本文の先頭へ
LNJ Logo 韓国:セウォル号の記憶とコロナ19の国家主義: 果たして国家はなかったのか
Home 検索
 




User Guest
ログイン
情報提供
News Item 1587457013043St...
Status: published
View


セウォル号の記憶とコロナ19の国家主義: 果たして国家はなかったのか

[サパ論評]

クォン・ヨンスク(社会的ストライキ連帯基金代表) 2020.04.17 15:40

4・15総選挙前の10日間、韓国社会は大量の「クッポン」注射を過多投与するかのような雰囲気だった。 マスコミ、つぎはぎの海外ニュース、談論、立場。 そして左右を問わず。 右派は朝鮮日報、中央日報までが大韓民国のコロナ19対処能力を認めたとし、 左派側(?)もそれに対して特に意見の差はなかった。 それが今、総選挙の結果として現れた。 朴槿恵(パク・クネ)退陣デモの時、 自由主義勢力が中心に立って左右を率いる地形ができた。 これはその後、長(チョ・グク)事態で壊れたが、またコロナ19の前で結末を見た。

韓国社会全体はクッポンに染まっていた。 韓国社会全体がコロナ19への対処をめぐり 「クッポン(しばしば国粋主義を世俗的に言う言葉)」に染まっている中で、 果たして何が欠乏し、消されているのか? われわれは考えて政治化するべきだった。 進歩の独自の立場がなければならなかった。 総選挙にも違う立場を提出するべきであった。

ここで「クッポン」の定義は単に国粋主義的愛国主義だけを指すのではない。 「国家ポン」とでも言うべきか? 強い国家主義まで含む意味で私は使った。 韓国ではコロナ19局面で、右翼勢力がむしろ国家的な努力と国家の強い役割に冷水を浴びせ、皮肉って、蔑視した。 自由主義勢力は、個人の自由に対する統制に対し、何の不愉快さにも言及しなかった。 社民主義者たちも国家の役割を積極的に支持し、主張する国家主義者になった。 つまり、国家のさらに多くの役割と積極的な介入を先に要請すること。 コロナ19確診者の中で自宅隔離の規則を破った者、 新天地に対してさらに強く統制しろと話すこと。 なぜはやくお札を刷ってどこにでも配らなければならないのではないかと言うことなど。

また、全体的にコロナ19に対する対処戦略について、 これら全てが韓国という「国家」がした仕事と片付けること、 ひいてはすべてを現執権政府がした仕事として片付けること。 こうした強い国家の背景になった歴史をすべて美化すること、 社会的な隔離と監禁に対し、発生するしかない「付帯的な死傷者」と見るような態度まで。 これら全てが「クッポン」に関連する社会現象だ。

真に驚くべき反転ではないのか。 セウォル号惨事がおきた後、この社会では「国家がなかった」という言葉が出てきた。 しかも「国家とは何か」という疑問が出てきた。 この2つの断末魔の疑問がまさにキャンドルデモから今まで続く韓国社会の話題だ。 そして現職大統領の朴槿恵(パク・クネ)を退陣さて、 彼女を国家を国家らしくなくした積弊の元凶だと指定した。 果たして国家失敗の元凶は朴槿恵であろうか?

そしてキャンドルから2年ほど経った今、 韓国は突然、国家がないのではなく、 とても強い国家、優秀な国家、全世界の模範になる国家を持った(?) 国になった。 また疑問だ。 果たして国家とは何か? なぜ「国家はなかった」という状況から、このように一瞬にして強い国家の容貌で 世界すべての国家の模範になるコロナ19対応を見せる国家になったのだろうか?

私はセウォル号惨劇が起きた後に「国家がなかった!」という嘆きよりも重要なことは 「国家とは何か」という質問、あるいはこの社会の全体性を覆う 「この国家はどんな国家なのか」を問題にすべきだと話していた。 なぜなら韓国に国家はないのではなかったから。 すでに韓国に国家はあったので、そして韓国ほど「強い国家」の類型もないから。 そして「国家がなかった」ではなく、私たちが問題にすべきものは 「果たしてこの国家はどんな国家か?」だ。 セウォル号惨事の前の国家も、無能な国家ではなく、誤った国家だったためだ。 これは単に「失敗した国家(the failed state)」、 国家が国民に対して失敗したという意味ではなく、国家の性格に関する問題だ。

今、コロナ19の前で、韓国の国家はこの「失敗した国家」というテーゼにも答えたようだ。 多数の見解がそうだ。 失敗した国家は「正常国家(normal state)」になり、 さらに全世界が羨む国家になった。 非正常の正常の中で唯一、正常国家である韓国の国家。 しかし果たしてこうした反転の根拠は何か、静かに考えてみる必要がある。

しかし一方的に国家主義、クッポンがあふれる。 その上、進歩勢力までが国家の復活、そして国家の強い介入に報道批判もせずに賛辞を送る。 国家が介入して新天地などの教会に禁止令を出して厳重に法執行をしなければならないと。 国家が先頭に立って金を刷らなければならず、国民なら誰もが財閥にも災害支援金を散布しなければならず。

ところで、だ。 果たして災害の前で、国家はそれほど中立的か? そして果たして今この国家は国民を区別せず、社会集団を区別せずに対しているのか? 今、どこから金が出て、どこに一番多く流れるのか。 今、公権力の威勢がどこに向けて狙っているのか。

総選挙の前の国家主義、クッポン。 いや、コロナ19の前で韓国がとても上手くやっていて、 全世界の国家が賛辞を送っているという言葉が極に達した。 この談論の洪水が総選挙に影響を与えなかったとはいえない。

選挙前夜であった。 選挙は延期できないと言ってコロナ19にもかかわらずに行われた。 だがコロナ19の前で、恐怖は国家に対する依存を強め、強い国家を要求させる。 そして、すべての社会的な努力は執権勢力の功になる。 コロナ19への大韓民国の対応は、国家、そして現政権がうまくやった「政治功績」になる。

その過程で本当は誰がコロナ19戦線で働いていたのか、 この社会がコロナ19にもかかわらずに動かしていたのは誰なのか、 果たして彼らにすべての英雄的な闘争の功や成果が返るのかは未知数だ。 だが少なくともこの政府はその果実を得るだろう。 大統領の支持率は50%を越えた。1年半ぶりだ。

今回の総選挙は、コロナ19総選挙になった。 果たして誰が全地球的なパンデミックが作り出した、 この生命と安全の恐怖の前で「別の考え」をすることができようか。 逆説だ。6年前のセウォル号惨劇でこの社会は安全社会の談論に移行した。 社会運動と市民社会の談論も同じだった。 しかしこれが今、コロナ19の前で「強い国家」の支持背景になった。 大統領もコロナ19とセウォル号をつなげて発言する。 われわれはその教訓を学びました、と。 これが今回の選挙で現政権と自由主義政治が勝った背景でもある。 ここで、進歩勢力の差別性は見えない。さらに左派はいない。

今のコロナ19局面で考えるべき点はこれでもある。 階級的な観点が脱却された国家主義と安全社会談論が、 結局またブーメランになって戻っているためだ。 そして「国民総和」論にすべてのものの区別論、亀裂論、分離と排除の線が非表面化している。 消されている。 再び「目がくらんだ者の社会」だ。 国家に目がくらんだ社会。 セウォル号惨劇の正反対の側で。

原文(チャムセサン)

翻訳/文責:安田(ゆ)
著作物の利用は、原著作物の規定により情報共有ライセンスバージョン2:営利利用不可仮訳 )に従います。


Created byStaff. Created on 2020-04-21 17:16:53 / Last modified on 2020-04-21 17:16:56 Copyright: Default

関連記事キーワード



世界のニュース | 韓国のニュース | 上の階層へ
このページの先頭に戻る

レイバーネット日本 / このサイトに関する連絡は <staff@labornetjp.org> 宛にお願いします。 サイトの記事利用について