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LNJ Logo 太田昌国のコラム : 改めてガッサン・カナファーニーを思い出しながら
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 ●第84回 2023年11月10日(毎月10日)

改めてガッサン・カナファーニーを思い出しながら

 数日前、或る会議で出会った友人が、こう言った。「私はよく真夜中のNHKラジオを聞いているんだけど、1時、2時などのきっかりした時間になると流れる、ほんの短いニュースが好きだ。でも、昨夜は驚いた。ガッサン・カナファーニー(写真)の本が急に売れ始めていて、増刷になったというニュースが、突然に脈絡もなく、流れた。」
「エッ ほんとう? じゃあ、『ハイファに戻って』とか『太陽の男たち』のこと?」
「そう、それ、それ」
 一瞬のうちに流れては消えてゆくラジオ・ニュースの内容を、友人はそれ以上説明できなかった。ほんとうに、それだけだったのか、もっと脈絡はなかったのか。私もまた、かつては、ラジオ深夜便を聞きながら、遅くまで、時には明け方まで何ごとかをしていることが多かったから、この時間帯でも定時的に流れるニュースのことは知っている。でも、こんな意外性のあるニュースが流れたことがあっただろうか? 記憶は曖昧だが、疑問だ。

 想像してみる。深夜のNHK番組への、上層部のチェックは甘い。視聴率も高くはない。心ある記者かディレクターがいれば、監視体制の緩みを突いて、ふだんなら「許されない」類のニュースをさり気なく滑り込ませることができたのかもしれぬ。聞く方も、集中して聞いているというよりは、「ながら族」に違いないから、聞き覚えのある「ガッサン・カナファーニー」というパレスチナの作家の名のみに反応して、少しはあったに違いない前後の脈絡までは耳に入らなかったのだろう。

 この小さな、しかし忘れがたい挿話が、当の友人の幻聴ではなかったとして、脈絡を聞きそこなった友人のために、私が大幅な脚色を施してみる。

 ――去る10月7日、ガザ地区のイスラーム原理主義組織ハマスがイスラエル領内に入り込んで行なった攻撃では、1000人以上のイスラエル人が犠牲になり、100人近くの人びとが人質としてハマスに囚われていると言われている。これに対して、イスラエルはガザ地区を実効支配するハマスを殲滅すると公言し、彼らを「動物のような人間」と呼んだり、核爆弾の使用も辞さないとの発言が政府高官から飛び出したりしている。イスラエルはこれまでもガザ地区を完全に包囲し、パレスチナ人に対する生殺与奪の権を握ってきたが、今回は電気・ガス・水道など、そこに住む人びとの生存権に関わる基本インフラまでを断ち切る一方、民間人が多く住む市街地までをも容赦なく爆撃の対象として、連日連夜の攻撃を続けている。

 当初は、ハマスのテロに対する厳しい非難の声に溢れていた世界では、ガザにおける人道上の危機を目の当たりにして、これまでとは異なる動きが目立っている。今回のハマスの攻撃を「ナチスによるホロコースト以降で最悪の事態だ」と語るイスラエル政府に対して、米国のユダヤ人社会からは「私たちの名前を騙るな」との声が上がっている。政府が明らかにイスラエル寄りの姿勢を守る欧州各国でも、ロシアのウクライナ侵攻に対する態度との矛盾を「二重基準」だとして批判し、「ガザ解放!」「パレスチナに自由を!」と叫ぶ大規模なデモが展開されている。アラブ諸国でもパレスチナに連帯する動きがさまざまに広がっていることは言うまでもない。南米のボリビア政府はイスラエルが「好戦的で不釣り合いだ」として、同国と断交した。コロンビアとチリも、イスラエル駐在大使を召喚している。

 このようななか、遠く離れた日本でも、多様な動きが始まっている。東京のイスラエル大使館近くでは連日のように抗議集会が開かれており、広島の原爆ドーム前でも、「ガザ地区への軍事侵攻およびジェノサイドの即時停止」を求めるキャンドル集会が回を重ねている。パレスチナ・イスラエル問題を学びなおすための書籍をまとめて特設コーナーを作っている書店でも、顕著な動きが見られるという。パレスチナの作家、ガッサン・カナファーニーの小説が売れ行きを急速に伸ばしており、出版社では久しぶりの増刷を決めた。カナファーニーは、1936年、現在は占領パレスチナ領域内にあるアッカーで生まれた。12歳を迎えた1948年、この年は、パレスチナ人にとっては「ナクバ」(大厄災)として記憶されている、人造国家イスラエルの建国のために、パレスチナの人びとが土地から追い出され、奪われ、殺され、生き残った人びとも流浪の民となった年だ。イスラエル建国に先立つほぼ一ヶ月前、デイルヤーシン村虐殺事件が起こり、ユダヤ人武装組織が多数の村人を殺した。それは奇しくも、カナファーニーの誕生日に当たる日だったが、カナファーニーの一家は難民となってシリアへ逃れた。その後も、カナファーニーはクウェート、シリア、レバノンなどへと居を移しながら、文学活動と政治活動の双方への関わり合いを深めていった。

 そんな渦中で、カナファーニーが1963年に書いた「太陽の男たち」と、1969年の「ハイファに戻って」が特に関心を集めているようだ。「太陽の男たち」は、イスラエルの建国によって流浪の民とされたパレスチナ人の男3人の物語だ。彼らはイラク南部の町・バスラから、水を排出した給水車に身を潜めてクウェートへの密入国を図るのだが、両国の出入国検問所での手続きが長引くなか、灼熱の太陽が当たったタンクの中の男たちを待ち受けていた運命は? という物語だ。

 他方、「ハイファに戻って」は、1948年パレスチナの地をシオニストの侵入によって暴力的に追われた夫婦が、20年ぶりにハイファの旧居に戻ってみると、生後5ヵ月の乳飲み子のまま置き去りにせざるを得なかった息子は、イスラエルの軍人として彼らの前に立ち現れる。しかも敵意をもって……という展開の物語だ。

 いずれも、2023年10月7日のハマスのイスラエル攻撃を、「事態の発端」として捉えていては、歴史の幅をあまりにも狭くしか見ていないことが自覚される小説である。

 読者は、現在ガザで進行中の悲劇的な事態は、短くとも1948年の「イスラエル建国=パレスチナ人の流浪化」以降の全過程の中で捉えるべきだとの視点を、カナファーニーの作品から読み取っているのだと推定されよう――。

 NHKのニュースが、こんな言葉遣いで、これだけ長い放送を行なうことはあり得ないだろうが、書きながら、私はかつて同じようなことを記していたことを思い出す。「ガッサン・カナファーニーに戻って――湾岸戦争への一視点」である(「インパクション」第68号、1991年2月。のちに『千の日と夜の記憶』、現代企画室、1994年に収録)。

 多国籍軍がイラク諸都市に対する猛爆撃を行なう中で、イラク南方の港湾都市・バスラの名が頻出した。爆撃の重点対象地だったのだ。それは「太陽の男たち」の主要舞台であることから、私はカナファーニーのことを思い出し、こんなタイトルの文章を書いたのだった。私は、30数年を経ても、同じことを繰り返し考え、書き、行動している。

 戦争という悲惨な出来事を未だに廃絶できない「人類前史」を生きている私たちには、この繰り返しがまだまだ必要なのだろう。

 最後に付け加えておかなければならない。ガッサン・カナファーニーは、1972年7月18日朝、レバノンのベイルートで外出のために自家用車にエンジンを入れた瞬間、仕掛けられていたダイナマイトの爆発で死亡している。36歳だった。パレスチナ人民解放戦線(PFLP)のスポークスパースンとして政治活動も行なっていた彼の命を奪ったものが誰であるか。それは言うまでもないことだろう。

*参考図書
カナファーニー『太陽の男たち/ハイファに戻って』(現代アラブ小説全集7、河出書房新社、黒田寿郎/奴田原睦明=訳、1978年)


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