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平成27年(ヨ)第6号原発再稼働禁止仮処分申立事件
  決定
当事者の表示 別紙当事者目録記載のとおり

  主文
1 債務者は,福井県大飯郡高浜町田ノ浦1において,高浜発電所3号機及び同4号機を運転してはならない。
2 申立費用は,債務者の負担とする。


第1 申立ての趣旨
  主文同旨

第2 事案の概要
 1 事案の要旨
  理由
本件は,滋賀県内に居住する債権者らが,福井県大飯郡高浜町田ノ浦1にお
いて高浜発電所3号機及び同4号機(以下「本件各原発」という。また,本件
各原発のうち,高浜発電所3号機を以下「3号機」と,高浜発電所4号機を以
下「4号機」という。)を設置している債務者に対し,本件各原発が耐震性能
に欠け,津波による電源喪失等を原因として周囲に放射性物質汚染を惹起する
危険性を有する旨主張して,人格権に基づく妨害予防請求権に基づき,本件各
原発を仮に運転してはならないとの仮処分を申し立てた事案である。

 2 前提事実
 以下の事実は,当事者間に争いのない事実(反対当事者の主張を争うことを
明らかにしない事実を含む。)及び一件記録により容易に認められる事実であ
る。
 (1) 当事者
  ア 債権者ら
  債権者らは,本件各原発から70キロメートル以内の距離で,滋賀県内
の肩書地において居住する者である。

  イ 債務者
債務者は,昭和26年5月1日に設立された株式会社であって,大阪府,
京都府,兵庫県(一部を除く。),奈良県,滋賀県,和歌山県,三重県の
一部,岐阜県の一部,福井県の一部における電力需要を賄うために,発電,
送電,配電に至る電力供給を一貫して行う一般電気事業者であり,これら
供給区域における電力供給義務を負う者である。

 (2) 本件各原発の設置
 債務者は,福井県大飯郡高浜町田ノ浦1において,本件各原発を設置して
いる。債務者は3号機について,昭和55年8月4日,原子炉設置変更許
可を受け,昭和60年1月17日,営業運転を開始した。また,債務者は,
4号機について,昭和55年8月4日,原子炉設置変更許可を受け,昭和6
0年6月5日,営業運転を開始した。

 (3) 原子力発電の仕組み
  ア 原子力発電の概要
  原子力発電は,核分裂反応によって生じるエネルギーを熱エネルギーと
して取り出し,この熱エネルギーを発電に利用するもので,原子炉におい
て取り出した熱エネルギーによって蒸気を発生させ,この蒸気でタービン
を回転させて発電を行う。なお,火力発電では,石油,石炭等の化石燃料
が燃焼する際に生じる熱エネルギーによって蒸気を発生させ,この蒸気で
タービンを回転させて発電を行う。 したがって,タービンを回転させて電
気を発生させる点では,両者の構造は共通している。

  イ 核分裂の原理
   全ての物質は原子から成り立っており,原子は原子核(陽子と中性子の
集合体)と電子から構成されている。重い原子核の中には,分裂して軽い
原子核に変化しやすい傾向を有しているものがあり,例えばウラン235
の原子核が中性子を吸収すると,原子核は不安定な状態となり,分裂して
2ないし3個の異なる原子核に分かれる。これを核分裂といい,核分裂が
起きると,大きなエネルギーが発生する。
 また,核分裂により物質(核分裂生成物)が発生するが,その大部分は
放射性物質である。例えば,ウラン235が核分裂すると,放射性物質で
あるセシウム137, ヨウ素131等の核分裂生成物が生じる。核分裂生
成物に加え2ないし3個の速度の速い中性子が生じる。この中性子の一
部が他のウラン235等の原子核に吸収されて次の核分裂を起こし,連鎖
的に核分裂が維持される現象を核分裂連鎖反応とし、う。
 ウラン235等の原子核が中性子を吸収して核分裂する確率は,中性子
の速度が遅い場合に大きくなる。速度の遅い中性子を「熱中性子」という。
核分裂を効率良く継続させるためには,核分裂時に放出された速度の速い
中性子の速度を熱中性子となる速度まで減速させる必要があり,このため
に用いられる物質を減速材という。
 核分裂時,熱エネルギーが発生する。この熱エネルギーが発電の源で、あ
り,熱エネルギーを運ぶ媒体を冷却材という。

 ウ 原子炉の種類
  原子炉には,減速材及び冷却材の組合せによって幾つかの種類があり,
そのうち減速材及び冷却材の両者の役割を果たすものとして軽水(普通の
水)を用いるものを軽水型原子炉という。
 軽水型原子炉には,大きく分けて沸騰水型原子炉(BWR) と加圧水型
原子炉(PWR) の2種類がある。沸騰水型原子炉(BWR) は,原子炉
内で冷却材を沸騰させ,そこで発生した蒸気を直接タービンに送って発電
する種類の原子炉である。加圧水型原子炉(PWR) は1次冷却設備内
を流れる高圧の1次冷却材を原子炉で高温水とし,これを蒸気発生器に導
き,蒸気発生器において,高温水の持つ熱エネルギーを2次冷却設備内
を流れる2次冷却材に伝えて蒸気を発生させ,この蒸気をタービンに送っ
て発電する種類の原子炉である。本件各原発は,加圧水型原子炉である。

 エ 本件各原発における発電の仕組み
  加圧水型原子炉における発電の仕組みの概要は,次のとおりである。
まず, 1次冷却材管は,原子炉容器から発し,蒸気発生器内を通過して,
原子炉容器に戻る。1次冷却材管内及び原子炉容器内は1次冷却材で満
たされている。この1次冷却材は,加圧器によっ.て高圧となった上1次
冷却材ポンプによって原子炉容器と蒸気発生器との間を循環している。
 原子炉容器内で核分裂連鎖反応により熱エネルギーが生じ1次冷却材
はこの熱を吸収して高温になり,他方,これにより原子炉は冷却されるo
高温になった1次冷却材は1次冷却材管を通じて蒸気発生器に入り,
蒸気発生器において伝熱管の中を通過する。伝熱管の外側には2次冷却材
が存在し1次冷却材が上記伝熱管を通過する際1次冷却材の熱は伝熱
管の外側の2次冷却材に伝わる。これにより2次冷却材は熱せられ,他
方1次冷却材は冷却され,再び原子炉に戻る。
 熱せられた2次冷却材は,蒸気となって2次冷却設備のタービンを回転
させ,これを基にして,電気施設の発電機で電気が発生する。タービンを
回転させた蒸気は復水器で、冷却され,主給水ポンプ等により再び蒸気発生
器に戻る。

 オ 本件各原発における一般的危険性
 上記発電の仕組みを前提とすると,例えば1次冷却材の喪失(以下「L
OCA」 という。)が発生したときは,原子炉容器を冷やすことができず,
発生した熱によって原子炉容器内の燃料集合体が損傷し,燃料集合体ない
し1次冷却材中の放射性物質が外へ漏れ出し,さらに原子炉容器や原子炉
格納容器が損傷した場合には,最終的には,本件各原発から放射性物質が
放出される。
 このように,原子炉運転中, LOCAによって炉心が損傷する危険性が
あるが,それだけでなく,後記(6)イのとおり,原子炉の運転停止後であっ
ても,特に運転停止直後は,崩壊熱による炉心損傷の危険性がある。


(4) 本件各原発の構造等
 ア 基本的構成要素
  加圧水型原子炉の基本的構成要素は1次冷却設備,原子炉格納容器,
2次冷却設備,電気施設,工学的安全施設及び使用済み燃料ピット等であ
る。これらの構成物は,いずれも,電気を発生させるためのものであると
ともに,前記(3)オの危険性に対処するためのものでもある。

 イ 1次冷却設備
  1次冷却設備は,原子炉,加圧器,蒸気発生器1次冷却材ポンプ及び
1次冷却材管等から構成されており,原子炉内で、熱エネルギーを生じさせ,
この熱エネルギーを2次冷却材に伝える機能を有する。
原子炉容器は,上部及び底部が半球
状となっている縦置き円筒型の容器で
あり(右図参照),その内部には燃料
集合体,制御棒等が配置され,その余
の部分は1次冷却材で満たされてい
る。これらを包括して,原子炉という。
原子炉内の燃料集合体が存在する部
分を炉心という。
 燃料集合体は,燃料棒が束ねられた
もので,燃料棒は,ジルコニウム基合金製の燃料被覆管内にペレットを積
み重ねたものである。
ペレットは,原子力発電の基本となるウラン燃料の固体を焼き固めたも
のである。
 制御棒は,中性子を吸収しやすい性質を有する銀・インジウム・カドミ
ウム合金製であり,原子炉容器の上部にある制御棒駆動装置により,制御
棒が燃料集合体の特定の位置に出し入れできるよう,燃料集合体内の各燃
料棒の間には,制御棒挿入のための中空の経路(制御棒案内シンプル)が
設置されている。通常運転時は,制御棒は燃料集合体からほぼ全部が引き
抜かれた状態で保持されているが,緊急時には,制御棒を高位で保持して
いる制御棒駆動装置への電源が遮断され,制御棒が自重で炉心に落下する
ことで,中性子が吸収され,原子炉内の核分裂を止め,原子炉を停止させ
る仕組みになっている。

 ウ 原子炉格納容器
  原子炉格納容器は1次冷却設備
を格納する容器である(右図参照)。
原子炉格納容器の本体部は,半球型
ドームを有する円筒形の炭素鋼製構
造物であり,そのさらに外側には,
鉄筋コンクリート造りの外側遮蔽建
屋が設置されている。

 エ 2次冷却設備
  (原子炉格納容器の図)
 2次冷却設備は,タービン,復水器,主給水ポンプ及びこれらを接続す
る配管等から構成される。 2次冷却材は1次冷却材とは隔離されている
ため,放射性物質を含んでいない。

 オ 電気施設
  電気施設には,発電機,非常用ディーゼル発電機等がある。発電機は,
2次冷却設備によって運ばれた熱エネルギーが回転させたタービンの回転
エネルギーをもとに電気を発生させる設備である。 発生した電気は,変圧
器を通じて外部の送電線に送られるほか,原子力発電所内の各設備に供給
される。また,送電線によって,外部から発電所に受電することもできる。
発電所の外部から供給される電源を外部電源としづ。外部電源及び発電機
によって発電された電気による電源は,いずれも交流電源である。
 非常用ディーゼル発電機は,発電機が停止し,かっ外部電源が喪失した
場合に,原子炉を安全に停止させた状態で維持するために必要な交流電源
や,後記の工学的安全施設を作動させるための交流電源を供給するための
ものである。
 原子力発電所におけるこれらの交流電源全てが喪失することを,全交流
電源喪失(ステーション・ブラック・アウト, SBO) という。
 全交流電源喪失が生じた場合には,直流電源、である蓄電池(バッテリー)
や,重油によって作動する空冷式の非常用発電装置等による電源供給が行
われる。蓄電池は発電機ではなく,一定量の電気を留め置くものであるた
め,蓄電池による電源の供給には時間的限界がある。

 カ 補助給水装置
 燃料集合体の内部には,核分裂により発生した核分裂生成物が存在し,
この核分裂生成物は,不安定であるため放射線を出しながら崩壊を続け,
崩壊の際熱を発生させる。この熱を「崩壊熱」という。崩壊熱は,時間の
経過とともに少なくなるが,原子炉停止直後は特に崩壊熱が高いため,燃
料集合体(1次冷却設備)を引き続き冷却する必要があり,そのために2
次冷却設備を稼働させる必要がある。そこで2次冷却設備の稼働が停止
しないように,外部電源が失われた場合でも,前記オの非常用ディーゼル
発電機による電源供給を受けられるだけでなく,電源が失われても2次冷
却設備内で発生した蒸気で2次冷却設備を駆動させるタービン動補助給水
ポンプが配置されている。

 キ 工学的安全施設
 工学的安全施設には,非常用炉心冷却設備(ECCS),原子炉格納施
設,原子炉格納容器スプレイ設備及びアニュラス空気浄化設備等がある。
非常用炉心冷却設備は1次冷却材管の破断等によりLOCAが発生した
場合,ホウ酸水を原子炉容器内に注入する設備で,蓄圧注入系,高圧注入
系及び低圧注入系で構成される。蓄圧注入系は1次冷却材の圧力が低下
したときに,加圧されたホウ酸水を蓄えた蓄圧タンクから,その圧力によ
り,電源なく,ホウ酸水を注入するものである。また,高圧注入系及び低
圧注入系は,原子炉容器内の圧力に応じて,燃料取替用水ピットに貯蔵さ
れたホワ酸水を原子炉容器内に注入する設備である。この際,上記ホウ酸
水や1次冷却材管から漏れ出た1次冷却材等は原子炉格納容器の格納容器
再循環サンプに貯留されるところ,上記蓄圧注入系,高圧注入系及び低圧
注入系のいずれの設備においても,ホウ酸水の水源を格納容器再循環サン
プに切り替えた上で原子炉容器内に再注入することができる。
原子炉格納容器及び原子炉格納容器から出た配管等の原子炉格納施設
は,アニュラス部に覆われており,この部分の圧力を大気圧より減圧する
ことで,原子炉格納容器内の放射性物質の吸収をはかっている。
原子炉格納容器スプレイ設備は, LOCA発生時に原子炉格納容器内に
ホウ酸水を噴霧することができる設備である。アニュラス空気浄化設備等
は,アニュラス部に放射性物質が放出された場合,この空気を浄化して,
大気中に放出される放射性物質の濃度を減少させる。

(5) 使用済み燃料
 ア 使用済み燃料の発生
  原子力発電においては,原子炉内で核分裂をさせると,燃料中に核分裂
生成物が蓄積し,連鎖反応を維持するために必要な中性子を吸収して反応
速度を低下させるなどの理由から,適当な時期に燃料を取り替える必要が
ある。この際に原子炉から取り出されるのが使用済み燃料である。
 使用済み燃料は,原子炉停止後に原子炉から取り出された後,水中で移
送されて使用済み燃料ピットに貯蔵される。

 イ 使用済み燃料の性質
  核燃料を原子炉内で反応させると,核分裂性のウラン235が反応して
核分裂生成物ができる一方,非核分裂性のウラン238は中性子を吸収し
て核分裂性のプルトニウムに姿を変える。このように,使用済み燃料には,
未燃焼のウラン及び崩壊熱の主たる源となる核分裂生成物のほか,プルト
ニウム等の放射性物質が含まれ,時間の経過に従って表えるものの,崩壊
熱を出し続けることから,使用済み燃料自体の冷却を続ける必要がある。

 ウ 使用済み燃料ピット
  使用済み燃料ピットは,原子炉から取り出された使用済み燃料を貯蔵す
る設備であり,壁面及び底部が鉄筋コンクリート製で,その内側にステン
レス鋼板が張られており,内部に使用済み燃料を保管し,崩壊熱を除去す
るため,常に水(ホウ酸を含む。)で満たされており,この水は,冷却設
備によって冷却されている。水位は監視され,上記冷却機能が喪失するな
どして水位が低下した場合に備え,水補給設備が設置されている。

(6) 安全性の審査

 ア 審査基準制定過程
 昭和30年,原子力基本法が制定され,同時に原子力委員会設置法が制
定され,原子力の研究,開発及び利用に関する行政の民主的な運営を図る
ため総理府(当時)に原子力委員会が設置された。
 昭和32年,核原料物質,核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律(以
下「原子炉等規制法」という。)が制定された。
 前述の原子力委員会は,昭和53年9月「発電用原子炉施設に関する
耐震設計審査指針」を制定し,その翌月には,原子力基本法の改正により,
総理府(当時)の審議会として原子力安全委員会が設立された。原子力安
全委員会は,昭和56年7月,前記「発電用原子炉施設に関する耐震設計
審査指針」に建築基準法の改正を取り入れて,改めて同指針を決定した(以
下,昭和56年のこの指針を「旧指針」という。)。ここでは「設計用最
強地震」を「歴史的資料から過去において敷地又はその近傍に影響を与え
たと考えられる地震が再び起こり,敷地及びその周辺に同様の影響を与え
るおそれのある地震及び近い将来敷地に影響を与えるおそれのある活動度
の高い活断層による地震のうちから最も影響の大きいものを想定する。」
と定義し,これに対応する地震動を「基準地震動S1 」とした。また「設
計用限界地震」を「地震学的見地に立脚し設計用最強地震を上回る地震に
ついて,過去の地震の発生状況,敷地周辺の活断層の性質及び地震地体構
造に基づき工学的見地からの検討を加え,最も影響の大きいものを想定す
る。」と定義し,これに対応する地震動を「基準地震動S2 」とした。
 平成13年には,中央省庁の再編により,それまで科学技術庁(当時)
及び資源エネルギー庁でそれぞれ所管されていた原子力行政が一元化さ
れ,経済産業省設置法に基づき,資源エネルギー庁に原子力安全・保安院
が置かれた。
 原子力安全委員会は,平成13年以降,旧指針の改定作業に着手し,平
成18年9月,新たな「発電用原子炉施設に関する耐震設計審査指針」(以
下「新指針」という。)を定めた。
ここでは「施設の供用期間中に極めてまれではあるが発生する可能性
があり,施設に大きな影響を与えるおそれがあると想定することが適切な
地震動」を,「基準地震動S s」と定義し,基準地震動S sに対し,安全
上重要な設備が機能を喪失しないことという要求が定義された。そして,
債務者は,震源を特定した検討用地震を選定して策定される地震動と,圏
内外の観測記録を基に震源を特定せず策定する地震動に分けて検討した
上,これを総合して各発電所ごとに具体的な基準地震動S sを定めること
とし,本件各原発につき,旧指針の段階では,基準地震動S1を最大加速
度270ガル(水平方向) 基準地震動S2を最大加速度360ガル(水
平方向)及び370ガル(直下地震,水平方向)と計算していたのを,新
指針に基づき,基準地震動Ssを550ガル(水平方向)と改めた。これ
らについては,原子力安全・保安院によって妥当なものと評価され,原子
力安全委員会も,この原子力安全・保安院による評価を適切なものとした。
イ東北地方太平洋沖地震による福島第一原子力発電所事故
平成23年3月11日午後2時16分頃,マグニチュード(地震そのも
のの規模) 9. 0の大きさの東北地方太平洋沖地震が発生し,福島第一原
子力発電所がある大熊町,双葉町では,震度(特定の地点における揺れの
程度) 6強の揺れを観測した。なお,福島第一原子力発電所には6台の
沸騰水型原子炉(BWR) があった。
 福島第一原子力発電所で運転中の原子炉(4号機は点検中で原子炉は停
止していた。)は全て自動停止したが,同発電所に関する送電鉄塔や,遮
断機等は様々な場所で損傷し,発電所全体で外部電源が喪失した。これに
対し,全部で12台用意されていた非常用ディーゼル発電機が全て自動起
動し,交流電源が一旦は確保された。
 ところが,地震後約1時間が経過した同日午後3時30分頃,福島第一
原子力発電所に大きな津波が襲来した。少なくともこの津波によって1
号機ないし5号機において,全交流電源が喪失し(SBO), 1号機2
号機及び4号機では,直流電源も失われた。1号機では,崩壊熱の除去の
ための非常用復水器が電源喪失により稼働を停止し,崩壊熱によって炉内
の圧力が上昇し1次冷却水が失われ,同日夜には,炉心溶融が開始した
とみられる。 1号機の原子炉建屋は,同日午後爆発しており,水素爆発が
起きたと推定され,これに伴い大気中に放射性物質が放出された。2号機
においても,運転停止直後は原子炉隔離時冷却系が作動して冷却を開始し
ていたが,冷却系が停止し,炉心が損傷したものとみられ,大量の放射性
物質が放出されたと推定されている。3号機では2号機と同様の原子炉
隔離時冷却系が置かれており,これが一時期作動していたものの2号機
と同様,炉心が溶融したとみられる。
 このように,福島第一原子力発電所では,主に,全電源喪失の期聞が継
続したことにより,崩壊熱の除去に失敗し「止める」「冷やす」「閉じ込
める」のうちの,後2者を実現することができず,重大な事故を発生させ
るに至った。この事故は収束しておらず1号機から3号機までの内部に
溶融した状態で取り残された炉心部分の搬出作業には見通しがついておら
ず,敷地からは毎日大量の放射能汚染水が流出し続けている。
 福島第一原子力発電所事故の結果,福島県内の1800平方キロメート
ルもの広大な土地が年間5ミリシーベルト以上の空間線量を発する可能
性のある地域となった。避難区域指定は福島県内の12市町村に及び1
5万人もの人々が避難を余儀なくされた。

 ウ 原子力規制法制の改変
  前記のとおりの福島第一原子力発電所の重大な事故に起因して,内閣府
に設置されていた原子力安全委員会及び経済産業省所管の資源エネルギー
庁の外局として設置されていた原子力安全・保安院が解体され,原子力基
本法3条の2及び原子力規制委員会設置法2条に基づき,環境省の外局と
して,原子力規制委員会が設置された。原子力規制委員会設置法は,その
1条において「東北地方太平洋沖地震に伴う原子力発電所の事故を契機
に明らかとなった原子力の研究,開発及び利用に関する政策に係る縦割り
行政の弊害を除去し,並びにーの行政組織が原子力利用の推進及び規制の
両方の機能を担うことにより生ずる問題を解消するため,原子力利用にお
ける事故の発生を常に想定し,その防止に最善かっ最大の努力をしなけれ
ばならないという認識に立って,確立された国際的な基準を踏まえて原子
力利用における安全の確保を図るため必要な施策を策定し,又は実施する
事務…を一元的につかさどるとともに,その委員長及び委員が専門的知見
に基づき中立公正な立場で独立して職権を行使する原子力規制委員会を設
置し,もって国民の生命,健康及び財産の保護,環境の保全並びに我が国
の安全保障に資することを目的とする。」と定めている。原子力規制委員
会は, 委員長及び委員4人で組織される(同法6条1項).,合議制の行政
機関である(同法10条3項)。
 そして,発電用原子炉を設置しようとする者は,政令で定めるところに
より,原子力規制委員会の許可を受けなければならないとされ(原子炉等
規制法43条の3の5第1項),原子力規制委員会は,この許可を求める
申請があった場合は,?平和目的であり,?申請者に設置のための技術的
能力・経理的基礎があり,?申請者に運転のための技術的能力があり,?
発電用原子炉施設の位置,構造及び設備が,原子力規制委員会で定める基
準に適合するものであることを全て満たしていなければ許可してはなら
ない(原子炉等規制法43条の3の6第1項)。この「原子力規制委員会
で定める基準」がr実用発電用原子炉及びその附属施設の位置,構造及
び設備の基準に関する規則J(平成25年6月28日原子力委員会規則第
5号)であり,この基準は,行政手続法5条1項の規定による審査基準と
して位置づけられている(平成25年11月27日原規総発第13112
7 5号原子力規制委員会決定)。また,原子力規制委員会は,この新規制
基準の解釈指針として, r実用発電用原子炉及びその附属施設の位置, 構
造及び設備の基準に関する規則の解釈」という委員会決定(平成25年6
月19日制定,平成26年7月9日改正)を発した。「実用発電用原子炉
及びその附属施設の位置,構造及び設備の基準に関する規則」 及び「実用
発電用原子炉及びその附属施設の位置,構造及び設備の基準に関する規則
の解釈」を,併せて以下「新規制基準」という。
 新規制基準においても,耐震設計において,基準地震動を策定し,これ
を前提に施設の安全性を評価する仕組みは,新指針と同様である。しかし
ながら,複数の想定震源領域が連動した東北地方太平洋沖地震を踏まえて,
プレート間地震及び海洋プレート内地震に関して「圏内のみならず世界で
起きた大規模な地震を踏まえ」「震源領域の設定を行うこと」が求められ
たり,地震動評価における,地下構造による地震波の伝播特性及び地盤の
増幅特性(サイト特性)の考慮に関わる記載が増加したりした。ここで,
震源から放出される地震波の性質(振幅,周期特性等)を震源特性といい,
震源断層面から放出された地震波が距離とともに振幅を減じながら地下の
岩盤中を伝播するが,この伝播に関する特性を伝播特性といい,特定の地
盤での地震動の増幅に関する特性をサイト特性という。

 (7) 再稼働申請等
 現在停止している原子炉を再稼働させるには,当該原子炉が新規制基準に
適合することが必要となることから,発電用原子炉設置者は,原子力規制委
員会に対し,設置変更許可の申請を行い,同委員会による新規制基準への適
合性審査を経た上で設置変更許可を受けるとともに工事計画認可及び保安
規定変更認可の各申請を行ってこれらの認可を受け,さらに,工事計画認可
を受けて工事をした施設については使用前検査に合格する必要がある。 そし
て,設置変更許可,工事計画認可及び保安規定変更認可の各申請は,一般に
「再稼働申請」と呼ばれている。
 本件各原発のうち4号機は平成23年7月21日から3号機は平成24
年2月20日から定期検査を開始したが,その後一旦運転を停止した。債務
者は,原子炉等規制法の改正を踏まえ,平成25年7月8日,原子力規制委
員会に対し,本件各原発の設置変更許可,工事計画認可及び保安規定変更認
可の各申請を行った(最終のものが乙76)。これを受け,原子力規制委員
会は,本件各原発の新規制基準に対する適合性を審査し,その過程で本件各
原発の基準地震動ssが700ガルに引き上げられたことなどを踏まえ,平
成26年12月17日,本件各原発の新規制基準への適合性を認め「関西
電力株式会社高浜発電所の発電用原子炉設置変更許可申請書(3号及び4号
発電用原子炉施設の変更)に関する審査書(案)」を取りまとめた。そして,
上記審査書(案)については,同月18日から平成27年1月16日までの
間,パブリックコメント(意見公募手続,乙40) が行われ,その結果も踏
まえ,同年2月12日「関西電力株式会社高浜発電所の発電用原子炉設置
変更許可申請書(3号及び4号発電用原子炉施設の変更)に関する審査書(修
正案)」 (乙14の2)が原子力規制委員会において了承され,設置変更許
可がされた(乙15)。また,遅くとも同年10月9日までに,本件各原発
について工事計画認可及び保安規定変更認可がされた。
 債務者は,平成28年1月29日, 3号機を再稼働させ,同年2月26日,
4号機も再稼働させた。

 (8) 本件申立て等
 債権者らは,平成27年1月30日に本件仮処分を申し立てた。
 当裁判所においては,同年4月20日,同年7月9日,同年9月29日及
び同年12月15日,当事者双方立会のもと,審尋期日を実施した。
 なお,平成25年12月24日には,大津地方裁判所において,債務者を
被告として,本件各原発に加え,債務者が運転していた他の原子力発電所(福
井県大飯郡おおい町に設置されている大飯原子力発電所及び福井県三方上中
郡若狭町に設置されている美浜原子力発電所)について,運転を差し止める
よう求める民事訴訟(同裁判所平成25年(ワ)第696号)が提起されており,
争点整理が行われている。

3  争点

(1) 主張立証責任の所在(争点1)
(2) 過酷事故対策(争点2)
(3) 耐震性能(争点3)
(4) 津波に対する安全性能(争点4)
(5) テロ対策(争点5)
(6) 避難計画(争点6)
(7) 保全の必要性(争点7)


4 争点1 (主張立証責任の所在)に関する当事者双方の主張

(1) 債権者らの主張
 ア行政事件の場合
 最高裁平成4年10月29日第一小法廷判決(民集46巻7号11 7 4
頁) (以下「伊方原発訴訟最高裁判決」という。)は,原子炉設置許可処
分の取消訴訟における裁判所の審理,判断はr原子力委員会若しくは原
子炉安全専門審査会の専門技術的な調査審議及び判断を基にしてされた被
告行政庁の判断に不合理な点があるか否かという観点から行われるべきで
ある」とし,行政庁の専門技術的裁量を一定程度認めた。その上で,同判
決は,原子炉設置許可処分の際に行政庁が災害の防止上支障がなし1か等に
ついて審査をする趣旨が「原子力災害が万が一にも起こらないようにす
るためであること」を確認した上で,原子炉設置許可処分が違法となるの
は,行政庁の判断に不合理な点がある場合であるとし,その不合理な点が
あることの立証責任はr本来原告が負うべきものと解されるが当該原子
炉施設の安全審査に関する資料をすべて被告行政庁の側が所持しているこ
となどの点を考慮すると,被告行政庁の側において,まず,原子力委員会
若しくは原子炉安全専門審査会の調査審議において用いられた具体的審査
基準並びに調査審議及び判断の過程等,被告行政庁の判断に不合理な点の
ないことを相当の根拠,資料に基づき主張,立証する必要があり,被告行
政庁が,右主張,立証を尽くさない場合には,被告行政庁がした右判断に
不合理な点があることが事実上推認される。」 と判示し,それと同旨の見
地に立って本件原子炉設置許可処分の適否を判断した原判決(高松高裁昭
和59年12月14日判決・判例時報11 3 6号3頁)は正当であるとし
た。
 上記判示に従うと,原子炉設置許可処分取消訴訟は,被告行政庁が,「r被
告行政庁の判断に不合理な点がないこと」を立証できたか否かについて攻
防が行われ,立証できれば原告の請求は棄却され,立証できなければ認容
されるという,立証責任論から見れば,単純な構造で訴訟が追行されるこ
とになるというのが論理的帰結であり,これによって,立証責任は,原告
側から被告側に,事実上転換されたと解さざるを得ない。

 イ 民事事件の場合
 民事差止訴訟においては,被告は,国ではなく,事業者であり,争点は,
原発設置許可処分の違法性ではなく,当該原発が運転することにより原告
らの人格権が侵害される具体的危険性の有無であるから,立証責任論も伊
方原発訴訟最高裁判決とは独自に構築されてしかるべきである。
 そして,志賀2号機訴訟1審判決(金沢地裁平成18年3月24日判決,
判例時報1930号25頁)は,原子炉施設における安全設計及び安全管
理の方法に関する資料はすべて被告が保有していること等から,原告らに
おいて,被告の安全設計や安全管理の方法に不備があり,本件原子炉の運
転により原告らが許容限度を超える放射線を被ばくする具体的可能性があ
ることを相当程度立証した場合には,公平の観点から,被告において,原
告らが指摘する「許容限度を超える放射線被ばくの具体的危険」が存在し
ないことについて,具体的根拠を示し,かつ,必要な資料を提出して反証
を尽くすべきであり,これをしない場合には,上記「許容限度を超える放
射線被ばくの具体的危険」の存在を推認すべきであると判示した。この立
証責任の分配方法こそ,原発民事差止訴訟において公平,適切であり,か
つ,伊方原発訴訟最高裁判決の趣旨を民事訴訟において体現したものであ
る。

 (2) 債務者の主張

  ア 科学技術における原理的危険性の存在とその管理可能性
 およそ科学技術を利用した現代文明の利器は全て,その効用の反面に,
多かれ少なかれ危険発生の可能性を内包している。社会はこの危険を人為
的に管理して人類の利用に役立ててきたのであり,そこにおいては,危険
が内在していること自体は当然の前提として,その内在する危険が顕在化
しないようし、かに適切に管理できるかが問題とされてきた。
 したがって,原子力発電所に関しても,原子力発電に危険が内在するこ
と自体が問題なのではなく,原子力発電に内在する危険が顕在化しないよ
う適切に管理できるかどうかが問題とされるべきであり,裁判においては,
このような観点から,内在する危険を適切に管理できるかどうかが,具体
的危険性の有無という形で判断されることになる。これに対し,抽象的,
潜在的な危険性の存在のみをもって原子力発電の利用を否定することは,
現代社会における科学技術の利用そのものを否定することになり,妥当で
はない。この科学技術の利用に関する基本的な理念は,行政法規の規定に
も具現化されている。

 イ 行政事件の場合
  このように,原子力裁判においては,原子力発電に内在する危険性を管
理できるかどうかが,具体的危険性の有無という形で判断されることにな
るが,原子力発電が高度に科学的,専門技術的なものである以上,この具
体的危険性の有無の判断に際しては,科学的,専門技術的知見を踏まえる
ことが不可欠である。 この点に関し,伊方原発訴訟最高裁判決においても,
「原子炉設置許可の基準として,右のように定められた趣旨は,…原子炉
施設の安全性が確保されないときは,…深刻な災害を引き起こすおそれが
あることにかんがみ,…原子炉施設の位置,構造及び設備の安全性につき,
科学的,専門技術的見地から,十分な審査を行わせることにあるものと解
される。 …原子炉施設の安全性に関する審査は…多角的,総合的見地から
検討するものであり,しかも,右審査の対象には,将来の予測に係る事項
も含まれているのであって,右審査においては,原子力工学はもとより,
多方面にわたる極めて高度な最新の科学的,専門技術的知見に基づく総合
的判断が必要とされるものであることが明らかである」と判示されている。

 ウ 民事事件の場合
  伊方原発訴訟最高裁判決は,原子炉等規制法に基づく行政処分の取消し
に係るものではあるが,行政訴訟であっても,人格権に基づく差止請求に
係る仮処分であっても,原子炉施設の安全性が確保されているか否かとい
う基本的な問題点は共通しており,これを判断する際に,科学的,専門技
術的知見を踏まえる必要があるという点は,何ら異なることはない。しか
も,伊方原発訴訟最高裁判決はr原子炉設置許可処分についての右取消
訴訟においては,右処分が前記のような性質を有することにかんがみると,
被告行政庁がした右判断に不合理な点があることの主張,立証責任は,本
来,原告が負うべきものと解される」と明快に判示した。
本件仮処分が民事裁判である以上,民事裁判における主張立証責任の一
般原則に従い,上記請求が認められるための要件については,債権者らに
おいて,その主張立証責任を負担すべきである。原子力発電所に関する裁
判においても,この理を変更すべき理由はなく,従来の原子力発電所の運
転差止訴訟においても,そのような変更をした最高裁判所判例がないのは
もちろんのこと,裁判例においても主張立証責任の所在そのものを転換し
たものは存在しない。
 したがって,主張立証責任が被告側に転換したとする債権者らの主張は
独自の見解であって伊方原発訴訟最高裁判決を正しく理解していない。


5 争点2 (過酷事故対策)に関する当事者双方の主張

 (1) 債権者らの主張
 ア 新規制基準の不合理性
 新規制基準では,次のとおり,福島第一原子力発電所事故で得られた教
訓の多くが取り入れられておらず,過酷事故対策が不十分である。 このよ
うな対策では,本件各原発の稼働上の安全性は確保されない。

 イ 不合理な単一故障指針の採用
 新規制基準が制定される前の安全設計審査指針(平成2年8月30日原
子力安全委員会決定)では,各系統を構成する機器の単一故障を仮定し,
それでも必要な機能を失わないことが求められており「単一故障指針」
と呼ばれていた。単一の原因によって一つの安全機器のみがその機能を喪
失することを仮定するわけであるから,事故が起きたときに,各種の安全
機能を有する機器の全部が壊れることを想定しなくてよい。
 しかしながら,福島第一原子力発電所事故の経験から明らかなように,
地震や津波をはじめ自然現象を原因とする事故は,多数の機器に同時に影
響を及ぼす。そのため,異常状態に対処するための安全機器の一つだけが
機能しないという仮定は非現実的であり,一つの安全機能に係る全ての機
器がその機能を失うことを仮定すべきである。単一の要因によって複数の
機器が同時に安全機能を失うことを「共通要因故障j というが,本来,新
規制基準では,多数の設備・機器が同時に機能を失う共通要因故障を仮定
した設計及び安全設計評価でなければならなかった。
 ところが,新規制基準においても,単一故障指針は見直されていない。
新規制基準では["安全機能を有する系統のうち,安全機能の重要度が特
に高い安全機能を有するものは,当該系統を構成する機械又は器具の単一
故障(単一の原因によって一つの機械又は器具が所定の安全機能を失うこ
と(従属要因による多重故障を含む。)をいう。)が発生した場合であっ
て,外部電源が利用できない場合においても機能できるよう,当該系統を
構成する機械又は器具の機能,構造及び動作原理を考慮、して,多重性又は
多様性を確保し,及び独立性を確保するものでなければならないJとされ
ているにすぎない。

 ウ 外部電源の重要度の不合理な低さ
  重要度分類指針は原子炉施設の安全性を確保するために必要な各種の
機能(安全機能)について,安全上の見地からそれらの相対的重要度を定
め,これらの機能を果たすべき構築物,系統及び機器の設計に対して,適
切な要求を課すための基礎を定めることを目的とする。重要度分類指針は,
安全機能をPS (Prevent ion System:異常発生防止系)とMS (Mitigation System:異常影響緩和系)に分類し,
P Sとは,その機能の喪失に
より,原子炉施設を異常状態に陥れ,もって一般公衆ないし従事者に過度
の放射線被ぱくを及ぼすおそれのあるものと, MSとは,原子炉施設の異
常状態において,この拡大を防止し,又はこれを速やかに収束せしめ,も
って一般公衆ないし従事者に及ぼすおそれのある過度の放射線被ばくを防
止し,又は緩和する機能を有するものと定義する。そして, P SとMSに
属する構築物,系統及び機器を,その重要度に応じて3クラスに分類し,
設計上考慮すべき信頼性の程度を区分している。クラス1は,合理的に達
成し得る最高度の信頼性を確保し,かつ,維持する,クラス2は,高度の
信頼性を確保し,かつ,維持する,クラス3は,一般の産業施設と同等以
上の信頼性を確保し,かつ,維持する,ことを目標とするとされている。
ところが,新規制基準では,外部電源は「異常状態の起因事象となる
ものであって, PS-1 (クラス1)及びPS-2 (クラス2)以外の構
築物,系統及び機器」と定義づけられ, PS-3 (クラス3)に分類され
てしまった。また,外部電源は,耐震設計上の重要度分類においても, S
クラスBクラスCクラスの分類のうち,最も耐震強度が低い設計が許
容されるCクラスに分類されてしまった。

 エ 使用済み燃料ピットの不十分な防護
 福島第一原子力発電所では,使用済み燃料の冷却にも失敗した。原子炉
格納容器のような堅固な施設に守られていない使用済み燃料は,損傷が始
まれば,放射性物質がそのまま環境に放出されることになるにもかかわら
ず,その耐震性能はBクラスにとどめ置かれたままである。

 オ 計器類の改良不足
 福島第一原子力発電所事故では,原子炉内の温度計,水位計,圧力計等
がメルトダウンの過酷な条件に耐えられず故障し,運転員が炉内の状況を
正確に把握できなかったため,大混乱を招いたし,その後の原因究明に当
たっても大きな支障になっている。そうすると,今後原発を運転するため
には,炉心が損傷する過酷な条件下でも,故障しないで正確な情報を伝え
る計器類の改良が不可欠のはずである。しかし,新規制基準では,計器類
に特段の要求はされていない。

 カ 立地審査指針の欠如
 原子力安全委員会は,昭和39年5月27日「原子炉立地審査指針及
びその適用に関する判断のめやすについて」と題する決定をし(以下「立
地審査指針」という。),立地審査指針では,重大な事故の発生を仮定し
ても,周辺の公衆に放射線障害を与えないことを条件とし,過酷事故を超
えるような技術的見地からは起こるとは考えられない事故の発生を仮想し
でも,周辺の公衆に著しい放射線災害を与えないことを条件とした。とこ
ろが,福島第一原子力発電所事故では,実効線量100mSvの等値線が
敷地境界から20 kmも30kmも離れた地点にまで及んでいる。これは,福
島第一原子力発電所の設置許可に当たって仮想された事故が極端に小規模
で,発電所の敷地外に放射線の被害が及ばないように計算された結果であ
ったのである。これを踏まえれば,本件各原発についても,正確に事故を
仮想すれば,その設置当初から,立地審査指針に不適合であったことは明
らかである。しかも,新規制基準では,立地審査指針が排除されており,
立地審査指針に適合しない状況であるからこそ,排除されたものであって,
極めて不当である。


(2) 債務者の主張

 ア 新規制基準の合理性
 新規制基準は,その制定に当たって,原子力規制委員会下の3つの検討
チームでの検討結果を踏まえたものである。これらのチームは,福島第一
原子力発電所事故を受けて設置されたものであるし,各チームの会合には,
原子力規制委員会担当委員や多様な学問分野の外部専門家らが出席し,そ
れぞれ約8か月間にわたる会合において議論が重ねられ,その上,意見公
募手続(パブリックコメント)が2度にわたって行われた。したがって,
 新規制基準は,現在の最新の知見を集合した知的信用度の高いものである。
新規制基準における基準地震動の策定方法の基本的な枠組みは変更され
なかったが,地震動の大きさに影響を与えるパラメータについては,慎重
な検討を求め,耐震重要度分類の要求自体は,従前の規制と変わっていな
いが,津波防護施設の分類上の重要度が向上した。津波対策については,
基準津波の策定を要求する点で従前の規制と変更があった。ほかに,竜巻
の想定,テロ対策について,改良された。債務者はこれらの新規制基準
に基づく規制に,本件各原発が合致していることを確認した。

 イ 共通要因故障防止の指針
 新規制基準にいう「単一故障」とは,単一の原因によって一つの機器が
所定の安全機能を失うことであるが,単に一つの機器だけの故障を想定し
ているのではなく,例えば,外部電源が喪失した場合において,非常用デ
ィーゼル発電機が故障し,同発電機から電力の供給を受けるECCSの電
動ポンプが全て機能を喪失してしまう事態といった,従属要因による多重
故障を含むものである。

 ウ 外部電源の重要度は不合理に低くないこと
 新規制基準においては,原子力発電所の安全性を確保するために重要な
役割を果たす「安全上重要な設備」について,発電所の通常運転に必要な
設備に比べて格段に高い信頼性を持たせることにより,安全性を確保して
いる。安全上重要な設備については,全て,耐震重要度最上位の設備とし
て位置づけられている。地震時に原子炉の安全性を確保するために必要な
電力の供給は,外部電源ではなく,非常用ディーゼル発電機が担うことと
されており,債務者は,本件各原発の非常用ディーゼル発電機について,
安全上重要な設備として耐震安全性を確認した。

 エ 使用済み燃料ピットの防護が十分であること
 使用済み燃料は,冠水さえしていれば崩壊熱は十分除去され,燃料被覆
管の損傷に至ることはなく,その健全性が維持されることから,使用済み
燃料ピットからの周辺環境への放射性物質の放出を防止するためには,冠
水状態を保つことで十分である。そのため,使用済み燃料を原子炉格納容
器のような堅固な施設に閉じ込める必要はないが,債務者は,使用済み燃
料ピットの給水設備については,安全上重要な設備として耐震安全性を確
認した。

 オ 計器類について十分な保護が与えられていること
  新規制基準では,炉心の著しい損傷等の際に,原子炉の状態を把握する
ために必要となるパラメータ(1次冷却材の温度・圧力,加圧器の水位等)
を計測する計装設備が,事故時における温度,放射線,荷重等の使用条件
においてその事故に対処するために必要な機能を有効に発揮するものであ
ることが求められている(設置許可基準規則4 3条1項1号)。よって,
新規制基準において「計器類に特段の要求はされていない」との債権者
らの主張は誤りである。

 カ 立地審査指針に係る反論
 そもそも,福島第一原子力発電所事故は,同発電所の自然的立地条件に
係る安全確保対策(具体的には,津波に関する想定である。)が不十分で
あったために,同発電所の「安全上重要な設備」に共通要因故障が生じ,
放射性物質が異常放出される事態に至ったものである。新規制基準は,福
島第一原子力発電所事故を踏まえて策定されており,したがって,福島第
一原子力発電所事故と同様の事態が生じることを当然の前提とする債権者
らの主張は合理的ではない。


6 争点3 (耐震性能)に関する当事者双方の主張

(1) 債権者らの主張
 ア 地震の危険性
 地震の多発地帯に多数の原子力発電所が建設されているのは,世界広し
といえど,我が固と中国しかない。我が国で原発を運転することの最も深
刻な問題の一つは,地震によって過酷事故に至るリスクが大きいことであ
る。東北地方太平洋沖地震を予想した地震学者が皆無であったように,我
々は,深い地中で発生する地震の規模,発生の時期,それによって生じる
地震動の程度を予知する能力を未だ獲得していない。したがって,この地
震国日本で原発を運転する以上,その耐震設計は慎重の上にも慎重を重
ね,原発の運転期間中にその原発を襲う可能性のある最大限度の地震動を
想定して,それを受けても過酷事故が起こることがないように耐震設計が
なされなければならない。
 ところで,阪神・淡路大震災後,我が国は地震の活動期に入っている。
とりわけ,東北地方太平洋沖地震によって, 日本列島の地殻は大きく移動
したし,太平洋プレートと北米プレートとのいわばタガが外れたため,今
後,日本列島各所で地震が起こる可能性が高まっている。また,東海地震,
東南海地震,南海地震の危険が切迫しているが,その前兆として琵琶湖な
いし若狭湾付近で,スラブ内地震が発生する危険が高まっている。
 加えて,若狭湾周辺は多数の活断層があり,もともと地震の多発地帯
である。 しかるに,近年は,大きな地震に見舞われていない。他方,その
周辺地域では,濃尾地震(明治24年,マグニチュード8. 0),北丹後
地震(昭和2年,マグニチュード7. 3),福井地震(昭和23年,マグ
ニチュード7. 1),鳥取県西部地震(平成12年,マグニチュード7.
3 )等,大地震が起こっていて,若狭湾周辺は,地震の空白域になってい
る。 次の地震は,地震の空白域で起こる可能性が高い。しかも,高浜原発
の周辺には, FO-A〜 FO-B熊川断層(活断層の長さ63km),上林川断層(同
39km) という大断層がある。

 イ 基準地震動の策定に問題があること

  (ア) 敷地ごとに震源を特定して策定する地震動について
  債務者はr敷地ごとに震源を特定して策定する地震動」を評価する
に当たって,その地震規模について松田式に基づいて計算しているが,
松田式は,単なる目安であり,現実には数倍の規模で地震が起きる可能
性がある。債務者は,応答スベクトルに基づ、く地震動評価については,
野田ほか(2002) (以下「耐専式」という。)に基づいて計算している
が,これも,過去に観測された44地震についての107の記録を回帰
分析して平均像を求めたものにすぎず,限界値を算出するものではない。
平均像を用いて原発の耐震設計を行った場合は,その平均像以上の地震,
地震動,応答スペクトルに対しては,安全性は確保されない。しかも,
過去に観測された記録は,最近数十年のものでしかなく,これまでに入
手した観測記録の最大値を超える地震動が将来発生することは,可能性
が否定できないどころか,むしろ,必然である。そうすると,さらに,
「不確かさ」を考慮、しなければならないのに,応答スペクトルの策定過
程において,このような意味での「不確かさ」の考慮はされていない。
 なお,耐専式は,現在見直し作業中であり,平均像としても信頼性に乏
しい。債務者は,断層モデルを用いた手法による地震動評価も行ってい
るが,このモデル(入倉レシピ)においては,過去最大の地震動を求め
るものになっておらず,著しい過小評価となっている。

 (イ) 震源を特定せず策定する地震動について
  債務者は,震源を特定せず策定する地震動についても検討していると
ころ,これは,旧指針においては,原発の敷地の直下に活断層が確認さ
れていなくても,直下に未知の震源断層があることを想定して考慮する
とされたもので,当時は「直下地震」と呼ばれていたものである。新指
針でも,このような考え方に基づいた規制がされていたが,多くの電力
会社は,加藤ほか(2004) の応答スペクトルを検討していた。しかしな
がら,加藤ほか(2004) の応答スベクトルは,規模の大きい地震を除外
して計算されたもので,過小な結果を生じた。新規制基準においては,
北海道留萌支庁南部地震を含めた16地震の中から,震源を特定せず策
定する地震動について検討するよう定められているが(ガイド1.4.4.
2) ,これらは,わずか17年間に観測された地震記録から選択するに
すぎず,過去1000年1万年, 1 0万年の聞の震源を特定せず策定
する地震動の参考となる地震動の最大値を知ることなど到底不可能であ
る。加えて,北海道留萌支庁南部地震においては,最大加速度が150
0ガルに達していたと評価されるべきものであるから,これを踏まえた
検討をすべきであるのに,債務者はこのような観点に立っていない。こ
のように,債務者は,基準地震動の評価において,過小な結果となるよ
うな計算を採用しており,本件各原発の安全性が確保されているとはい
えない。

 ウ 設計思想上の問題点
  新規制基準によっても,地震に対する安全性を確保するための考慮方法
は,新指針から基本的に変更されていない。すなわち,設計基準対象施設
は,耐震重要施設を除き,設置基準規則4条2項の地震力に耐えることは
求められているものの,基準地震動に耐えることまでは求められていない
(設置基準規則4条1項)し,重大事故等対処施設のうちでも,常設耐震
重要重大事故防止設備が設置されないものは,基準地震動に耐えることま
では求められていない(設置基準規則39条1項2号)。したがって,基
準地震動が当該原発を襲えば,その原発は,各種の設備が損傷し,その機
能を失い,一部の重要施設で残された機能によって辛うじて過酷事故の発
生を防止するという仕組みになっているのである。


(2) 債務者の主張

 ア 地震の危険性
 原子力発電所を設置するに当たっては,設置する地点やその周辺の自然
的立地条件,すなわち,地盤,地震,津波等の影響を考慮した上で,これ
らが原子力発電所の安全確保に影響を与えるような,言い換えれば,放射
性物質の持つ危険性が顕在化するような大きな事故の誘因とならないよう
にする必要がある。自然的立地条件が原子力発電所に与える影響は,当然,
それぞれの原子力発電所を設置する地点によって異なることから,その影
響を考慮するに当たっては,それぞれの地点の自然的立地条件に係る特性
を十分に把握する必要がある。
 債務者は,本件各原発の設置地点及びその周辺について,過去の記録の
調査や詳細な現地調査等を行った上で,想定される自然力に対して十分安
全性が確保できるよう本件各原発の設計及び建設を行っている。また,建
設以降も,適宜新たな知見,技術の進歩等を考慮した検討,評価等を行っ
ており,本件各原発について安全性が確保されていることを確認している。

 イ 基準地震動の策定に問題がないこと

  (ア)基準地震動の策定方法
  新規制基準においては,耐震性の評価に基いる基準地震動の策定方法
の基本的な枠組みは変更されなかったものの,基準地震動の策定過程で
考慮される地震動の大きさに影響を与えるパラメータについては,より
詳細な検討が求められることとなった。
 これを踏まえ,債務者は,本件各原発の最新の基準地震動については,
次の方針に基づいて策定した。すなわち,(1)まず,本件各原発敷地周辺
における地震発生状況,敷地周辺における活断層の分布状況等の地質・
地質構造等を調査し,地震発生様式も考慮して,敷地に大きな影響を与
えると予想される地震(検討用地震)を選定した。その後,本件各原発
敷地及び敷地周辺の地下構造の調査・評価結果を踏まえて,検討用地震
について本件各原発敷地での地震動評価を実施し「敷地ごとに震源を
特定して策定する地震動」 を評価した。(2)次に,本件各原発敷地周辺の
状況等を十分考慮した詳細な調査を実施しても,なお敷地近傍において
発生する可能性のある内陸地殻内地震の全てを事前に評価し得るとはい
い切れないとの観点から「震源を特定せず策定する地震動」を評価し
た。(3)その上で,上記の「敷地ごとに震源を特定して策定する地震動」
及び「震源を特定せず策定する地震動」の評価結果に基づき,基準地震
動を策定した。

 (イ) 敷地ごとに震源を特定して策定する地震動の検討
 まず,「敷地ごとに震源を特定して策定する地震動」の評価に当たっ
て,本件各原発敷地周辺の地震発生状況を把握するとともに,敷地周辺
における活断層の分布状況等の地質・地質構造を調査し,これらを基に
検討用地震を選定した。その結果,過去の被害地震は,活断層との関連
や地震の発生深さから,いずれも内陸地殻内地震であると考えられた。
次に,選定した検討用地震の地震動評価にあたり,地震動に影響を与え
る地盤の増幅特性(サイト特性)等を把握するため,本件各原発の敷地
周辺の地下構造を調査,評価した。調査には,文献調査,地形調査,地
表地質調査,海上音波探査等を含む。その結果,次のとおり15個の活
断層による地震を,敷地に影響を及ぼすと考えられる活断層による地震
として抽出した。


番号 断層名 長さ(km) 規模M 震央距離(km)

1 和布一干飯崎沖断層〜甲楽城断層 60  7.8  70
2 敦賀断層 23  7.1  50
3 大陸棚外縁〜B〜野坂断層 49  7.7  44
4 三方断層   27  7.2  37
5 花折断層   58  7.8  50
6 琵琶湖西岸断層系 60  7.8  53
7 濃尾地震断層系  80  8.0  110
8 上林川断層  39.5*  7.5  26
9 有馬一高槻構造線 45  7.6  77
10 山田断層  33 7.4 38
11 郷村断層 34 7.4 51
12 三峠断層 20 7.0 35
13 FGA3東部 29 7.3 60
14 FO-A〜FO-8〜熊川断層 63.4* 7.8 15
15 FO-C断層  20* 6.8 18

 *地震動評価上の長さ


上記の選定に関しては,例えば, FO-A〜FO-B断層と熊川断層は,地質
構造上,連動は起きないと判断するのが合理的であるが,その間の部分
を含めて6 3. 4 kmにわたって連動することを考慮して評価し,上林川
断層の長さについて,調査では約26 kmの範囲で、しか明確に断層の存在
が確認できなかったが,断層の存在を明確に否定できる福知山付近まで
長さを延長して, 3 9. 5 kmとして計算し,この2つの断層による地震
を,検討用地震として選定した。
 債務者は,この検討用地震によって想定される規模(マグニチュード)
を,松田式を用いて検討した。松田式の適用に当たっては,松田式の基
となった14地震について,最新の知見に基づいて見直されたマグニチ
ュードの値を基に改めて検討したが,実際に発生した地震のマグニチュ
ードと震源断層の長さはよく対応しており,松田式に信頼が置けること
を再確認した。さらに,応答スベクトルに基づく地震動評価については,
耐専式(Noda et al. (2002)の方法)を用いた。耐専式は,地盤の固さ
や地震発生様式の違いを考慮することができ,また,震源からの距離と
して等価震源距離を採用しており,広がりのある震源断層面と発電所敷
地との位置関係を考慮することができる。なお,近年の内陸地殻内地震
に関して,耐専式による応答スペクトル(以下「耐専スペクトル」とい
うことがある。)と実際の観測記録の事離は,実際に起きたそれぞれの
地震の特性によるものである。債務者は,耐専式に基づき検討用地震の
応答スペクトルを策定し,この評価を超える基準地震動Ss -1の応答
スペクトルを策定した。
 断層モデルを用いた手法による地震動評価については,震源断層を特
定した地震の強震動予測手法等の研究成果を用いた。このとき,債務者
は,レシピ(乙20) で示された関係式を使用したが,こ.の関係式は,
過去の地震データを統計的に分析して,経験的なパラメータ聞の関係式
を導くもので,地震という一つの物理現象についての「最も確からしい
姿」,換言すれば「標準的・平均的な姿」を明らかにする式である。 こ
のとき,債務者は,本件各原発敷地周辺の地域性に合わせて検討してい
るのであって,これとは異なる地域性を前提条件として検討することを
求める債権者らの主張は不合理である。起こり得る地震の「標準的・平
均的な姿」よりも大きくなるような地域性が存する可能性を示すデータ
は特段得られていない。しかもこのとき債務者は,地震の規模を大きめ
に設定することにより(例えば,断層面積を大きめに考える。),より
安全側に考慮、している。そして,この評価を超え,基準地震動Ss - 1
の応答スペクトルを上回る4つのケースを,基準地震動Ss-2,Ss
-3, Ss-4及びSs-5として応答スペクトルを策定すると,マグ
ニチュード7. 8の地震規模が想定される結果となった。

 (ウ) 震源を特定せず策定する地震動の検討
 前記(イ)の検討結果によれば,震源を特定せず策定する地震動について
は,予測に寄与する度合いは小さいが,なお,震源を特定せず策定する
地震動についても検討した。これは,地表地震断層が出現しない可能性
がある地震について,断層破壊領域が地震発生層の内部に留まり,圏内
においてどこでも発生すると考えられる地震で,震源の位置も規模も分
からない地震として地震学的検討から全国共通に考慮すべき地震を設定
して応答スペクトルを策定したものである。ここでは,平成12年に観
測された鳥取県西部地震及び平成16年に観測された北海道留萌支庁南
部地震の記録を検討し,応答スベクトルを設定したところ,いずれも,
一部,基準地震動Ss -1を上回ったため,これを基準地震動Ss-6
(鳥取県西部地震)及びSs - 7 (北海道留萌支庁南部地震)として策
定した。

 (エ)  最大加速度の算出
 前記(ア)ないし(ウ)の検討の結果,最大加速度は,水平方向が基準地震動
S s -1の700ガル,鉛直方向が基準地震動Ss-6の485ガルと
算出された。

 ウ 安全上重要な設備の意義等
  債務者は,本件各原発の「安全上重要な設備」が,全て,想定される地
震動(による地震力)に対して耐震安全性を備える(機能喪失しない)よ
うにすることで,本件各原発の地震に対する安全性を確保することとして
いる。
 原子力発電所の設計の考え方として,発電所の通常運転に必要な設備と
は別に,原子炉の安全性を確保する(原子炉を「止める」「冷やす」,放
射性物質を「閉じ込める」)ために重要な役割を果たす「安全上重要な設
備」を設置し,この「安全上重要な設備」については,発電所の通常運転
に必要な設備に比べて,格段に高い信頼性を持たせるようにしている。
 そして,そのように基準地震動に対して耐震安全性を有する「安全上重
要な設備」のみで,原子炉を「止める」「冷やす」,放射性物質を「閉じ
込める」という安全確保機能を十分に果たせることから,「安全上重要な
設備」さえ機能の維持ができれば,それ以外の設備が機能喪失したとして
も,原子炉を「止める」「冷やす」,放射性物質を「閉じ込める」ことは
可能であり,原子炉が危険な状態となることはない。一方「安全上重要
な設備」ではない,発電所の通常運転に必要な設備(例えば,主給水ポン
プ,タービン,発電機等)については,仮にそれが機能喪失したとしても,
原子炉を「止めるJr冷やす」放射性物質を「閉じ込めるJ機能に支障
は生じないので,基準地震動に対する耐震安全性の確認は必要とされてい
ないのである。このように,原子力発電所の設備を「安全上重要な設備」
とそれ以外の設備に分けて考え「安全上重要な設備」が原子炉の安全性
確保に係る機能(例えば,原子炉の冷却や電源供給等)を担うこととし,
この「安全上重要な設備」に格段に高い信頼性を持たせることで原子炉の
安全性を担保する,という基本的枠組みは,本件各原発を含む原子力発電
所の設計において一般的に採用されているものである。
 そして,債務者は,建物・構築物の耐震安全性評価においては,評価対
象である原子炉建屋等の各建屋について,地震応答解析モデルを構築し,
基準地震動Ss-1〜Ss-7それぞれの加速度時刻歴波を,モデル化さ
れた建屋に入力して,各々の基準地震動に対し,そのモデルがどのように
揺れるか,またどの箇所にどのような力が働くかを解析する。このとき,
せん断ひずみの最大値(評価値)が評価基準値(許容値)を超えないこと
をもって,基準地震動Ss-1〜Ss-7に対する各建屋の耐震安全性が
確保されていることを確認する方法を採用した。
 債務者は,本件各原発の原子炉建屋,補助一般建屋,中間建屋,ディー
ゼル建屋及び燃料取替用水タンク建屋について,地震応答解析モデルを構
築し,基準地震動Ss-1〜Ss-7による,各層の鉄筋コンクリート造
耐震壁のせん断ひずみの最大値を評価した。その結果,各建屋のせん断ひ
ずみの最大値(評価値)は,高さ10mの耐震壁であればせん断変形が2
cmまでに抑えられるようにしなければならないという評価基準値を下回っ
ており,各建屋が基準地震動に対して耐震安全性を有することが確認され
ている。また,本件各原発の安全上重要な機器・配管系についても,運転
時(異常や事故の発生時を含む)の荷重条件と基準地震動による地震力(基
準地震動によって生じる建屋各階床の揺れ(床応答波)によって当該床に
設置されている機器・配管系に加わる力)とを適切に組み合わせて構造強
度評価を実施し,機器・配管系の各部位に発生する応力値等を求めている。
 また,基準地震動に対する,ポンプ,弁,制御棒等の動的機能維持評価を
行った。発生応力値等(評価値)は,いずれも評価基準値(許容値)を下
回っており,本件各原発の安全上重要な機器・配管系が,基準地震動に対
して機能が損なわれない(耐震安全性を有する)ことを確認した。


7 争点4 (津波に対する安全性能)に関する当事者双方の主張

 (1) 債権者らの主張
  新規制基準では,古文書等に記された歴史記録,伝承等を考慮することを
求められている。しかるに,債務者は,過去に若狭湾に大津波が押し寄せた
歴史記録や伝承を無視している。若狭地域には,次のように大津波被害につ
いての多数の歴史記録や伝承がある。
 西暦1586年の天正地震の際,若狭湾沿岸に大津波が押し寄せたことは
当時の文献(吉田兼見による「兼見卿記」とポルトガル人宣教師ルイス・フロ
イスの「日本史」等)が明らかにしているO ほかにも,時期は不明ながら,福
井県美浜町の常神半島東側に過去,大津波が押し寄せ,村が全滅したとの記
述が地方史にあったとするものや,地蔵の存在,地名からの推測によれば,
若狭湾において過去大津波があったことを支える事実がある。
 債務者の行った波源の組合せ評価は不合理であったり,債務者による基準
津波の策定は安全側に立っていない点があり,十分な津波対策は採られてい
ない。

 (2) 債務者の主張
  本件各原発は海の近くに位置することから,津波の影響を適切に考慮した
上で,津波の襲来が本件各原発の安全確保に影響を及ぼすような大きな事故
の誘因とならないようにしなければならない。そこで,債務者は,津波に関
する調査・検討を行って,津波に対する安全性が確保されることを確認し,
建設後も新たな知見や技術の進歩等を考慮、して,津波に関する安全確保対策
を適宜見直してきており「安全上重要な設備」の津波による共通要因故障
を防止して,津波に対する安全性を確保している。債務者は,敷地周辺にお
ける津波の被害記録を調査するなど,津波に関する調査・検討を行った。そ
の結果,津波による被害の記録は見当たらないこと, 日本海側には,東北地
方太平洋沖地震を惹起したような,海のプレートが陸のプレートの下に沈み
込んでできる海溝型のプレート境界は存在せず,敷地周辺において津波によ
る水位上昇量は少ないと考えられること,本件各原発における主要な建屋の
敷地面の高さ(EL.十3.5m以上)等を踏まえ,津波が安全性に影響を及ぼす
ことがないと判断した。その後,津波に関する調査・研究が進展し,平成1
4年2月には社団法人土木学会が津波の評価手法の考え方を取りまとめた
「原子力発電所の津波評価技術Jを公表するなど,津波に関する新たな知見
や技術が蓄積されてきた。また,新指針では,地震随伴事象である津波につ
いて,原子力発電所の安全性への影響を十分考慮すべき旨が明記された。債
務者は,福島第一原子力発電所事故を受けて,設計上の想定を超える地震・
津波等の外部事象に対する原子力発電所の頑健性を総合的に評価することを
目的として政府が実施を求めたストレステストにおいて,本件各原発におけ
る津波水位の詳細な検討を行った。その結果,津波高さは,本件各原発にお
ける主要な建屋の敷地面の高さや海水ポンプの取水可能水位等を踏まえる
と,安全性に影響を及ぼさない程度の水位変動であった。新規制基準では,
原子力発電所の供用中に「安全上重要な設備」に大きな影響を及ぼすおそれ
がある津波として「基準津波」を策定することとされ「安全上重要な設備」
は,この基準津波に対して,その安全機能が損なわれるおそれがないことが
求められたが,債務者は,基準津波を策定し,放水口側防潮堤や取水路防潮
ゲート等の津波防護施設を設置して「安全上重要な設備」が,基準津波に
対して,その安全機能が損なわれるおそれがないことを確認した。
 債権者らは,吉田兼見の「兼見卿記」,ルイス・ブロイスの「日本史」及
び若狭地方の伝承によれば,過去に若狭湾に大津波が押し寄せたにもかかわ
らず,債務者はこれを無視している等と主張するが「兼見卿記」や「日本
史」で示される天正地震については,記録に残る被害状況から推定される震
源が内陸部とされていることから,津波が発生することはなかったと考えら
れるし,債務者による津波堆積物調査,神社聞き取り調査,文献調査結果に
おいて,若狭湾において債権者らが指摘する「兼見卿記」や「日本史」に記
載されているような大規模な津波が発生した事実はないと考えている。
 債務者は,津波堆積物調査として,三方五湖及びその周辺や久々子湖東方
の陸域において,ボーリング調査により円柱状に地層を採取し,採取した地
層に対するX線CTスキャンを併用した肉眼観察や,地層中に存在した微小
生物の化石の分析等を実施したが,津波により海から運ばれるような砂の地
層や化石等は確認されなかった。次に,敦賀半島の猪ヶ池において実施した
同様の調査では,採取した地層の一部から高波浪又は津波により形成された
可能性のある堆積物が確認されたが,仮にこの堆積物が津波により形成され
たものであるとしても,三方五湖及びその周辺や久々子湖東方陸域には津波
の痕跡が残されておらず,その堆積物の範囲や量は,債務者が想定している
津波により説明できる程度であることから,その津波の規模は債務者の想定
を上回るようなものではないことを確認した。
 以上より,若狭湾において,債権者らが主張するような天正地震による津
波や伝承に示される大規模な津波が発生したとは考えられない。


8 争点5 (テロ対策)に関する当事者双方の主張

 (1) 債権者らの主張

 新規制基準は,テロ対策を求めたとされている。しかし,具体的な内容は,
特定重大事故対処施設の設置であり「特定重大事故対処施設」とは,具体
的には,緊急時制御室,フィルター付きベント,緊急時注水設備,緊急時減
圧設備,電源設備である。すなわちrテロ対策」とは,テロを防止する対
策ではなく,テロ攻撃を受けても過酷事故に発展させない対策にすぎないの
である。しかし,米国同時多発テロ事件を持ち出すまでもなく,今や,テロ
の内容も大規模化,凶悪化している。上記のような対策で,テロによる過酷
事故への進展を防止できるというのは根拠のない楽観的見通しでしかない。
しかも,本件各原発では,設置許可基準規則附則2条によって,同規則4
2条が定める特定重大事故等対処施設(重大事故対処施設のうち,故意によ
る大型航空機の衝突その他のテロリズムにより炉心の著しい損傷が発生する
おそれがある場合又は炉心の著しい損傷が発生した場合において,原子炉格
納容器の破損による工場等外への放射性物質の異常な水準の放出を抑制する
ためのものをいう(設置許可基準規則2条2項12号)。具体的には,フィ
ルター付きベント設備,原子炉から100mの場所に電源,注水ポンプ,緊
急時制御室を備えること等とされているo) ,並びに同規則57条2項が定
める設計基準事故対処設備の電源が喪失したことにより重大事故等が発生し
た場合において炉心の著しい損傷,原子炉格納容器の破損,貯蔵槽内燃料体
の著しい損傷及び運転停止中原子炉内燃料体の著しい損傷を防止するための
常設の直流電源設備は,平成30年7月7日までは,備える必要がないもの
とされている。もし,故意による大型航空機の衝突その他のテロリズムによ
る事故や「炉心の著しい損傷」が生じても,上記の特定重大事故等対処施設
や常設直流電源設備の必要がないのであれば,これらを求める新規制基準は
過剰規制であるし,そうではないのなら,原子力規制委員会自身が再び原子
力安全神話に取りつかれているとしかいいようがない。また, EUでは,原
子炉にコアキャッチャーを付けること及び格納容器を二重にすることが標準
仕様となっているが,原子力規制委員会は,このような整備を要求していない。

 (2) 債務者の主張
  債務者は,本件各原発において,第三者の不法な接近等に対し,これを防
護するため,建屋をコンクリート壁等の強固な障壁によって外部と遮断する
とともに,その周囲には海側も含めフェンスや侵入検知装置等を設置し,不
審者の侵入を防止している。また,従来から24時間体制での警備を実施し
てきたが,米国同時多発テロ以降,警備当局との連携のもと警備を強化して
おり,最近の国際情勢等を踏まえ,さらに危機管理意識を高めて原子力発電
所の安全確保に努めている。この点,警察及び海上保安庁においても,陸上
及び海上から24時間体制で厳重な警備が行われている。
 さらに,平成18年度から国による核物質防護検査制度が導入されており,
国の検査官によって核物質防護規定の遵守状況に関する検査が行われ,物的
障壁,監視装置及び入退域管理等の核物質防護対策の実施状況について確認
を受けている。
 また,福島第一原子力発電所事故後,核物質防護に関しては「実用発電
用原子炉の設置,運転等に関する規則」が3回にわたって改正され,防護区
域内外の枢要設備の防護や,立入制限区域の設定等の対策が強化されている。
債務者は,これに応じて設備と運用の強化を図っており,国の検査により厳
格な確認を受けている。
 なお,大規模テロ攻撃は「緊急対処事態」として[武力攻撃事態等に
おける国民の保護のための措置に関する法律」に基づき,国が的確に対処す
ることとなっており,債務者は,国と連携して対処することとなる。


9 争点6 (避難計画)に関する当事者双方の主張

 (1) 債権者らの主張
  
  ア 直近避難の問題
   本件各原発は,内浦半島の付け根の部分に位置しており,本件各原発よ
り北には,音海の集落がある。 同集落は,マリンスポーツや磯釣りの観光
スポットにもなっており,観光客も訪れる。 ところが,この集落につなが
る道路は県道149号線しかない上,この道路は,本件各原発の取水路の
真上を通って高浜町中津海で国道27号線に接続しているため,本件各原
発付近に高濃度の放射性物質が漏れ出た場合には被ばくを覚悟してこの
道路を通過せざるを得なくなるが,そのような避難は現実的ではない。

  イ 周辺自治体の問題
   本件各原発の周辺自治体は,地域防災計画原子力災害対策編を策定し,
その中に住民の避難に関する規定を置いている。滋賀県内でいえば,滋賀
県,長浜市,高島市,大津市などが地域防災計画原子力災害対策編を定め
ている。しかし,自治体が定めた計画通りに避難できるのか,仮に,計画
通りに避難できたとして,放射性物質による被ばくを避けることができる
のか,避難計画の合理性が問題となるところ,被ばくを避けるという観点
からすると,各計画中,放射性物質の拡散に応じてどの地域について何時
までに避難を完了するとか,何時までに住民の被ばく防止のための対策を
完了するといった点は規定されていない。例えば,滋賀県の地域防災計画
中,安定ヨウ素剤の予防服用をとってみても,拡散開始後いつまでに服用
すべきかの記載はなく,被ばくした後に服用することになる可能性もある。
 また,滋賀県地域防災計画原子力災害対策編における放射性物質の放出量
の想定は甘く,秒速7メートル程度の風が吹けば想定を超え,より多くの
放射性物質がより広範囲に広がることになる。そうなれば,原子力災害対
策を重点的に実施すべき地域の範囲は広くなり,住民の避難はより一層困
難になる。しかも,複合災害が発生した場合,計画通りに避難するのは不
可能であると考えられ,住民が被ばくする可能性は非常に高い。そうなれ
ば,債権者らをはじめとする住民の生命・身体の安全に対する権利が侵害
されることになる。

 (2) 債務者の主張
  原子力規制委員会は,平成24年10月,原子力災害対策指針(以下「原
災指針」という。乙61 )を策定した。原災指針は,福島第一原子力発電所
事故を踏まえ国民の生命及び身体の安全を確保することが最も重要であると
の観点から,緊急事態における原子力施設周辺の住民等に対する放射線の影
響を最小限に抑える防護措置を確実なものとすることを目的として策定され
たものである。これは,国,地方公共団体,原子力事業者等が原子力災害対
策を立案,実施する際の科学的・客観的判断を支援するために,技術的,専
門的事項について定めたものであり,(1)住民の視点に立った防災計画を策定
すること,(2)災害が長期にわたる場合も考慮して,継続的に情報を提供する
体系を構築すること,(3)最新の国際的知見を積極的に取り入れる等,計画の
立案に使用する判断基準等が常に最適なものになるよう見直しを行うこと,
の3点を基本的な考え方としているo 地方公共団体は,国の指示等に基づき,
住民等への避難指示,摂取制限等の被ばく防護措置を実施することから,地
域防災計画(原子力災害対策編)を定め応急対策を実施するための体制構
築,緊急時における情報連絡体制の整備,屋内退避,避難収容等の防護活動
の実施に向けた避難計画の策定,避難収容,緊急輸送等に必要な人員,資機
材等を確保するための応援協力体制の拡充等,緊急事態発生時における被ば
く防護措置の実施に向けた準備を行っている。本件各原発に係る関係地方公
共団体は,全て,この地域防災計画(原子力災害対策編)を策定済みであり,
その遂行に取り組んでいる。また,債務者も,福井県内及び周辺の地方公共
団体が策定した地域防災計画(原子力災害対策編)と整合のとれた「高浜発
電所原子力事業者防災業務計画J(乙65) を策定し,平常時から,原子
力防災体制の整備,原子力防災資機材の確保,国及び地方公共団体等との連
絡体制の整備等を行っている。これによれば,緊急事態発生時には,事故収
束に全力を挙げる一方,国,地方公共団体の原子力災害対策に要員を派遣し,
資機材を貸与する等,連携して,原子力災害の発生及び拡大を防止し,復旧
を図っていくこととなっている。


1 0 争点7 (保全の必要性)に関する当事者双方の主張

 (1) 債権者らの主張
  本件各原発は,すぐにでも再稼働が可能な状況にある。しかしながら,こ
れまで述べたように,安全確保のため,なお多くの検討,改善すべき重要か
つ重大な課題が積み残されており,危険性が除去ないし解消されたと評価す
るには程遠い状況である。 しかも,本件各原発の再稼働に当たっては,危険
性の高いプルサーマル(MOX燃料の使用)が予定されており,危険性は非
常に高い。したがって,本件各原発の再稼働を差し止める必要性があること
は明らかである。

 (2) 債務者の主張
 債権者らの主張を争う。


第3 当裁判所の判断

1 争点1 (主張立証責任の所在)について
 伊方原発訴訟最高裁判決は, 「原子炉施設の安全性に関する判断の適否が争
われる原子炉設置許可処分の取消訴訟における裁判所の審理,判断は,原子力
委員会若しくは原子炉安全専門審査会の専門技術的な調査審議及び判断を基に
してされた被告行政庁の判断に不合理な点があるか否かという観点から行われ
るべきであって現在の科学技術水準に照らし,右調査審議において用いられた
具体的審査基準に不合理な点があり,あるいは当該原子炉施設が右の具体的審
査基準に適合するとした原子力委員会若しくは原子炉安全専門審査会の調査審
議及び判断の過程に看過し難い過誤,欠落があり,被告行政庁の判断がこれに
依拠してされたと認められる場合には,被告行政庁の右判断に不合理な点があ
るものとして,右判断に基づく原子炉設置許可処分は違法と解すべきである。
原子炉設置許可処分についての右取消訴訟においては,右処分が前記のような
性質を有することにかんがみると,被告行政庁がした右判断に不合理な点があ
ることの主張,立証責任は,本来,原告が負うべきものと解されるが,当該原
子炉施設の安全審査に関する資料をすべて被告行政庁の側が保持していること
などの点を考慮すると,被告行政庁の側において,まず,その依拠した前記の
具体的審査基準並びに調査審議及び判断の過程等,被告行政庁の判断に不合理
な点のないことを相当の根拠,資料に基づき主張,立証する必要があり,被告
行政庁が右主張,立証を尽くさない場合には,被告行政庁がした右判断に不合
理な点があることが事実上推認されるものというべきである」旨判示した。
 原子力発電所の付近住民がその人格権に基づいて電力会社に対し原子力発電
所の運転差止めを求める仮処分においても,その危険性すなわち人格権が侵害
されるおそれが高いことについては,最終的な主張立証責任は債権者らが負う
と考えられるが,原子炉施設の安全性に関する資料の多くを電力会社側が保持
していることや,電力会社が,一般に,関係法規に従って行政機関の規制に基
づき原子力発電所を運転していることに照らせば,上記の理解はおおむね当て
はまる。そこで,本件においても,債務者において,依拠した根拠,資料等を
明らかにすべきであり,その主張及び疎明が尽くされない場合には,電力会社
の判断に不合理な点があることが事実上推認されるものというべきである。
しかも,本件は,福島第一原子力発電所事故を踏まえ,原子力規制行政に大
幅な改変が加えられた後の(前提事実(7)) 事案であるから,債務者は,福島第
一原子力発電所事故を踏まえ,原子力規制行政がどのように変化し,その結果,
本件各原発の設計や運転のための規制が具体的にどのように強化され,債務者
がこの要請にどのように応えたかについて,主張及び疎明を尽くすべきである。
このとき,原子力規制委員会が債務者に対して設置変更許可を与えた事実(前
提事実(7)) のみによって,債務者が上記要請に応える十分な検討をしたことに
ついて,債務者において一応の主張及び疎明があったとすることはできない。
 当裁判所は,当裁判所において原子力規制委員会での議論を再現することを求
めるものではないし,原子力規制委員会に代わって判断すべきであると考える
ものでもないが,新規制基準の制定過程における重要な議論や,議論を踏まえ
た改善点,本件各原発の審査において問題となった点,その考慮結果等につい
て,債務者が道筋や考え方を主張し,重要な事実に関する資料についてその基
礎データを提供することは,必要であると考える。そして,これらの作業は,
債務者が既に原子力規制委員会において実施したものと考えられるから,その
提供が困難であるとはいえないこと,本件が仮処分であることから,これらの
主張や疎明資料の提供は,速やかになされなければならず,かつ,およそ1年
の審理期間を費やすことで,基本的には提供することが可能なものであると判
断する。


2 争点2 (過酷事故対策)について

 (1) 福島第一原子力発電所事故によって我が国にもたらされた災禍は,甚大で
あり,原子力発電所の持つ危険性が具体化した。原子力発電所による発電が
いかに効率的であり,発電に要するコスト面では経済上優位であるとしても,
それによる損害が具現化したときには必ずしも優位であるとはいえない上,
その環境破壊の及ぶ範囲は我が国を越えてしまう可能性さえあるのであっ
て,単に発電の効率性をもって,これらの甚大な災禍と引換えにすべき事情
であるとはいい難い。
 債務者は,福島第一原子力発電所事故は,同発電所の自然的立地条件に係
る安全確保対策(具体的には,津波に関する想定である。)が不十分であっ
たために,同発電所の「安全上重要な設備」に共通要因故障が生じ,放射性
物質が異常放出される事態に至ったもので,新規制基準が福島第一原子力発
電所事故を踏まえて形成されていることから,福島第一原子力発電所事故と
同様の事態が生じることを当然の前提とする債権者らの主張は合理的ではな
いと主張する(前記第2, 5 (2)カ)。しかしながら,福島第一原子力発電所
事故の原因究明は,建屋内での調査が進んでおらず,今なお道半ばの状況で
あり,本件の主張及び疎明の状況に照らせば,津波を主たる原因として特定
し得たとしてよいのかも不明である。その災禍の甚大さに真撃に向き合い
二度と同様の事故発生を防ぐとの見地から安全確保対策を講ずるには,原因
究明を徹底的に行うことが不可欠である。 この点についての債務者の主張及
び疎明は未だ不十分な状態にあるにもかかわらず,この点に意を払わないの
であれば,そしてこのような姿勢が,債務者ひいては原子力規制委員会の姿
勢であるとするならば,そもそも新規制基準策定に向かう姿勢に非常に不安
を覚えるものといわざるを得ない。 
 福島第一原子力発電所事故の経過(前提事実(6)イ)からすれば,同発電所
における安全確保対策が不十分であったことは明らかである。 そのうち,ど
れが最も大きな原因であったかについて,仮に,津波対策であったとしても,
東京電力がその安全確保対策の必要性を認識してさえいれば,同発電所にお
いて津波対策の改善を図ることが不可能あるいは極度に困難であったとは考
えられず,防潮堤の建設,非常用ディーゼ、ル発電機の設置場所の改善,補助
給水装置の機能確保等,可能な対策を講じることができたはずである。 しか
し,実際には,そのような対策は講じられなかった。このことは,少なくと
も東京電力や,その規制機関であった原子力安全・保安院において,そのよ
うな対策が実際に必要であるとの認識を持つことができなかったことを意味
している。現時点において,対策を講じる必要性を認識できないという上記
同様の事態が,上記の津波対策に限られており他の要素の対策は全て検討
し尽くされたのかは不明であり,それら検討すべき要素についてはいずれも
審査基準に反映されており,かっ基準内容についても不明確な点がないこと
について債務者において主張及び疎明がなされるべきである。そして,地球
温暖化に伴い,地球全体の気象に経験したことのない変動が多発するように
なってきた現状を踏まえ,また,有史以来の人類の記憶や記録にある事項は,
人類が生存し得る温暖で平穏なわずかな時間の限られた経験にすぎないこと
を考えるとき,災害が起こる度に「想定を超える」災害であったと繰り返さ
れてきた過ちに真撃に向き合うならば,十二分の余裕をもった基準とするこ
とを念頭に置き,常に,他に考慮しなければならない要素ないし危険性を見
落としている可能性があるとの立場に立ち,対策の見落としにより過酷事故
が生じたとしても,致命的な状態に陥らないようにすることができるとの思
想に立って,新規制基準を策定すべきものと考える。債務者の保全段階にお
ける主張及び疎明の程度では,新規制基準及び本件各原発に係る設置変更許
可が,直ちに公共の安寧の基礎となると考えることをためらわざるを得ない。

 (2) 次に,本件で問題となった過酷事故対策の中でも,福島第一原子力発電所
事故において問題となった発電所の機能維持のための電源確保について検討
すると,債務者の考えによれば,例えば,基準地震動Ssに近い地震動が本
件各原発の敷地に到来した場合には,外部電源が全て健全であることまでは
保障できないしいから,非常電源系を置くということになる。我が国は地震多発
国ではあるものの,実際,本件各原発の敷地が毎日のように基準地震動Ss
に近い地震動に襲われているわけではなし、から,その費用対効果の観点から,
外部電源についてはCクラスに分類し,事故時には非常用ディーゼル発電機
等の非常用電源(Sクラスに分類)により本件各原発の電力供給を確保する
こととするものである。経済的観点からのこの発想が福島第一原子力発電所
事故を経験した後においても妥当するのか疑問なしとしないが,そのような
観点に仮に立っとすれば,電源事故が発生した際の備えは,相当に重厚で十
分なものでなければならないというべきである。
 ここで,新規制基準に基づく審査の過程を検討してみると,過酷事故発生
に備えて,債務者は,安全上重要な構築物,系統及び機器の安全機能を確保
するため非常用所内電源系を設け,その電力の供給が停止することがないよ
うにする設計を持ち,外部電源が完全に喪失した場合に発電所の保安を確
保し,安全に停止するために必要な電力を供給するため,ディーゼル発電機
を用意することとし,これを原子炉補助建屋内のそれぞれ独立した部屋に2
台備えることとしている。またそのための燃料を7日分,燃料油貯油そうを
設けて貯蔵するとしたり,直流電源設備として蓄電池を置いたり,代替電源
設備として空冷式非常用発電装置,電源車等を設けることとしたことが認め
られる(乙76 )。また,原子力規制委員会の審査においては,これらの設
置に加え,これらが稼働するための準備に必要な時間,人員,稼働する時間
等について審査し,要求事項に適合していると審査した(乙14の2)。ほ
かにも,過酷事故に対処するために必要なパラメータを計測することが困難
となった場合において,当該パラメータを推定するための有効な情報を把握
するための設備や手順を設けたり,原子炉制御室及びその居住性等について
検討しており,これらからすれば,相当の対応策を準備しているとはいえる。
 しかし,これらの設備がいずれも新規制基準以降になって設置されたのか
否かは不明であり(ただし,空冷式非常用発電装置や,号機間電力融通恒設
ケーブル及び予備ケーブル,電源車は新たに整備されたとある。),ディー
ゼル発電機の起動失敗例は少なくなく(甲80),空冷式非常用発電装置の
耐震性能を認めるに足りる資料はなく,また,電源車等の可動式電源につい
ては,地震動の影響を受けることが明らかである。 非常時の備えにおいてど
こまでも完全であることを求めることは不可能であるとしても,また,原子
力規制委員会の判断において意見公募手続が踏まれているとしても,このよ
うな備えで十分であるとの社会一般の合意が形成されたといってよいか, ~毒
踏せざるを得ない。
 したがって,新規制基準において,新たに義務化された原発施設内での補
• 完的手段とアクシデントマネジメントとして不合理な点がないことが相当の
根拠,資料に基づいて疎明されたとはいい難い。

 (3) また,使用済み燃料ピットの冷却設備の危険性について,新規制基準は防
護対策を強化したものの,原子炉と異なり一段簡易な扱い(Bクラス)とな
っている。 安全性審査については,原子炉の設置運営に関する基本設計の安
全性に関わる事項を審査の対象とすべきところ,原子炉施設にあっては,発
電のための核分裂に使用する施設だけが基本設計に当たるとは考え難い。す
なわち,一度核分裂を始めれば,原子炉を停止した後も,使用済み燃料とな
った後も,高温を発し,放射性物質を発生し続けるのであり,原子炉停止と
はいうものの,発電のための核分裂はしていないだけといってよいものであ
るから,原子炉だけでなく,使用済み燃料ピットの冷却設備もまた基本設計
の安全性に関わる重要な施設として安全性審査の対象となるものというべき
である。
 使用済み燃料の処分場さえ確保できていない現状にあることはおくとして
も,使用済み燃料の危険性に対応する基準として新規制基準が一応合理的で
あることについて,債務者は主張及び疎明を尽くすべきである。また,その
上で,新規制基準の下でも,使用済み燃料ピットについては,冠水すること
により崩壊熱の除去が可能であると考えられるが基準地震動により使用済
み燃料ピット自体が一部でも損壊し,冷却水が漏れ減少することになった
場合には,その減少速度を超える速度で冷却水を注入し続けなければならな
い必要性に迫られることになる。現時点で,使用済み燃料ピットの崩壊時の
漏水速度を検討した資料であるとか,冷却水の注入速度が崩壊時の漏水速度
との関係で十分であると認めるに足りる資料は提出されていない。


3 争点3 (耐震性能)について

 (1) 前提事実(6)ウ及び前記2のとおり,福島第一原子力発電所の重大な事故に
起因して,原子力に関する行政官庁が改組され,原子力規制委員会が設立さ
れ,新規制基準が策定されたものであり,新規制基準は,従前の規制(旧指
針及び新指針)の上に改善が図られている。当裁判所は,前記1のとおり,
本件各原発の運転のための規制が具体的にどのように強化され,債務者がこ
れにどのように応えたかについて,債務者において主張及び疎明を尽くすべ
きであると考える。
 ところで,債務者は,新規制基準においては,耐震性の評価に用いる基準
地震動の策定方法の基本的な枠組みは変更されず,基準地震動の策定過程で
考慮、される地震動の大きさに影響を与えるパラメータについては,より詳細
な検討が求められることになったと主張している(前記第2の6(2)イ(ア))。
この点,福島第一原子力発電所事故の主たる原因がなお不明な段階ではある
が,地震動の策定方法の基本的な枠組みが誤りであることを明確にし得る事
由も存しないことからすると従前の科学的知見が一定の限度で有効であっ
たとみるべきでありこれに加え,地震動に係る新規制基準の制定過程(前
提事実(6)ウ)からすれば,新規制基準そのものがおよそ合理性がないとは考
えられないため,債務者において新規制基準の要請に応える十分な検討をし
たかを問題とすべきことになる。

 (2) このような観点から,債務者の提示する耐震性能の考え方について検討す
ると,敷地ごとに震源を特定して策定する地震動を検討する方法自体は,従
前の規制から引き続いて採用されている方法であるが,これを主たる考慮要
素とするのであれば,現在の科学的知見の到達点として,ある地点(敷地)
に影響を及ぼす地震を発生させる可能性がある断層の存在が相当程度確実に
知られていることが前提となる。そして,債務者は,債務者の調査の中から,
本件各原発付近の既知の活断層の15個のうち, FO-A〜FO-B〜熊川断層及び
上林川断層を最も危険なものとして取り上げ,かつこれらの断層については,
その評価において,原子力規制委員会における審査の過程を踏まえ,連動の
可能性を高めに,又は断層の長さを長めに設定したとする。しかしながら,
債務者の調査が海底を含む周辺領域全てにおいて徹底的に行われたわけでは
なく( 地質内部の調査を外部から徹底的に行ったと評価することは難し
い。),それが現段階の科学技術力では最大限の調査であったとすれば,そ
の調査の結果によっても,断層が連動して動く可能性を否定できず,あるい
は末端を確定的に定められなかったのであるから,このような評価(連動想
定,長め想定)をしたからといって,安全余裕をとったといえるものではな
い。また,海域にあるFO-B断層の西端が,債務者主張の地点で終了している
ことについては, (原子力規制委員会に対してはともかくとしても)当裁判
所に十分な資料は提供されていない。債務者は,当裁判所の審理の終了直前
である平成28年1月になって,疎明資料(乙132〜136等)を提供す
るものの,この資料によっても,上記の事情(西端の終了地点)は不明であ
るといわざるを得ない。

 (3) 次に,債務者は,このように選定された断層の長さに基づいて,その地震
力を想定するものとして,応答スペクトルの策定の前提として,松田式を選
択している。松田式が地震規模の想定に有益であることは当裁判所も否定す
るものではないが,松田式の基となったのはわずか14地震であるから,こ
のサンプル量の少なさからすると,科学的に異論のない公式と考えることは
できず,不確定要素を多分に有するものの現段階においては一つの拠り所と
し得る資料とみるべきものである。 したがって,新規制基準が松田式を基に
置きながらより安全側に検討するものであるとしても,それだけでは不合理
な点がないとはいえないのであり,相当な根拠,資料に基づき主張及び疎明
をすべきところ,松田式が想定される地震力のおおむね最大を与えるもので
あると認めるに十分な資料はない。
 また,債務者は,応答スペクトルの策定過程において耐専式を用い,近年
の内陸地殻内地震に関して,耐専スペクトルと実際の観測記録の事離は,そ
れぞれの地震の特性によるものであると主張するが,そのような事離が存在
するのであれば,耐専式の与える応答スペクトルが予測される応答スペクト
ルの最大値に近いものであることを裏付けることができているのか,疑問が
残るところである。 なお,債務者は,耐専スペクトルの算出に当たっては,
基本ケースのみならず,「傾斜角750 ケース」,「アスベリティー塊ケース」,
「アスペリティー塊・横長ケース」を検討しているが,各ケースの応答スペ
クトルはかなり似通っており(債務者主張書面(1)63頁図表23,債務者主
張書面(8)49頁図表28),ケースを異ならせることによりどの程度の安全
余裕が形成されたかを明らかにし得ていない。債務者の検討結果によれば,
最大加速度(水平)については,基準地震動Ss - 1の700ガルが最大で、
あったというのであるから, FO-A〜FO-B〜熊川断層の三連動(傾斜角750
ケース)の応答スペクトルを超えるところが想定すべき最大の応答スペクト
ルということになるが,以上の疑問点を考慮すると,基準地震動Ss - 1の
水平加速度700ガルをもって十分な基準地震動としてよいか,十分な主張
及び疎明がされたということはできない。
 断層モデルを用いた手法による地震動評価結果を踏まえた基準地震動につ
いては,債務者は,結果的に,応答スペクトルに基づ、く基準地震動を超える
ものは得られなかったとしているが,債務者のいう,地震という一つの物理
現象についての「最も確からしい姿J(乙16 ・53頁)とは,起こり得る
地震のどの程度の状況を含むものであるのかを明らかにしていないし,起こ
り得る地震の標準的・平均的な姿よりも大きくなるような地域性が存する可
能性を示すデータは特段得られていないとの主張に至っては,断層モデルに
おいて前提とするパラメータが,本件各原発の敷地付近と全く同じであるこ
とを意味するとは考えられず,採用することはできない。ここで債務者のい
う「最も確からしい姿」や「平均的な姿」という言葉の趣旨や,債務者の主
張する地域性の内容について,その平均性を裏付けるに足りる資料は,見当
たらない。

 (4) 震源を特定せず策定する地震動については,債務者は,平成16年に観測
された北海道留萌支庁南部地震の記録等に基づき,基準地震動Ss-6及び
S s一7として策定し,この基準地震動Ss -6 (鉛直, 485ガル)が結
果的に最大の基準地震動(鉛直)となっている。債務者の主張によれば,こ
れは「地表地震断層が出現しない可能性がある地震について,断層破壊領
域が地震発生層の内部に留まり,圏内においてどこでも発生すると考えられ
る地震で,震源の位置も規模も分からない地震として地震学的検討から全国
共通に考慮すべき地震」を設定して応答スペクトルを策定したとする。 この
ような地震動についてそもそも予測計算できるとすることが科学的知見とし
て相当であるかはともかくとして,これらの計算についても,債務者による
本件各原発の敷地付近の地盤調査が,最先端の地震学的・地質学的知見に基
づくものであることを前提とするものであるし,原子力規制委員会での検討
結果がこの調査の完全性を担保するものであるともいえないところ,当裁判
所に対し,この点に関する十分な資料は提供されていない。


4 その余の争点について

 (1) 争点4 (津波に対する安全性能)について
  津波に対する安全性能についても,上述の観点から検討しなければならな
い。新規制基準の下,特に具体的に問題とすべきは,西暦1586年の天正
地震に関する事項の記載された古文書に若狭に大津波が押し寄せ多くの人が
死亡した旨の記載があるように,この地震の震源が海底であったか否かであ
る点であるが,確かに,これが確実に海底であったとまで考えるべき資料は
ない。しかしながら,海岸から500mほど内陸で津波堆積物を確認したと
の報告もみられ,債務者が行った津波堆積物調査や,ボーリング調査の結果
によって,大規模な津波が発生したとは考えられないとまでいってよいか,
疑問なしとしない。

 (2) 争点5 (テロ対策)について
  債務者は,テロ対策についても,通常想定しうる第三者の不法侵入等につ
いては,安全対策を採っていることが認められ,一応,不法侵入の結果安全
機能が損なわれるとはいえない。もっとも,大規模テロ攻撃に対して本件各
原発が有効な対応策を有しているといえるかは判然としないが,これについ
ては,新規制基準によって対応すべき範酵を超えるというべきであり,この
ような場合は,我が国の存立危機に当たる場面であるから,他の関係法令に
基づき国によって対処されるべきものであり,またそれが期待できる。した
がって,新規制基準によってテロ対策を講じなくとも,安全機能が損なわれ
るおそれは一応ないとみてよい。

 (3) 争点6 (避難計画)について
  本件各原発の近隣地方公共団体においては,地域防災計画を策定し,過酷
事故が生じた場合の避難経路を定めたり,広域避難のあり方を検討している
ところである。 これらは,債務者の義務として直接に問われるべき義務では
ないものの,福島第一原子力発電所事故を経験した我が国民は,事故発生時
に影響の及ぶ範囲の圧倒的な広さとその避難に大きな混乱が生じたことを知
悉している。安全確保対策としてその不安に応えるためにも,地方公共団体
個々によるよりは,国家主導での具体的で可視的な避難計画が早急に策定さ
れることが必要であり,この避難計画をも視野に入れた幅広い規制基準が望
まれるばかりか,それ以上に,過酷事故を経た現時点においては,そのよう
な基準を策定すべき信義則上の義務が国家には発生しているといってもよい
のではないだろうか。このような状況を踏まえるならば,債務者には,万一
の事故発生時の責任は誰が負うのかを明瞭にするとともに,新規制基準を満
たせば十分とするだけでなく,その外延を構成する避難計画を含んだ安全確
保対策にも意を払う必要があり,その点に不合理な点がなし、かを相当な根拠,
資料に基づき主張及び疎明する必要があるものと思料する。
しかるに,保全の段階においては,同主張及び疎明は尽くされていない。


5 被保全権利の存在

 本件各原発は一般的な危険性を有すること(前提事実(3)オ)に加え,東北地
方太平洋沖地震による福島第一原子力発電所事故という,原子力発電所の危険
性を実際に体験した現段階においては,債務者において本件各原発の設計や運
転のための規制が具体的にどのように強化され,それにどう応えたかの主張及
び疎明が尽くされない限りは,本件各原発の運転によって債権者らの人格権が
侵害されるおそれがあることについて一応の疎明がなされたものと考えるべき
ところ,本件各原発については,福島第一原子力発電所事故を踏まえた過酷事
故対策についての設計思想や,外部電源に依拠する緊急時の対応方法に関する
問題点(前記2),耐震性能決定における基準地震動策定に関する問題点(前
記3)について危倶すべき点があり,津波対策や避難計画についても疑問が残
る(前記4) など,債権者らの人格権が侵害されるおそれが高いにもかかわら
ず,その安全性が確保されていることについて,債務者が主張及び疎明を尽く
していない部分があることからすれば,被保全権利は存在すると認める。


6 争点7 (保全の必要性)について
 本件各原発のうち3号機は,平成28年1月29日に再稼働し4号機も,
同年2月26日に再稼働したから(前提事実(7)),保全の必要性が認められる。
以上の次第で,債権者らの申立てによる保全命令は認められることになるとこ
ろ,債権者らの主張内容及び事案の性質に鑑み,担保を付さないこととする。


第4 結論

 よって,主文のとおり決定する。

平成28年3月9日
大津地方裁判所民事部
 裁判長裁判官 山本善彦
     裁判官 小川紀代子
     裁判官 平瀬弘子

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