〔週刊 本の発見〕『水田マリのわだかまり』 | |||||||
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毎木曜掲載・第58回(2018/5/24) 工場で働く16歳のリアル●『水田マリのわだかまり』(宮崎誉子 新潮社)/評者:佐々木有美かつて鎌田慧は、『自動車絶望工場』(1973年)で、自身が体験したトヨタのコンベア労働を「仕事をしていて恐ろしくなることがある。これは労働でなくて、なにかの刑罰なのだ」と書いた。この小説の主人公水田マリは、宗教にはまった母親が、学資保険を解約したのをきっかけに高校を3日でやめ、洗剤工場のパートとして、コンベア労働につく。はたして現代のコンベア労働は、40年前と変わっているのか。 マリは、洗剤をボトルやパウチ(詰め替え用)に充填するライン作業に従事する。『自動車絶望工場』の中で鎌田は、「さっきまで、ゆっくり回っているように見えたベルトのスピードは実際自分でやってみると物凄く速い」と書いている。マリも必死にスピードについていこうとする。「二リットルもある業務用ボトルを、次から次に持つので、五分で手が痛くなる」。不良品を取り除かないと、耳をつんざくエラー音が容赦なく鳴り響く職場。この臨場感がすごい。作者の宮崎誉子は、あとがきで、過去に工場で働いていたことがあると書いているが、なるほどと納得させられる。 工場は、危険な職場だ。工場長は、ベトナムの工場で指を二本失う労災があったと報告する。そう、この会社は多国籍企業なのだ。洗剤の臭いは鼻を刺し、目に入れば失明の危険性も。洗剤の原液を浴びて手を赤く腫れ上がらせたマリは早退する。おざなりの安全教育は実施されているが、ギリギリの人数でまわしている工場は安全とはほど遠い。「ミスとロスのないように」「工場って戦場だからね」という作業リーダーたちのことばは象徴的だ。 正規社員、パート、派遣、そして外国人労働者。この工場も、雇用の多様さでは、今の日本の職場の縮図だ。教育で力を入れるのは正規だけ。「使えない」パートや派遣は、ハードな仕事をあてがい、腰痛でやめざるをえなくさせる。こうした会社のイジメと同時に、労働者の間にもイジメは横行している。正当に怒りを表現できない人々は、まわりの弱者をイジメることでしか、気持ちを紛らわすことができない。『自動車絶望工場』には、労働者間のイジメは出てこなかった。労組はあてにできないが、一人一人の労働者は、職場で不平不満を口にすることはできた。 マリの唯一の救いは、フィリピーナのニコルだ。彼女は、いつも明るくてやさしい。でも「ワタシタチ、ナカマナメラレタラ、ミンナデヤリカエスネ」と話す。日本人にはない団結の力をマリは、うらやましく思う。この小説には、労働組合ということばが一度も登場しない。それほど、労働組合は、世の中から見えなくなっている。身体をむしばむ危険でハードな労働を強いられる労働者たちは、仲間への攻撃でうっぷんを晴らす以外に道がないのだ。マリの団結へのあこがれは、まっとうだ。マリの気持ちが労働組合につながる日は来るのか。 実は、マリは中学二年のとき、クラスメートがイジメ自殺をして、傍観した自分が許せないでいる。「容赦ないスピードで回転するベルトコンベヤーは、甘えが許されず、まるで罰を受けているみたいで安心する」というマリ。鎌田慧の「刑罰」ということばが、素朴にひびくほどの屈折。これが現代のリアルといえば、あまりにも切ない。 *「週刊 本の発見」は毎週木曜日に掲載します。筆者は、大西赤人・渡辺照子・志真秀弘・菊池恵介・佐々木有美・佐藤灯・金塚荒夫ほかです。 Created by staff01. Last modified on 2018-05-23 21:58:16 Copyright: Default |