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キム・ギドクが描く「愛の映画」
「整形手術」は何をもたらしたか

「絶対の愛」は可能だろうか。

 確かに「冬のソナタ」から「チャングムの誓い」に至る韓国のドラマには、その形がみられたように思う。男女が時代の流れに翻弄され、すれ違いながらも、最後には愛を全うするものだ。

 しかし、同じ韓国でも独創的なキム・ギドク監督は、新作「絶対の愛」で、これらとは異なって、全うした愛のその後をドラマ化している。

 男ジウと女セヒは、2年間愛し合ってきた。2人は今日も同じ喫茶店で待ち合わせをするが、セヒはそこへ向かう途中、整形病院から出てきた黒眼鏡にマスクの女にぶつかり、彼女の額入り写真を壊してしまう(ここは重要なシーン)。そのために遅れたセヒを待つ間、ジウは美しいウエートレスにみとれ、セヒがやってきても気づかない。

 2人の付き合いは「時」のたつにつれ、ときめきを失っていた。このままではジウに飽きられてしまうと焦るセヒの姿が描かれていく。そこで「新しい女になろう」と整形手術にふみきった彼女は半年後、スェヒと名のる別人の顔になってジウの前に現れる。ジウはセヒが消えた失意から、それが彼女だとは知らぬまま代わりにスェヒを愛し始める。しかし、セヒの心を持つ彼女は、ジウがセヒを忘れてスェヒに乗り換えることが我慢できない。こうして彼女の人格は次第に分裂していく……。この寓話ふうの展開がおもしろい。

 韓国は整形の盛んな国だ。

 英才教育で、英語ペラペラになるように子供に舌の手術を受けさせるという映画もあった。ノ・ムヒョン大統領も二重まぶたの手術をしているそうだが、「見た目」ばかり追いかける風潮に批判の矢を放った一作といえるかもしれない。

 ラストは衝撃的だ。「絶対の愛」を追う者の不毛な地獄めぐりが暗示されている。

 東京・渋谷のユーロスペースで公開中。 (木下昌明)

*『サンデー毎日』2007.3.25号所収

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「大統領」になりそこねた男
実在した知事をモデルの映画

「知事選」の季節がやってきた。時期を同じくしてスティーヴン・ゼイリアン監督の映画「オール・ザ・キングスメン」が4月7日から全国公開される。主人公は、1935年にルイジアナ州議会議事堂で暗殺されたヒューイ・P・ロング元知事がモデル。かれは長広舌をふるう扇動家で、大統領になる野望を抱いていた。ただし映画は、かれをモデルにした同名の小説(49年に映画化も)を基にしている。

 主人公の名はウイリー・スターク。個性派のショーン・ペンが演じているが、最初から悪党にみえるのが難点だ。

 ウイリーは若いころ実直な郡の出納官だった。そこで小学校建設の不正を知り、街角にたって役人の汚職を訴えるが、だれも耳を貸さずに職を失う。その後、欠陥工事で大惨事が起きて、初めてかれの主張が認められる。かれは新聞記者(ジュード・ロウ)の協力をえて、人気者になり、知事選にまでかりだされる。それは他候補の票を割るための当て馬だった。このからくりに怒ってウイリーは本音を民衆にぶちまけ、ついに知事に当選する。かれは記者を参謀にして当初は公約を果たすものの、地位を保つために「悪」とも結託。傲岸不遜になり、独裁政治を築いていく。

 映画で、知事が「人間はすべて王様」と酔いしれるように歌うシーンがある。王様になったのはウイリーだけで、民衆は野望のために利用されたにすぎなかった。

 興味深いのは記録映画「クリントンを大統領にした男」の政治コンサルタントのカーヴィルが映画に名をつらねていることだ。かれは、女性問題で苦戦していたクリントンをあの手この手で大統領にした参謀。その人物がどんな意図で製作に携わったかを考えてみるのも一興かもしれない。

 長く権力の座に居座ろうと画策する人間は、民衆を道づれに、腐っていく。 (木下昌明)

*『サンデー毎日』2007.4.8号所収


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