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派遣法「改悪」、労働者をモノ扱いするな〜東海林智記者が熱く

                    林田英明

 小柄で細身の体から、熱い言葉が次々と飛び出す。毎日新聞東京本社社会部、東海林智記者(写真)の肉声は、悲鳴を上げる労働現場を映し出す。福岡市で5月30日に開かれた福岡県歯科保険医協会主催の市民公開講演会「こうして貧困はつくられる」には100人が集い、聴き入った。

 著書『貧困の現場』や新聞紙面で健筆を振るってきた東海林さんは、この日も労働者の視点から社会の現実をえぐり出す。2014年末で非正規雇用が2000万人を突破し、15年前と比べると正規が500万人減少して非正規が733万人増加している勤労統計を紹介した。だから、安倍晋三首相が失業率低下と有効求人倍率の1倍超を喧伝するのは、正社員の倍率なら0.6倍にしかならないので詐称である。10人が正社員を望んでも3〜4人はなれない。

 しかし「数字は嫌い」と東海林さんは言う。そこに血肉が通わないからだ。取材を深めれば深めるほど、この国の政治の貧困が見えてくる。

●ネットカフェ難民の現実

 現場の実態はこうである。シングルマザーで15年間、自腹も切りながら正社員になるさまざまな努力を重ねて40歳過ぎに経営者に尋ねてみたが派遣から抜け出せず、「私は悪い母親です」と東海林記者にこぼすのだった。休みを取れば解雇される。授業参観はおろか、子どもが体調を崩しても看病できずに出勤する自分を責めていた。親戚の葬儀にも出られない。東海林さんは「一生懸命、生きてきた人が、そんなことを言わなければならない」と声を詰まらせた。

 北関東の製造業派遣で働いていた20代の女性は、腰椎捻挫で1週間休んだために寮も追い出されて「ネットカフェ難民」となった。求人広告には「月収32万円」とあるが、その後に小さく「も可能」と記されていた。月60時間ぐらい残業すれば「可能」だが、残業がなければ月収は18万円程度でしかない。そこから寮費、光熱水費に加え、クーラー、テレビ、冷蔵庫、布団、毛布、枕のレンタル代まで引かれていく。彼女は寮を出た時、30万円しか貯金がなかった。そこからアパートの敷金、礼金を払い、新たに働き始めても1カ月後にしか手にできない給料を待つ余裕はない。交通費は自腹の日雇い派遣の仕事が、携帯電話に入るのを待つしかないのだ。

 仕事を得る命綱の携帯の電話代を確保するため、人によっては消費者金融の借金地獄に陥っていく。彼女は仕事が週に1日しかなければファストフード店で1杯100円のコーヒーを買って仮眠する。長居すると店員が追加注文を要請するので、次はコンビニを1時間ごとに移動しながら日の出を待つ。仕事がなければ山手線の一番安い切符を買うか、百貨店や図書館の椅子で寝る。東海林さんは「体を横にして寝られない日が続く。どこで朝を迎えるか、仕事のあるなしで変わってしまう。生きる、という最低限のことが脅かされている」と唇をかんだ。彼女は8カ月間、ネットカフェ難民を続け、うつ状態になってようやく生活保護を受けたが、「社会に迷惑をかけている」と30代半ばの今も苦しみつつ、資格を取る勉強をしているという。

 しかし実は、生活保護受給世代は65歳以上が最も多く、ネットカフェ難民に高齢者もいる。取材を重ね、その詳細を紹介しながら熱を帯びていく東海林さんは、だから生活保護者へのいわれなきバッシングに走る自民党・片山さつき参議院議員の言動を問題にする。「年金だけでは食えないから高齢者が働いている。年金制度のあからさまな欠陥を明らかにしないために攻撃している」と。

●考える時間を取り戻そう

 そして、労働者派遣法「改正」に向けて内閣府の規制改革会議雇用ワーキンググループ(座長=鶴光太郎・慶応大学教授)内では、余剰人員を「余剰在庫」、賃金を「価格」と表現している点にかみついた。「労働者が商品として扱われる制度、それが派遣法であり、安倍政権の改革は労働者をモノとして扱っている」と強く批判した。現在の派遣法でも学生や主たる生計者ではない主婦は日雇い派遣を禁止されている。しかしながら、36歳の「大学生」や20歳の女性を「主婦」として登録させ、日雇い派遣で働かせる脱法行為が常態化している。これが、専門26業務の枠を外し、受け入れ期限を一律3年にしてしまえば、派遣業務は際限なく拡大する。

 今国会で審議中にもかかわらず、すでに3年後の雇い止めを派遣先の社長から通告されている例も相次いでいると東海林さんは危機感を強めた。「限定正社員」に対しても警戒する。鶴氏によれば、転勤や残業がなく子育てなどと両立しやすく、仕事が変わらないので専門性を高めやすいと利点を強調するが、非正規社員の待遇引き上げへの期待より正社員の格下げの側面を意図的に見過ごしていないか。しかもこれは、法改正の必要はなく、企業側で策定できる。 「残業代ゼロ法案」と呼ばれるホワイトカラー・エグゼンプションについても、専門職や年収1075万円以上の「縛り」は、導入後なし崩しにされるだろうと予測した。休日出勤、長時間労働、深夜労働……。過労死や自殺へのステップになる。こうした企業寄りの法案に対して東海林さんは「労働者の命を守る規制にそもそも穴を開けてはいけない」と語気を強めた。

 安倍首相は日本を「世界で一番企業が活動しやすい国」にすると公言してはばからない。しかるに国民から反発の大波が打ち寄せないのはなぜか。東海林さんは「考える時間が奪われているから」と説く。長時間労働によって社会的な関心までなくなってしまえば、それは人間の心を失わされた奴隷労働に行き着く。

 出口はどこだ。無力感に襲われながらも東海林さんは必死に探して、こう呼びかけた。「特定秘密保護法の時には最初、メディア以外に危機感はなかった。しかし声を上げ続け、最終的には法案成立を阻止できなかったものの反対の輪で国会を取り囲んだ。涙が出そうになった。たくさんの人が秘密法に危機感を持ってくれたからこそ法を監視する市民側の体制ができた。一人一人は弱い。さまざまな団体と協力して、声を上げ続け、考える時間を取り戻そう

 逆流をはね返すのは、人間が人間らしく生きられる社会を求める労働者、市民の目覚めである。私たちは、決して無力ではない。


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