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LNJ Logo 太田昌国のコラム「サザンクロス」 : 遭難者、漂着民、排外主義者、脱北者、政治指導者
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 ●第15回 2018年3月10日(毎月10日・25日)

 遭難者、漂着民、排外主義者、脱北者、政治指導者

 近着の「人民新聞」3月5日号で重要な記事を読んだ。元外航船長で海員組合全国委員も務めたことのある柿山朗さんが「朝鮮木造船漂着と船員の命の尊厳」という文章を寄稿している。昨年11月から12月にかけて、「日本海」側の砂浜などへの遭難船と遺体の漂着事件が頻繁に報道された。海上保安庁によれば、2017年度のこの種の漂着船は104隻に上った。状況からみて、朝鮮国の港から出た船に違いない、と私も思う。

 私もかつて新潟から佐渡へ渡る船の中で経験したが、陸地に囲まれたこの海の地形は独特で、波高が高く、船も揺れる。柿山氏によれば、冬場には大型船でも、荒波で航行が難渋するという。この海へ、簡素な構造の古い木造船が操業に出たのである。食べ物に事欠く漁船員の命懸けの操業だったであろうことは疑いの余地もないだろう。

 これを指して「武装難民の可能性がある」と言ったのは、麻生副総理である。「警察で対応するのか、自衛隊の防衛出動か。射殺するのか」とまで言った。「工作員とかいろんな可能性があるから徹底した取り締まりを行なっている」と述べたのは菅官房長官だった。哀しみ、同情すべき事態を政治的に利用しようとする魂胆が透けて見える。北海道松前町の無人島には、舵が故障した難破船の乗組員が上陸した。無人の避難小屋にあった発電機その他すべての物品を「盗んだ」として、船長のみが起訴され、3月9日に函館地裁で「懲役2年半」の求刑がなされた。柿山氏によれば、保安庁のヘリはこの船舶の遭難救助もせずに、何かをしでかすことを待ち、監視する日数を重ねていたらしい。海洋法に関する国連条約や「海上における捜索及び救助に関する国際条約」に基づいて、関係者は、遭難船の人命救助に必要な手段を尽くさなければならない。不履行には罰則規定もあるという。「国難」を煽る悪扇動に基づくすべての行為は、国際法が定める論理と倫理の前に、本来はその根拠を失うべきものである。

 他方、私は横浜の「海上保安資料館」の(北)朝鮮工作船特別展示場の光景も思い出す。2001年12月、九州南西海域で発見した不審船を保安庁は追尾し、停止命令にも従わなかったために船体射撃も行なった。船は自爆して沈没した。資料館には、死亡した10人の乗組員が身につけていた品々や船体が展示されている。粗末なウェットスーツがある。金日成バッチがある。「ああ党よ、この子は永遠にあなたの忠臣になろう」と朝鮮語で書きつけた木片がある。これまた、明らかに朝鮮国籍の船舶なのだが、日本側は覚醒剤の取引を行なっていたと断定した。資料館を観ながら、私は、若く貧しかったであろう乗組員たちと、工作船を派遣した朝鮮国の支配体制の頂点に立つ独裁者の双方の姿を思い浮かべた。前者には曰く言い難い哀しみを、後者には、もちろん、激しい怒りを感じた。翌年の日朝首脳会談で、金正日総書記は工作船の派遣を謝罪し、二度と繰り返さないと約束した。(*写真=海上保安資料館の工作船展示(同館HPより)

 今回の漂着船とそこに遺された遺体の報道に接しても、同じ感慨を覚える。遭難者は手厚く保護するか、不幸にして死した場合には丁寧に弔わなくてはならない。同時に、朝鮮を支配する独裁体制が核とミサイルの開発に莫大な資金を投じる一方、民衆に強いている苦難に満ちた経済生活を思う。そんな気持ちで近所の図書館の棚を眺めていた今日、注目してきた民俗学研究者、伊藤亜人の新著『北朝鮮人民の生活――脱北者の手記から読み解く実相』(弘文堂、2017年)を見つけて、借りた。

 きょうは朝から、来る5月に行なわれるらしい米朝首脳会談のニュースで持ち切りだ。政治指導者はどこの国のそれも、駆け引きや騙し討ちや妥協や折り合いで、もっともらしい「政治」とやらを続けるだろう。私たちもその行く末を注視し、必要なら介入することもあるだろう。だが、私たちの存立基盤は「国家」でも「政府」でもなく、ここで述べてきた文脈に即して言うなら、遭難者や漂流民や脱北者の視点で〈世界〉を観ることなのだ。


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