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太田昌国のコラム : 歴史過程を長い射程で捉えると、世界の見え方が変わる
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●第107回 2025年11月10日(毎月10日)

歴史過程を長い射程で捉えると、世界の見え方が変わる

 必要に迫られて、最近の高校で使われている歴史教科書および副読本のいくつかに目を通している。私が学んだ高校の歴史教科書は60年以上も前のものだから、「日本史」と「世界史」がはっきりと分かれていた。したがって、「地域」「日本」「世界」は個別に存在している印象が強く、その繋がりを学ぶには適切なものではなかった。高校2年のとき、当時の文部省の検定で不合格の烙印を押された歴史書が、上原専禄編『日本国民の世界史』と題して単行本で発行された(岩波書店、1960年10月)ので、買い求めた。ちょうど、60年安保闘争が敗北した直後だった。上原は戦後「進歩派知識人」のひとりとして、再軍備などの「逆コース」路線に抗っている人物に思えて、一高校生の目にも留まるひとだった。後年になって思えば、この「幻の」教科書の視点にも批判すべき点は多々生まれてくることになるのだが、当時は学校教科書には存在しない歴史観と世界観を探し求めて、熟読したものだった。

 現在に戻ると、2022年度からは、高校では「歴史総合」という科目が必修となり、そのうえで希望者は「世界史探求」を選ぶことができるという。私が目にしているのは5種類ほどの歴史教科書と副読本だが、概ね、グローバルな視点を大事にして、一国史と世界史の接点を探ろうとしていると感じられる。副読本のなかには、2015年の国連サミットで加盟国の全会一致で採択されたSDGs(持続可能な開発目標)が掲げている17の課題目標――貧困、飢餓、不平等、気候変動、ジェンダー平等、水とトイレをあまねく、繁栄、環境劣化、平和と公正など――をすべて取り上げたうえで、これらは19世紀後半以降の帝国主義、植民地主義がもたらした文脈が関わっている、と明言するものもある(井野瀬久美惠・責任編集『つなぐ世界史 3近現代』、清水書院、2023年/写真)。

 或る国の歴史過程を周辺地域との関係において、そして全世界との関わりにおいて、言葉を換えれば、グローバルな視点で捉えようとする試行錯誤が、現在の高校教科書では果敢に行われているという印象を受けた。

 歴史過程を重視するということは、当然にも、時間幅を拡大して歴史的事象を捉える態度に連なってくる。21世紀に入ってから目立つ現象だと思うが、国・地域・世界の歴史を振り返るときに、長めの時間軸を設定するあり方が次第に定着しつつある。最近も、こんなニュースがあった。ブラジルのベレンで開催される国連気候変動枠組み条約第30回締約国会議(COP30)を前に、国際的な環境・人道の諸団体が公開書簡を発表した。書簡は「地球温暖化の原因となった産業革命は、帝国主義や植民地主義、奴隷制から供給された資源によって可能となった」と指摘し、気候正義と、植民地支配や奴隷制に対する補償的正義の関連性を強調するよう要求している(25年9月29日付「しんぶん赤旗」)。これは、2001年8月〜9月、アパルトヘイト(人種隔離政策)を廃絶して間もない南アフリカのダーバンで開かれた「人種差別と、関連するあらゆる不寛容に反対する」国際会議が持ち得た成果の実りだと思う。このような提起が、やがて、各国政府首脳も出席する国際会議に欠くことのできない精神的な支柱となる日を夢見たい。
(ダーバン会議の意義については、私が2021年に当コラムに書いた一文もご参照下さい → http://www.labornetjp.org/news/2021/0310ota)。

 メキシコとスペインからも、先日、重要なニュースが届いたばかりだ。マドリードの博物館で「世界の半分、先住民のメキシコの女性たち」と題する展示会が開かれた。開会式に出席したスペインのホセ・マヌエル・アルバレス外相は、外交儀礼的なありきたりの言葉を終えてのち、「この展示会が捧げられている先住民の人びとにとっては悲しみと不正義があったことは残念に思う。それは、分かち合うべき、われわれの歴史の一部をなすものなのだ」と語った【スペイン外務省ホームページ(スペイン語)の2025年10月31日欄で紹介されている挨拶概要から引用】。

 この言葉の重要性の度合いは外部の目では測りがたい。だが、メキシコのシェインバウム大統領は「スペイン当局が(植民地時代の)不正義について残念と述べたのは初めてで、重要なことだ」と述べたという(25年11月4日付「しんぶん赤旗」)。正式の謝罪に向かう可能性を汲み取ったようだ。これには前段の出来事がある。6年前の2019年は、エルナン・コルテス率いるスペイン人征服者たちが、すでに島々を無惨に荒らし回ったカリブ海域から上陸して、メキシコ征服を開始して500年目に当たった。当時のメキシコのロペス・オブラドール前大統領は、この時の先住民族に対する人権蹂躙の行為を謝罪するよう要求する書簡をスペイン国王に送った。スペイン外務省は「断固拒否する」と返答し、以後両国関係は悪化していた。その間には、「スペイン人による征服500年」と「スペインからのメキシコ独立200年」が重なる2021年が挟まれていた。この年、ロペス大統領は、マヤ文明の地=ユカタン半島のマヤ先住民の末裔たちを前に「個人・国家・外国政府がマヤ人に対して行なってきたひどい虐待を心から謝罪する」と述べた。アステカ王国の都であり現在の首都でもあるメキシコ市でも、先住民を前に「スぺイン人征服者の蛮行」を謝罪するなど、彼自身のスタイルでの「過去の清算」に力を入れてきた。2019年の謝罪要求はローマ教皇に対しても行われ、フランシスコ在任時の2021年、「独立200周年」を祝うメキシコ政府宛ての書簡で、教皇は「国の歴史をつくってきた光と影の部分に留意して、過去の再解釈を行なう必要がある」、「きわめて痛ましい過去の誤りも認める」からこそ「(私は)福音伝道に役立たなかったすべての行動や怠慢行為について、個人的また社会的な過ちについて、さまざまな機会に許しを請うてきた」(引用は、前掲「しんぶん赤旗」から)と述べた。

 21世紀に入って以降の4半世紀、この種のニュースに接する機会が格段に増えた。その動きは、見ようによっては緩慢だろう。微動でもあるかもしれない。だが、的確な問題提起がなされると、世界は確実に変わっていくという証左ではあるだろう。


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