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LNJ Logo 木下昌明の映画批評『罪の手ざわり』〜現代中国のもう一つの姿を活写
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●ジャ・ジャンクー監督『罪の手ざわり』

変貌する社会に翻弄される人々―現代中国のもう一つの姿を活写

 中国映画を見ていると、その風土の変貌ぶりに驚かされることがある。この間まで砂漠だったのにビルが林立している、といった具合に。そして風土が変わると人間の内面も変わっていく。そこから新しいドラマも誕生してくる。なかでも、今注日しているジャ・ジャンクー監督の描く世界がそれだ。彼はこれまで6本の劇映画と長短のドキュメンタリーを手がけており、常に焦点を当てているのが中国の“今”である。彼は1997年の第一作『一瞬の夢』以来、急速な移り変わりを強いられる社会に翻弄される人々の生き方を一貫して問題にしてきた。

 その典型が前々作の『長江哀歌』(06)だった。これは国家的大事業といわれた三峡ダムの建設が舞台だったが、それを国家の側でなく、破壊される街で右往左往する人々の目線からとらえてきた。

 新作の『罪の手ざわり』は、かつての辺境だった地方にハイウエーが走り、新幹線が通り、飛行場が造られ、巨大ビルが建ち並ぶ有り様をとらえながら、それによって社会は発展したのか、を問うている。そこでは、最近起きた三つの殺人と一つの自殺を物語の中心に据えて、別々の事件がひとつながりになる“カネ、カネ”の貪欲な社会を浮かび上がらせる。

 その一つ。同級生だった2人の一方は村営の炭鉱を民営化によって手に入れ、自家用飛行機でやってくる。同級生を村人ともども出迎えさせられる主人公は、彼の不正に我慢がならず、ついには射殺してしまう事件――。

 ショックを受けたのは、“世界の工場”とよばれる広州の紡績工場で働く青年が、行き場を失って、烏がはばたくように宿舎からダイビングして飛び降り自殺するシーン。追いつめられていく青年を見ていると、誰も止めようとは思わないだろう。そこに繁栄した中国のもう一つの姿がある。普通に生きようとしても生きられない人々は、果たして罪びとなのか。(木下昌明・『サンデー毎日』2014年6月1日号)

*5月31日より渋谷・Bunkamura ル・シネマほか全国順次公開。


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