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「風刺の精神」とは何か?〜パリ銃撃事件を考える

                               菊池恵介

 今月7日にパリで起きた週刊誌銃撃事件は、記者10人と警察官2人が死亡するという惨事を招いた。アルジェリア独立戦争の終結以降、過去半世紀にフランスで起きた最大級のテロ事件だという。襲撃された「シャルリー・エブド(Charlie Hebdo)」は、フランスを代表する風刺新聞の一つだ。そのため、「表現の自由」がイスラーム過激派に攻撃されたとして、事件は大きな波紋を呼んでいる。同日夜の追悼デモに駆け付けた多くの市民は「風刺表現はフランスの伝統だ。シャルリーへの攻撃はフランス文化そのものに対する攻撃だ」と口々に訴えた。だがこのような受け止め方は果たして妥当だろうか。「リベラルなヨーロッパ対イスラーム」という単純な問題認識は、容易に反イスラーム感情に結び付く危険性を孕んでいないだろうか。

 「シャルリー・エブド」は、もともと1968年のパリ5月革命を背景に誕生した風刺新聞である。タブーを恐れない過激な風刺表現を持ち味として長らく読者に親しまれてきた。とりわけ得意なレパートリーとしてきたのが、歴代のフランス大統領、ローマ法王、さらには移民排斥を唱えるルペンなどの政治家だ。これらの権力者や宗教界の権威を、痛烈な皮肉を込めたユーモアで、とことん嗤い飛ばすことにより、アナーキストや左翼の間で人気を博してきた。

 ところが、2000年代以降、イスラーム教の預言者ムハンマドを得意ネタとするようになったことから、反イスラム感情を煽っているとして、たびたび批判されてきた。その大きなきっかけとなったのが、いわゆる「ムハンマドの風刺画事件」である。2005年9月、デンマーク最大の日刊紙「ユランス・ポステン」が預言者ムハンマドを題材とする12枚の風刺画を掲載。その中にはターバンが爆弾に模されているなど、ムハンマドをテロリストとして表象する絵が含まれていたため、国内外で物議をかもした。とりわけ、中東諸国ではデンマーク政府に対して抗議の声明がだされ、各地で暴動が起きる事態となった。

 当初、ヨーロッパの主要メディアは、ムスリムの感情を配慮し、問題の風刺画の転載を自粛するという方針をとった。だがこれに反発し、「表現の自由」の名において、いち早く転載に踏み切ったのが、フランスの「シャルリー・エブド」だ。2006年2月に発売された特集号の表紙には「原理主義者に圧倒されるムハンマド」という見出し付きで、「馬鹿どもに愛されるのは、辛いよ」とむせび泣く預言者の絵を掲載。これを侮蔑的だとするムスリム団体の反発を招いた。

 また、2011年には、イスラームの法規範の「シャリーア」をもじって、紙名を「シャリーア・エブド」とする特集号を刊行。表紙の絵では「笑い死にしなければ、百回のむち打ち刑だ」とムハンマドに語らせている。「イスラームの刑罰は野蛮だ」という一般的なステレオタイプを背景とするブラック・ジョークだ。

 この号の刊行直後、深夜に何者かが本社に火炎瓶を投げ込み、編集室が全焼するというテロ事件が起きた。だが編集部は「原理主義者の脅迫には屈しない」として、翌週号の表紙では、爆破された本社の前でディープ・キスをするムスリム男性と「シャルリー」の記者の絵を掲載。「愛は憎しみより強し」と挑発してみせた。

 イスラームをネタとする「シャルリ―」の風刺画は、まだまだ他にもある。たとえば、預言者ムハンマドを色魔の児童性愛者として描いたアメリカのB級映画が中東で暴動を引き起こした際には、「イスラム世界を炎上させる映画」という見出し付きで、ベッドに裸で横たわるムハンマドの絵を掲載。カメラに向かってお尻を突き出した予言者に「私のお尻、好き?」と言わせた。ゴダールの「軽蔑」の冒頭に出てくるブリジット・バルドーの有名な台詞だ。

 こうして「ムスリムはユーモアを解さず、預言者が冒涜されるとすぐに激昂する」とばかりに際どいジョークを連発することが、「シャルリー」のトレードマークとなった。

 このような挑発的な紙面に対して、フランス国内でもたびたび非難の声が上がったが、編集部は一貫して次のように反論してきた。「フランスには、市民革命期以来、政治風刺の伝統があり、本誌はその伝統を受け継いでいるにすぎない。しかも、イスラームだけでなく、キリスト教やユダヤ教など、あらゆる宗教や権威を風刺しているわけだから、本誌は、決して差別主義的ではありえない」。だが問題は「誰が、何を、いかなるコンテクストのなかで描いているかだ。なぜなら、一見ユーモラスに見える絵でも、書き手の立ち位置や刊行される文脈しだいでは、まったく異なる意味を持ちうるからである。たとえば、カトリック教会が大きな影響力を持つ社会で西洋のメディアがローマ法王を風刺すれば、それは「反権力・反権威」というリベラルな意味を持ちうる。だが逆に、ナチス占領下のフランスなどで、マジョリティーに属する作者がユダヤ人を風刺すれば、おのずと差別的な意味を帯びてくるだろう。2001年のニューヨーク同時多発テロ以降、「ムハンマドの風刺画問題」が激論を呼んできた理由も、ここにある。

 9・11以降、中東地域は、アフガニスタン空爆やイラク戦争といったアメリカの軍事介入の舞台となり、膨大な数の犠牲者をだしてきた。また欧米諸国では、反イスラム感情が渦巻き、ムスリム系住民の多くは、原理主義者として疑われるなど、肩身の狭い思いをしてきた。また、政策面でも、移民や外国人に対する取り締まりが強化され、国外退去や犯罪の厳罰化などに拍車がかかるなど、多くの制度的な差別が横行してきた。そんな状況のもとで、爆弾をターバンとして巻くムハンマドの風刺画が新聞に掲載されれば、「ムスリム=テロリスト」というイメージを助長する機能を果たすであろう。まして問題の絵の作者が、反イスラームを唱える北欧の極右政党である「デンマーク人民党」のお気に入りの風刺画家だとすれば、なおさらである。

 2006年2月に「シャルリー・エブド」が問題の風刺画の転載に踏み切ったとき、発売の差し止めを求める訴訟が国内のムスリム団体によって起こされた。問題の風刺画のうちの少なくとも二枚は「ムスリム=テロリスト」という差別的な表象を含む内容だったからだ。しかし、これに対して、国内の主要メディアは「表現の自由」を擁護するキャンペーンを展開し、また(国旗国歌の冒涜を禁じる法律を制定したばかりの)サルコジ内務大臣をはじめ、多くの政治家が「シャルリー」への支持を表明した。こうして四面楚歌に陥るなか、原告のムスリム団体は訴えを取り下げたのである。これ以降、「シャルリー」の風刺画家たちは、ますます健筆をふるうようになり、中東などでイスラーム関連の事件が起こるたびに、その挑発の度合いはエスカレートしていった。

 以上の経緯を踏まえると、近年の「シャルリー・エブド」の紙面が、本当に「反権力」という風刺の精神を反映してきたかどうかは、疑問だといわざるをえない。むしろ、9・11以降、ヨーロッパに蔓延する反イスラーム感情に便乗し、「弱い者いじめ」に興じることで、発行部数を延ばしてきたというのが実情であろう。ちなみに、デンマークの話題の風刺画を掲載した2006年の特集号は、50万部という記録的な売れ行きを示した。2002年の「拉致事件」以降、北朝鮮ネタを売り物にする日本のメディアと同様、フランスの週刊誌にとってもイスラームは「売れるネタ」なのだ。それを面白おかしく表現することで、近年の「シャルリー」は、ネットの普及などにより、低迷の一途をたどる発行部数の回復を図ってきたのだともいえる。

 事件が起きた1月7日発売号には、シャルブ編集長の絶筆となる次の小さな絵が載っている。「まだフランスにテロに来ないの?」という問いかけともとれる見出しに対して、武装したイスラーム戦士がこう答えている。「もうちょっと待ってよ。新年の願い事は、一月末までにすれば叶えられるんだ」。この挿絵の掲載された号が街角のキオスクに並ぶ頃、銃撃事件が起きたことは、恐ろしい皮肉である。

 事件の四日後、日曜日に開催された追悼デモには、パリで150万人、全国で370万人もの大群衆が集まった。「ぼくらはみんなシャルリーだ、テロリズム反対、表現の自由を守れ!」が当日の合い言葉となった。だが、この巨大なエネルギーが「反イスラーム」の不穏な叫びへと発展しない保証はどこにあるのか。事件後、テレビやラジオで繰り広げられている激論を聴くかぎり、その懸念は深まるばかりである。

 事態がエスカレートするのを防止するためにも、私たちはテロリズムに反対する一方、事件の背景を、もう一度、冷静に分析する必要がある。言論に対する銃弾の暴力が断じて許されないことは、いうまでもない。だが「リベラルなヨーロッパ対(野蛮な)イスラーム」という短絡的認識で事件を受け止め、「表現の自由」を訴える大合唱に唱和すれば、蔓延する反イスラム感情を助長する結果にもなりかねないであろう。いまや「人種の優劣」といった時代遅れのイデオロギーではなく、まさに「政教分離」や「表現の自由」といったリベラルな政治文化の名においてイスラームを嘲笑し、差別を正当化するのが、「スカーフ問題」から「風刺画事件」にいたる現代のイスラムフォビア(イスラム嫌悪)の特徴だからである。
 (きくち・けいすけ、同志社大学教員)


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