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毎木曜掲載・第318回(2023/10/5)

「インフルエンサー」世論の危うさ

『検証 ナチスは「良いこと」もしたのか?』(小野寺拓也、田野大輔 著、岩波書店、820円)/評者:大西赤人

 インターネットというメディアが世界に出現した当初、特段の権力も資力も持たない一個人であっても、社会に強く訴えかけ得る今までにない武器=発信力を獲得したとの前向きな評価が存在した。もちろんその評価は部分的には正しく、それまでであれば表面化せず過ぎ去ったかもしれない多くの隠された猊堙垤腓平深足瓩、インターネットを通じて白日の下に曝された例は確実に多々存在しただろう。しかし、その反面、真っ当な見解に留まらず、誤った意見、歪んだ意見、偏った意見もまた、当然の理屈ながら等比級数的に拡大することになった。何の基盤も持たない一市民の発信が、わずか数時間のうちに数十万人、数百万人の眼に触れる言った者勝ちの世界なのである。

 現代は、とりわけユーチューバーとかティックトッカーとかインスタグラマーとか、インターネット=SNS(ソーシャルネットワーキングサービス)を利用して世の関心を集める人々が、自ら「インフルエンサー」を称しつつある種の狎は性瓩魴塑遒襦その求めるところは様々であろうけれど、往々にして最大の目的はアクセスが増えれば増えるほど膨らむ収入であるから、標榜・提供する内容の曲直正邪は時に二の次となり、人目を惹きさえすればよろしい。以前ならば「炎上」とは発信者にとって否定的な状況=苦境を指し示していたが、現在では、圧倒的な非難・批判を集めている「炎上」状態であっても、むしろ当人は歓迎している嫌いさえ見られる。要するに、以前ならば家族同士、友達同士の馬鹿話、あるいは飲み屋で酒の肴として交わされていたような無責任な言葉であっても、一瞬にして全国に――ひいては世界に――向けて発信され、同じように無責任だが膨大なコメントやリポストや「いいね!」を集める。何らの論理的検証とて伴わない直情的な拡散に基づき集積された数により、それがあたかも真実ないしは正論のように位置付けられることも珍しくはない。

 冒頭に示した「不都合な真実」の裏返しのごとく、これまでの歴史の中で明白な「悪」と規定されてきた事象に関して、言わば裏返しの再評価を試みようとする動きもしばしば見られるところだ。このような動きは、定説――固定化した常識への挑戦と映るから、とりわけいささか斜に構える人々にとっては、むしろ魅力的かもしれない。本書著者の一人・田野は、この感覚を端的に爛櫂螢灰譟弊治的正しさ)への反発瓩班修靴討い襪、その典型的な一つに、書名ともなっている爛淵船垢亘榲は「良いこと」もしたのではないか?瓩箸いμ紳蠅ある。ヒトラーに肯定的で話題となったツイートに対して、田野が「三〇年くらいナチスを研究してるけどナチスの政策で肯定できるとこないっすよ」と返したところ――

「これに膨大な数の批判が寄せられて『炎上』状態になったのである。数百に及ぶ返信のなかで非常に多かったのは、ナチスの『良い政策』として失業対策の成功、アウトバーンの建設、フォルクスワーゲンの開発、歓喜力行団の旅行事業などの『反例』を挙げた意見で、『三〇年も研究していてそんなことも知らないのか』と言わんばかりの嘲笑的なコメントも多数あった」(「おわりに」)

――事態に至ったという。このような「専門知識が軽視される昨今の状況」(田野)も重要な問題であり、残念ながら専門家が必ずしも信頼に値しない例がしばしば見受けられるとはいえ、現在のインターネットは、門外漢、浅学、素人であっても、上から目線の「卓見」を恥ずかしげもなく大々的に発信し得る場と化している。

 しかし、ともに歴史社会学ないしはドイツ現代史の専門家たる小野寺、田野は、本書において、そのような見解を単純に切り捨てるわけではない。ナチスが進め(進めようとし)、現代の視点からも改めて再評価を受けることの少なくない経済政策、労働政策、家族支援政策、環境保護政策、健康政策などの一つ一つの功罪を具体的かつ端的に検証して行く。二人が依拠した基準は、「,修寮策がナチスのオリジナルな政策だったのか(歴史的経緯)、△修寮策がナチ体制においてどのような目的をもっていたのか(歴史的文脈)、その政策が「肯定的」な結果を生んだのか(歴史的結果)という三つの視点」である。これにより小野寺、田野は、ナチスの諸策が瞬間風速としては多くのドイツ国民に大きなメリットをもたらしたかのように見えても、以降の経過、そして着地を中長期的に確かめるならば、ほとんどがマイナス、失敗に過ぎず、実はむしろ大きな過誤と判定されるものもままあるのだと記す。

 そもそもナチスに対して完全否定に等しい大西でさえ、爛▲Ε肇弌璽鵑辰董▲淵船垢了弔靴真少ない正の遺産なんだよね?瓩隼廚辰討い燭らいなので、本書における様々な検証は、大いに啓発的・啓蒙的であった。ただ、たとえばそれらの政策が「オリジナル」であることが必然に求められるべき条件なのかについては疑問を抱いたし、同じく結果的に成功しなかったとしても――幾ら善政であっても頓挫することは珍しくないわけだから――、それをして決定的な瑕疵と見做し得るかどうかについても判らない。やはり突き詰めれば、その拠って立つ思想・規範自体の善悪を判定することしかないとは感じた。そして同時に、現代日本のインターネットを中心とした民族意識、排他主義、左翼的な物への嘲笑と攻撃、特定の属性を持つ集団に対する差別や罵倒のありように触れていると、そこに既にナチス「的」価値観と共通する心性の無惨な露呈を見出すことも、恐ろしいけれども明白な現実である。

*「週刊 本の発見」は毎週木曜日に掲載します。筆者は、大西赤人、志水博子、志真秀弘、菊池恵介、佐々木有美、根岸恵子、黒鉄好、加藤直樹、わたなべ・みおき、ほかです。


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