は、むしろ現代をも超えている。彼は、ハリウッドの虚飾を感じ取り、それを『燃えるロサンゼルス』と題した破壊的な絵に描こうとしている。同時にトッドは、そこで翻弄される人々をも「カリフォルニアに死にに来る人々」と冷ややかに懐疑的に見ている。

 物語は、トッドが出会う奇妙な連中――女優を夢見るフェイ、その父親で芸人崩れのハリー、フェイに思いを寄せる堅物のホーマー、等々――の狂躁に満ちた様子を綴って行く。ハリーがホーマーの家を訪ねる場面、闘鶏の場面、フェイが男たちと踊る場面、サディスティックなほどに執拗なウェストの筆致は、色彩を伴う視覚的な感覚をも喚起し、再読においてもそれは変わりなかった。結末部分で描かれる――話題の新作上映に際した――暴動に等しい街の狂乱ぶりは、聖書に「世界の週末というイメージ」(柴田)として用いられる「いなごの日」という言葉に象徴されているが、本作の元々の題名は、『欺かれた人々』であったという。

 「彼らの退屈はますますひどくなる。だまされたことを彼らは思い知り、憤怒の念を燃え立たせる。生涯毎日、彼らは新聞を読み、映画に行った。どちらも彼らにリンチ、殺人、性犯罪、爆発、事故、愛の巣、火事、奇跡、革命、戦争を食わせつづけた。日々のそうした食事が、彼らをすれっからしにした」

 発表当時、『いなごの日』の評判は芳しくなかったようだ。しかし、史上の傑作ではないかもしれないとはいえ、忘れがたい一冊である。

*「週刊 本の発見」は毎週木曜日に掲載します。筆者は、大西赤人・渡辺照子・志真秀弘・菊池恵介・佐々木有美・佐藤灯・金塚荒夫ほかです。


Created by staff01. Last modified on 2018-06-07 23:41:09 Copyright: Default

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