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第14回・チェルノブイリの教訓いずこに

●さ お り◎ オッチャン、NHK衛星放送のドキュメント番組『永遠のチェルノブイリ』をみた?

★オッチャン◇ いや、みていない。

●さ お り◎ いまの石棺をスッポリおおってしまう新しい石棺の建設が、世界中から莫大な資金を集めてはじまるらしいの。21世紀最大規模の建設工事で、この工事を請けおったのはフランスの原発をいくつも建設した大手建設会社の共同体なんだって。

★オッチャン◇ 「原発はスクラップ・アンド・ビルドで大もうけ」だね。福島第一原発の水棺は、メルトダウンがはっきりしたので中止するらしいが、石でも水でも巨大な棺おけが未来永劫に建設されるのはゾーっとするね。チェルノブイリの4号炉が爆発してから25年か……。早いね。1986年といえば、ソ連ではゴルバチョフが書記長になりペレストロイカがはじまったつぎの年だ。でもこの新政権には、4月26日の大爆発事故への危機管理能力はまったくなかった。周辺住民の避難も遅れたし、政府の調査委員会は5月6日になってやっと記者会見をおこない、それから被災地の報道がはじまった。それも消防士たちの英雄的行動をたたえる報道ばかりで、政府の責任追及はまるでなくて、大事故は火山の爆発とおなじ扱いだったんだ。

●さ お り◎ ふーん、犯罪的だね。でも、ペレストロイカのスローガン「グラスノスチ」は、英語の「オープンネス」だから情報公開でしょう?

★オッチャン◇ チェルノブイリ事故では、グラスノスチ政策とは裏腹の報道管制がしかれた。党を含めてのグラスノスチを各分野で展開する、という方針は事故後の1987年1月のソ連共産党中央委員会総会で承認されるんだ。ゴルバチョフ指導部は、権力を独占していた党中央委員会の刷新なくしてペレストロイカの成功はない、という教訓をチェルノブイリ事故によって得たんじゃないかな。ついでにいうと、ペレストロイカを解説していた日本の知識人のほとんどが、チェルノブイリ事故の重大性についてふれていなっかたことも、いまから思うと非現実的だったね。

●さ お り◎ 『永遠のチェルノブイリ』では、ウクライナが2030年までに22基の新しい原発の建設を計画しているって。ウクライナ政府は送電線をヨーロッパにつなげて電力を西欧諸国に輸出しようと考えているからなの。

★オッチャン◇ なるほど。ソ連が原発を建設しつづけたのは、石油とガスを西欧諸国に輸出していたからで、核エネルギーは国内用だった。1984年の時点で、外貨獲得の70%が石油とガスで、仏独伊三国への輸出の9割を占めていたんだ。その政策はいまのロシアにも引きつがれている。ロシアと西欧、ウクライナと西欧の関係は、福島と東京、福井と大阪の関係の国際版だね。

●さ お り◎ 『永遠のチェルノブイリ』だと、ソ連政府は事故の数日後に、もう他の原子炉の運転再開を命じていたって。爆発した4号機以外の3基とも2000年まで稼動していたのよ。おどろいたでしょう。チェルノブイリにはウクライナの放射性廃棄物の半分近い100万トンがあって、その管理にいまも4000人が働いていて、50キロ離れた町から通勤してるのよ。はじめて知った。このドキュメントの最後のナレーションはこうなの。「忘却は人のさが、しかし原子の命は果てしなく長い」

★オッチャン◇ だから記録が大切なんだ。

【2011/05/18 通算18回目/転載・引用・援用など、すべて自由】


Created bystaff01. Created on 2011-05-19 10:54:23 / Last modified on 2011-05-19 10:59:08 Copyright: Default

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