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 2023年9月からの新連載「フランス発・グローバルニュース」では、パリの月刊国際評論紙「ル・モンド・ディプロマティーク」の記事をもとに、ジャーナリストの土田修さんが執筆します。毎月20日掲載予定です。同紙はヨーロッパ・アフリカ問題など日本で触れることが少ない重要な情報を発信しています。お楽しみに。(レイバーネット編集部)

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●フランス発・グローバルニュースNO.8(2024.4.20)

アメリカで再来するマッカーシズム

土田修(ル・モンド・ディプロマティーク日本語版理事・編集員、ジャーナリスト、元東京新聞記者)

 ハリウッド映画『オッペンハイマー』(クリストファー・ノーラン監督、180分/写真)が全国公開されている。世界初の原爆を開発し「原爆の父」として知られる理論物理学者ロバート・オッペンハイマーの伝記映画だ。原爆開発秘密プロジェクト「マンハッタン計画」で完成した原爆は当初目標とされていたナチス・ドイツが降伏したため、代わりに広島・長崎に投下され日本を無条件降伏に追い込んだ。

 彼は多くの米兵を救った英雄として称賛され「時の人」になったが、戦後「ソ連のスパイ」という容疑をかけられ、表舞台から姿を消した。彼は1950年代に共和党上院議員マッカーシーが推進した「赤狩り」の犠牲者の一人だった。

 ここからは映画に出ない話だが、彼がハーバード大学で学生時代を送っていた1920年代も「赤狩り」の時代だった。ロシア革命の影響で1919年にアメリカで共産党が結成された。移民排斥に反対する運動が盛り上がり、米国内で爆弾事件が発生。政府は大規模な弾圧に踏み切り、1920年1月には全米で2500人が逮捕され、外国人1000人が国外に追放された。こうした社会的状況の中でイタリア移民でアナーキストのサッコとヴァンゼッティが強盗殺人の嫌疑をかけられ死刑になっている。

 米国内の愛国者たちは徴兵忌避の過去のある二人の死刑は当然だと叫び、特にハーバード大学の学長が死刑執行に積極的な役割を果たした。当時、同大学の学生は左翼的傾向が強かった。レーニン主義に共鳴した学生たちが結成したリベラル・クラブでは、この事件をめぐり大きな論争が起きていた。オッペンハイマーもこのクラブに一時在籍したことがある。彼の妻と弟が元共産党員だったことに加え、彼自身が左翼系の人脈と関わりを持っていたことが運命を大きく変える要因になったのではないか。

「反ユダヤ主義」のアリ地獄に陥ったバイデン氏

 二つの「赤狩り」は「自由の国」アメリカの歴史に大きな汚点を残した。だが、「赤狩り」は過去の出来事ではない。現在のアメリカでは新たなるマッカーシズムが猛威を振るっている。その標的は「共産主義」ではなく「反ユダヤ主義」だ。

 例えば、イスラエルの報復攻撃が国際刑事裁判所の定義する「アパルトヘイト」に該当すると判断したアムネスティ・インターナショナルなどNGOがアメリカの政界やメディアから「反ユダヤ主義」として集中砲火を浴びている。

 ジャーナリストで作家のエリック・アルターマン氏の記事「ガザ戦争に対峙するバイデンの孤独」(ル・モンド・ディプロマティーク日本語版4月号)によると、ハーバード大学やイエール大学、コロンビア大学などアメリカのエリート大学のキャンパスで、昨年10月7日のハマスの攻撃以来、激しい論戦が起きている。

 アメリカでは中流階級以上のユダヤ人家庭の子弟のほぼ100パーセントが大学に進学する。この結果、エリート大学でのユダヤ人学生の比率は一般の人口比よりかなり高くなっている。彼らは大学に入学する前までは「カナン」を「約束の地」とする旧約聖書に基づいたイスラエル史を学んできたが、大学に入ると突然「イスラエルが抑圧者でパレスチナ人は被害者である」という反シオニズム的教育に晒される。

 アメリカのエリート大学ではエドワード・サイードの著書『オリエンタリズム』の影響がいまだに根強いからだ。アルターマン氏によると、大学入学後、パニックに陥るユダヤ人学生もおり、高い授業料を払っている両親を困惑させているという。名誉毀損防止同盟が主導するユダヤ人団体は「反シオニズムは反ユダヤ主義だ」というスローガンを掲げ、親パレスチナ派の教職員や学生の声を封殺しようとしている。

 こうした大学キャンパスの言論を取り締まろうとする右翼ユダヤ系組織の声は、フォックス・ニュースなど右派メディアだけでなく、主流メディアにも広がり始めている。大学への資金提供者に「寄付を取りやめるぞ」と大学を脅すよう働きかける動きも目立っている。巨大投資会社アポロ・グローバル・マネジメントのCEOで億万長者のマーク・ローワンはペンシルバニア大学のエリザベス・マギル学長を追放するキャンペーンを張った。同大学でパレスチナ系の詩人を称える文学祭を大学が許可したことに腹を立てたからだ。

 ハーバード大学では億万長者のビル・アックマンが「すべての暴力に全責任があるのはイスラエル」とする書簡に署名した学生団体のメンバーを名指し、企業向けの「非採用リスト」を作成した。これに呼応して右翼団体がマサチューセッツ州ケンブリッジで「ハーバードを代表する反ユダヤ主義者」として学生の顔と名前を掲示したトラックを走らせた。アックマンはクローディン・ゲイ学長を辞めさせるキャンペーンを主導し、マギル学長に続いて彼女も辞任に追い込まれた。

 ジョージ・ワシントン大学やコロンビア大学などでは「パレスチナの正義を求める学生の会」(SJP)が活動禁止に追い込まれている。10月7日のハマスの攻撃を「歴史的勝利」と称賛し、ユダヤ人に対する個人攻撃を行なったからだ。これに対し、教育省、司法省、国土安全保障省は大学キャンパスのユダヤ人を守るため新たな措置を検討しはじめた。

 ル・モンド・ディプロマティーク紙の記事でアルターマン氏は「これらの行動は、まるでマッカーシズムだ。不幸にも、中東でと同じように米国でも、パレスチナ側に与えられた主な政治力はといえば、黙るのを拒否し、日常生活を全く不可能にするイスラエルの抑圧的で反民主主義的な政策に世間の注意を促すために問題を起こすことしかない」と指摘している。

 現在のアメリカでイスラエル政府とシオニズムを支持しているのは、ユダヤ人団体よりも、福音派キリスト教団体だといわれる。米国内の福音派キリスト教徒はユダヤ教徒の数十倍は存在する。それが巨大な親イスラエル組織に変貌しているのだ。昨年11月にワシントンで開催された、「反ユダヤ主義」に抗議する親イスラエル派ユダヤ人の集会に米史上最大の29万人が集まった。

 その集会に「イスラエルを支持するキリスト教徒連合」を主導する福音派のジョン・ハギー牧師が招待された。ハギーは「ユダヤ人が黙示録の約束だった聖地への帰還を果たさなかったことを罰するために、神がヒトラーを『狩人』としてユダヤ人に遣わした」という考えの持ち主だ。彼はパレスチナ紛争の即時停戦を訴えているが、福音派キリスト教徒とシオニストとの連携を象徴する出来事だった。

 「アメリカ・イスラエル公共問題委員会(AIPAC)」はかなり前から親イスラエル右派ロビーと化している。2001年にネタニヤフ首相がヨルダン川西岸地区の入植者に向かって「アメリカは簡単にこちらの思うとおりに動かせる国だ。我々を邪魔することはない」と豪語したが、米国内のイスラエル支持派の動向を見据えてのことだった。

 一方、民主党内部には平和主義の立場から「親パレスチナ」を表明する政治家が多い。民主党の上院議員のほぼ全員がネタニヤフ首相がパレスチナ国家の創設に反対していることを批判している。だが、バイデン氏のイスラエル支持によってアラブ系や黒人有権者も民主党候補への投票を拒否している。

 バイデン氏の頭を悩ませているのは、それだけではない。最大の問題は福音派キリスト教徒の支持政党が共和党であることだ。パレスチナ紛争に端を発した「反ユダヤ主義」をめぐるマッカーシズムは、結果として親イスラエルの福音派キリスト教徒と、それを支持母体に持つ共和党を利することになるだろう。

 南アフリカがイスラエルをジェノサイド条約違反で国際司法裁判所(ICJ)に提訴するなど、世界中でイスラエル非難の声が強まっている。ネタニヤフ支持という「重い十字架」を背負ってしまったバイデン氏の支持率は低迷しており、昨年12月の世論調査では就任以来最低の40%を記録した。次期大統領選挙での勝利は「反ユダヤ主義」のアリ地獄に陥ったバイデン氏の手中から簡単に滑り落ちようとしている。


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