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レイバーネット文化欄で、飛幡祐規さんの新規連載を開始します。月1回程度、パリからホットな話題をお届けします。(編集部)

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飛幡祐規(たかはたゆうき)さん略歴

文筆家、翻訳家。1956年東京都生まれ。74年渡仏。75年以降、パリ在住。パリ第5大学で文化人類学、パリ第3大学でタイ語・東南アジア文明を専攻。フランスの社会や文化を描いた記事やエッセイを雑誌、新聞に寄稿。文学作品、シナリオその他の翻訳、通訳、コーディネイトも手がける。著書:『ふだん着のパリ案内』『素顔のフランス通信』『「とってもジュテーム」にご用心!』(いずれも晶文社)『つばめが一羽でプランタン?』(白水社)『それでも住みたいフランス』(新潮社) 訳書:『泣きたい気分』(アンナ・ガヴァルダ著/新潮社)『王妃に別れをつげて』(シャンタル・トマ著/白水社)『大西洋の海草のように』(ファトゥ・ディオム著/河出書房新社)ほか多数。2005年5月〜07年4月、ウェブサイト「先見日記」でフランスやヨーロッパの時事を取り上げたコラムを発信。

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   (第1回・09年3月17日)

アンティル諸島のゼネストと「詩的なもの」

1月29日に主要労働組合のよびかけで統一ストと、全国で約二百万人という記録的な規模のデモが行われたフランスでは、その後もめざましい社会運動が続いている。市民の批判と不満に応えざるをえなくなったサルコジ大統領は、2月18日、労働組合・経営者団体との短い(おざなりの)「会合」の後、第二次経済危機対策を発表した。しかし、追加された低所得者や失業者への援助は、第一次の銀行・大企業の救済政策に比べるとごく少額で、その他の政策も多くの人々から不十分・不的確だと見られており(3月初めの世論調査によると、大統領の経済危機対策に不満と答えた人は66%)、労働組合は3月19日に再び統一行動をよびかけている(同調査では、62%がこの行動に対して連帯感をもっている)。

労働者運動はしたがってペンディング状態なのだが、同時期に二つの大きな運動が盛り上がった。一つは、アンティル諸島(西インド諸島)と呼ばれる海外県のグアドループ島とマルティニック島のゼネスト。もう一方は、大学教員と研究者たちによる一連の「改革」反対運動である。後者については次回にゆずることにして、今回はアンティル諸島で起きた運動について報告しよう。

1月20日(オバマのアメリカ大統領就任の日)、グアドループ島でゼネストが始まり、実に6週間以上も続いた。2月5日からは隣のマルティニック島もゼネストに入り、交渉で同意が得られるまで一か月以上を要した。さらに現在、インド洋のレユニオン島もゼネストに入っている。

これら元植民地の海外県では、主に植民者の子孫である少数白人(「ベケ」と呼ばれる)による大土地所有や独占的企業経営の構造が継承されている。人口のわずか1%を占めるベケが農地の50%、農業・食品産業の90%を所有しているのだ。また、消費財の9割を輸入にたよっているが、輸出入と配給を独占・寡占する企業のせいで、生活必需品の小売価格はフランス本土より高い。そのため、公務員の給料には定額の4割も水増し手当がつくほどだ。一方、黒人島民の大多数は貧しい。グアドループ島の失業率は22,7%(本土8,1%、2007年末)、国の援助金を受ける島民の割合は17,8%(本土3,1%)に至る。今回のゼネストはこの物価高に抗議して、低所得者の賃金値上げをはじめとするさまざまな要求を掲げ、49の労働組合や政党、NPOや文化団体が結集したLKP(現地語とフランス語の混成語であるクレオール語で「超搾取反対連携共闘」の意)がよびかけた。

フランス国内でゼネストが3日も続いたら大騒ぎになるはずだが、本土のメディアや政治家の反応は驚くほど鈍く、13日目にようやく現地に赴いて交渉を始めた海外県・領土担当大臣は、交渉の途中でパリに呼び戻された。本土で災害やスキャンダルな殺人事件が生じると、直ちに被害者や犠牲者の家族の元にとんでいくサルコジ大統領は、ゼネストに乗じた暴力行為が広がり、労働組合員がひとり射殺されたグアドループ島には、遂に出向かなかった(ほとぼりがさめた何ヶ月か後に行く意思を表明。サルコジは自分の訪問の最中にブーイングが起きたら、その県の知事と警察の責任者を左遷してしまうような人物で、敵意ある聴衆がいる場所にはけっして行かない)。2月19日、ゼネスト31日目にして初めて大統領はLKPの要求に応える方向の提案を発表し、現地に交渉者を派遣した。パリではLKPの運動に賛同するデモが何度か行われ、本土在住のアンティル出身者や左翼系の人々が参加したが、マスメディアの報道は事態の深刻さに対してかなり少ないと感じた。本土のフランス人にとって、海外県とは「遠い」ところなのだろう。そして、海外県の市民は大多数の政治家にとって、ゼネストを何週間も放っておけるほど「軽んじていい」存在であること、つまり彼らの意識にはいまだ植民地主義が巣くっている現実が露呈されたといえよう。

さて、146におよぶ要求を掲げた「超搾取反対連携共闘」LKPは、既に1月23日から県知事や経営者代表と交渉を始めていた。この交渉、そしてデモやゼネストの状況を民間テレビ局が実況で中継したため、LKPの運動は大きなインパクトをもたらした。それまで、不満を抱いていても口をつぐんでいた大勢の島民たちは、テレビ画面から流れるLKPの代表者たちの言葉に大きな共感を覚え、ゼネストで日常生活が不便であっても闘い抜かなければと感じたようだ。エリ・ドモタをはじめLKPの代表者たちはグアドループ島民の代弁者として、前代未聞の大規模な社会運動を先導した。

主要な要求は、低所得者(最低賃金とその1,4倍まで)賃金の200ユーロ(約25000円)アップである。さらに低所得世帯への援助金の増加、住民税削減、生活必需品の価格引き下げ、家賃凍結などの経済対策のほか、要求は教育や土地整備、文化面にも及んだ。さまざまな団体を結集させた物価高・生活難に対する抗議の裏には、植民地時代からの支配構造の糾弾と、クレオール人としてのアイデンティティ主張も含まれていたのだ。しかし、とりわけ経営者側との賃金アップ交渉は難航し、LKPが国、自治体の代表と165項目にいたる同意書に署名したのは、ゼネスト44日目の3月4日だった。一方、マルティニック島でも同様に、組合やNPOの連合体「2月5日集団」が国と自治体、経営者団体と交渉を重ね、ゼネスト38日目の3月14日にやはり低賃金の200ユーロアップなどを中心とした同意書の署名にいたった。

これはLKPと「2月5日集団」の全面的勝利ではあるが、グアドループ島ではまだ署名していない経営者団体もあり、「超搾取」の弊害を本土の援助で繕う現システムの抜本的な改革なしには、真の解決はもたらされないだろう。だが、一か月以上にもおよぶゼネストの末、さまざまな組合・団体の共闘が実を結んだという意味において、この社会運動の成果はめざましい。植民地的状況に対する抜本的な改革への第一歩が踏み出されたかもしれないのだ。クレオールの歌と踊り、太鼓のリズムにのった運動の勝利がもっと広く世界に報道されなかったのは、本当に残念だ。

ところで、中央政府の代表を含めた本格的な交渉が始まる前の2月16日、作家のパトリック・シャモワゾーやエドワール・グリッサンを含むアンティル諸島出身の知識人9人が連名で、グアドループとマルティニック両島の社会運動を支持する声明を発表した。ル・モンド紙その他に掲載されたこのテキストには、とても興味深い思考が展開されている。乱暴な要約・抜粋で著者の方々には大変申しわけないが、簡単に紹介したい。

〈とてつもない利潤追求の犠牲となって苦しむ人々たちによるさまざまな要求は、「生きる」ための正当な主張である。この社会運動はまた、“lyannaj ”、すなわち「関係を結ぶ、切られてしまった繋がりを結びつける」ものであり、必需品の購買という散文的な「生」の要求の裏には、散漫とした別の欲求が現れているーー「詩的なもの」の欲求である。詩的なものとは、尊厳、音楽、スポーツ、踊り、読書、哲学、恋愛、内的欲求を実現・発揮できる自由な時間……。というのも本来、散文的な「生」は、人生に意味を与える詩的な「生」に開かれているべきなのだ。ところが現在、グローバル化した新自由主義経済システムのもとで、人はただ消費するために働き、無限の利潤を得るために生産する散文的な「生」のみに追いやられ、労働は詩的な生をもたらさなくなった。生きる甲斐のある人生を生きるために、私たちは労働と生を「詩的なもの」に開かなくてはならない。連帯、分かち合い、「他者」との関係をつくる時間をつくりだし、環境を蘇生させられるような、「共に生きる」社会をめざす政治を求めなくてはならない。「無料」にもとづき、人間性が開花できる、貧窮の管理ではない「気高い政治」の理想を求めて。〉

彼らがアンティル諸島のために夢見るユートピアは、植民地的構造を取り除き、もっとカリブ世界やアメリカ大陸との関係を深め、新たな環境概念とポスト・資本主義をめざした社会である。今後、LKPや「2月5日集合」の運動がどう発展するかはわからないが、「詩的なもの」の欲求はまさに、フランスで進行中の他の社会運動(大学教員・研究者、精神科医、アーティスト……)にもあらわれている。グアドループ島とマルティニック島の画期的な社会運動は、フランス本土や世界の人々に「つながって」いけるだろうか?

2009.3.15 飛幡祐規(たかはたゆうき)


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