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 第88回・2023年10月31日掲載

ガザの受難と苦しみ


*「ガザの大量殺戮を止めろ」 途中で許可された10月19日パリのデモの呼びかけ

 10月7日、ガザを支配するイスラム組織ハマスの戦闘員によるイスラエル南部一般市民への残酷な大量虐殺に対し、ネタニヤフ政権は報復としてハマスの「殲滅」を布告した。ガザ地区を完全に封鎖、水・食料・医療品・エネルギー(電力、燃料)の輸送を凍結し、爆撃を開始した。2007年からイスラエルに軍事封鎖され、「天井のない監獄」と呼ばれる厳しい日常を生きるガザ地区のパレスチナ住民230万人を、さらなる兵糧攻めと爆撃に晒したのだ。人道援助団体や国連は直ちに大規模な人道の危機を訴えたが、欧米諸国のほとんどはイスラエルの「自衛権」を支持して殺戮の拡大を黙認した。国連安全委員会ではアメリカの拒否権のせいで、ブラジル提案のガザ戦闘の「一時中断」(人道回廊の設置)さえ否決された。

「テロとの戦争」の論理

 マクロン大統領以下フランス政府は直ちに、イスラエルへの「無条件の支持」を表明した。イスラエルが受けた最大の市民犠牲者を出したハマスの殺戮行為は、戦争犯罪である。しかし、その報復はガザ地区などのパレスチナ市民にさらに大量の犠牲者を出すことは容易に想像できたため、早くから停戦を求める声が上がった。イスラエルとパレスチナの第二次大戦後以来の歴史的経緯、とりわけイスラエルによるガザとヨルダン川西岸地区のパレスチナ住民への長年の植民地支配(アパルトヘイト、立ち退き、投獄・殺人を含む暴力的迫害)の状況から見て、憎悪が憎悪、さらなる暴力を呼ぶ悪循環を止めなければと考えたからだ。

 民間人に対する武力攻撃は「戦争犯罪」である。アムネスティ・インターナショナルは10月8日〜12日のガザ地区へのイスラエルの空襲を調査し、病院や学校、家族を襲った戦争犯罪だと発表した。ところが、ガザ地区の攻撃を批判し、パレスチナ民衆への連帯を表明すると、「反イスラエル、反ユダヤ」だと政府や主要メディアから非難され、パレスチナ民衆支援のデモが禁止されるという異常な状況が進んだ。


*10月22日のパレスチナ支援集会(パリ、レピュブリック広場)

 ドゴール以来、フランスの中東外交は、イスラエルとパレスチナの両方と対話し平和を進めるというのが軸だった。ブッシュのイラク戦争に、シラク政権は反対して参戦せず、国際的な評価を受けた。それが、アメリカと同じイスラエルへの絶対的支持に変わったのだ。フランスのアメリカ追随はサルコジ政権以来進んだが、マクロン政権においては著しい。それには国内事情が影響している。2015年の連続テロ以来、イスラム原理派に影響されたテロが何度もあり、その度、極右だけでなく政府とメディアも国内のムスリム系住民や難民を敵視する言説を頻繁に使うようになった。去る10月13日にも、中学・高校の教師がイスラム過激分子に学校で殺害される事件が起こり、内務大臣やメディアのヒステリックな反応はますますひどくなった。

 彼らは、ハマスをイスラム国(IS) と同じようなテロ組織とするイスラエルの見方をそのまま使い、つまり2001年9.11後にブッシュが始めた「テロリスト(悪)に対する民主主義国(善)の戦争」の論理に取り込まれている。複雑な歴史的経緯、長年進行中のイスラエルによる植民地拡大、ガザとヨルダン川西岸地区(シスヨルダン)のパレスチナ人への迫害には触れない。それを語ると、ハマスの虐殺をたたえる発言など誰もしていないのに、テロリスト擁護だと非難されるのだ。

 とりわけ、初めから暴力・殺戮の悪循環を指摘し、大量の市民の犠牲を懸念して停戦を主張したジャン=リュック・メランションなど「服従しないフランスLFI」の政治家や活動家に対して、凄まじいバッシングが始まった。イスラエルに支持を表明せず、ハマスのテロを糾弾しないで停戦や平和を語るのはおかしいというのだ。アメリカ、EU、日本など約30か国はハマスを「テロ組織」と形容するが、他の国々ではハマスは戦闘部を持つイスラム原理主義の政治団体だと認識されている。10月7日の攻撃は残忍なテロ行為だが、イスラム過激派の突発的なテロに同一視するより、イスラエルに対する長期の戦闘中の大量殺戮と見る方が適切だろう。だから「服従しないフランス」はこれを「戦争犯罪」(あるいは「人道に対する罪」)として糾弾し、国際法で裁くべきだと主張する。そして、封鎖されたガザの市民への無差別攻撃もイスラエルの戦争犯罪(あるいは「人道に対する罪」)として糾弾すべきだと反論するが、ジャーナリストたちは「戦争犯罪」という語彙を使いたがらず(ウクライナ戦争でプーチンに対しては使ったが)、「ハマスはテロ組織か?」としつこく同じ質問を繰り返し、「LFIはテロ組織と言わないからハマスをちゃんと糾弾しないで曖昧だ。テロリストに同情している」と勘ぐり、その勘ぐりが事実のごとく流布された。


*10月22日のパレスチナ支援集会

 第二次大戦中にナチスを攻撃したレジスタンスが、対独協力のヴィシー政権から「テロリスト」と呼ばれたことなどを思い起こせば、時の政権に歯向かって武力行為に出る者は誰でもテロリストになる。「服従しないフランス」は、ブッシュの「テロとの戦争」論理は全面戦争を促し、政治的解決と平和への道を妨げるから、国際法に基づく分析と外交が必要だと主張する。シラク政権の元首相、イラク戦争への参戦を拒んだ国連のスピーチで注目されたドミニック・ド・ヴィルパンなど、長いスパンで国際情勢を見てきた政治家や研究者も同様の考え方を表明した。保守や中道の少数の重鎮からそうした発言があったおかげで、そしてガザ地区の人道的な危機の実態が少しずつ報道され始めて、ガザ攻撃3週間目に入るとようやく、マクロン政権が使う表現は「イスラエルへの無条件支持」から「イスラエルの自衛権を支持、しかし人道援助のため一時停戦が必要」に変化していった。

反イスラム・反テロ論理による市民の自由・権利の侵害

 政府と、国会で過半数を持たないマクロン与党は、これまでも「服従しないフランスLFI」への攻撃(政策内容の議論ではなく「暴力的言説」や「無作法」を強調)を重ねてきた。国家予算法案と社会保険予算法案を討議中の国会では、委員会で野党のとりわけLFIの議員たちが善戦して政府案が否決され、超富裕層課税など修正案が可決されたので、ボルヌ首相は投票なしで採択できる憲法49条3項を再び行使した。今期すでに2度目、昨年から累計すると14回にいたる。失業保険改悪や医療予算縮減などの重要な社会問題、国会討議の争点を忘れさせ、手強い野党の「服従しないフランス」を弱体化させるために、バッシングは都合がいいのだ。

 LFI叩きは政府・与党に限らず、保守と極右、そして左派連合NUPESに反感を持つ旧左翼や、NUPESに属する左派政治家にも及んだ。保守の共和党は元ドゴールとシラク大統領の党だが、サルコジ政権以来イスラエル寄りになった。極右の国民連合は反ユダヤ主義のルペン(父)が創立した党で、ネオナチの団体・人物と関係が深いが、娘マリーヌが党首になってからは反イスラムを第一に掲げ、イスラエル支持に変わった(イスラエルの極右勢力と相性もいい)。そして今や、差別主義のルペンの党はマクロン政権に反抗しない(年金改革反対運動に不参加、富裕税に反対など政府・与党を支持)ため「共和国」の一部だと見られ、「服従しないフランス」が共和国に属さない「過激主義」だと非難されるにいたった。


*10月22日のパレスチナ支援集会

 ルペンの国民連合は、移民系フランス人や難民をイスラム過激派に結びつけ、国内の「敵」としてフランス社会からの排除を狙った差別的政策を主張する。保守共和党も極右と同じ差別発言を頻発する。マクロン与党は右派・極右の有権者を取り込むために、ルペンを「軟弱すぎる」と評したダルマナン内務大臣を中心に、反イスラムの言説を取りいれた(イスラムを敵視する「ライシテ強化」法案など)。また、社会運動や環境運動家のアクションを制圧するために、「テロと闘う」名目やコロナ緊急事態下の措置を一般化して、思想・表現、デモの自由など市民の権利を大幅に制限・侵害する治安強化政策を進めてきた。

 6月末〜7月初め、警官による移民系若者ナエルの殺害後に起きた「暴動」(反乱)制圧の際も、警察の不当な暴力とレイシズムの実態を認めず、恵まれない若者たちが直面する社会問題にはまったく触れず、若者の暴力のみを弾圧する極右路線を選んだ。その時も、レイシズムと警察の暴力を問題にして抜本的な対策を求めた「服従しないフランス」を「若者の暴力と破壊を糾弾しない」と攻撃し、「共和国に属さない」と決めつけた。左派連合NUPESに属する社会党と共産党は、警察による暴力とレイシズムの件に関しても、極右化したマクロン政権に対して明確な批判をしなかった。

 ガザ攻撃が始まるとダルマナン内務大臣は「テロとの戦争」を国内に適用し、フランスはパレスチナ支援の集会・デモを最初から禁止した(他に禁止した国はドイツのみ、他の欧米諸国では最初の週からパレスチナ支援デモが行われた)。ハマス・テロリスト支持や反ユダヤ主義を煽り、秩序を乱す恐れがあるという理由だ。表現の自由を奪うこの人権侵害に対して弁護士が行政裁判所に訴え、10月19日の夜のレピュブリック広場でのデモは途中から「合法」になり、数千人が初めて平和的にアピールできた。

 デモの禁止だけではない。講演会のためフランスを訪問中のパレスチナの哲学者・フェミニスト、マリアム・アブ・ダッカ(72歳)は10月16日、予定の講演を全て禁止され、短期ビザを取り消され「国外追放」を言い渡された。彼女はガザの家と大勢の家族を爆撃で失ったばかりだった。幸い、弁護士が訴え「追放」措置は停止されたが、政府側は裁判所でパレスチナ支援の声を消すことが目的だと主張したという。10月20日には、パレスチナ支援の会を企画した労働組合の幹部2人の自宅に早朝、警官が大勢来て(犯罪人逮捕のように)連行された。マクロンの強権政治・警察国家はさらに強化され、内務省は「テロ賛美」という言いがかりのもとに、パレスチナ支援団体の解散や極左「反資本主義新党NPA」への調査を依頼した。10月20日、作家のアニー・エルノー(ノーベル文学賞)やパトリック・シャモワゾーなどの作家、フレデリック・ロルドンなど哲学者、ATTACなど市民団体の活動家ら170人以上の文化人が連名で、「公正で長続きする平和のために、私たちはパレスチナ人民支援の犯罪化を拒否する」という声明を発表した。


 その後、10月22日のパリの集会は許可されたが、28日のパリのデモは再び禁止され(写真上)、シャトレ広場に集まった多くの市民はケトリング(包囲・閉じ込め)にあって数時間動けず、1500人近くが「禁止デモへの参加」罰金を払わされた。アメリカでも停戦を主張する行動を行った大勢のユダヤ系アメリカ人が逮捕された。「民主主義・善」をふりかざす国で、信じがたい自由と人権の侵害が進んでいる。

レイシズムと植民地主義

 フランスの為政者が従来の中東外交の基本から外れ、完全なアメリカ追随の「テロとの戦争」論理に染まったのには、自国でイスラム過激派のテロが何度も起こり、イスラムを敵視する極右の影響力が強まった(メディアが加担)事情があるだろう。しかし、今回のメディアを含む没理性のヒステリー状態(一般市民はそうでもなく、パレスチナ連帯の歴史も長い)を見て、認識を新たにしたことがある。マクロン与党や保守・極右の支持層、メディアを牛耳る人々が属するブルジョワジー陣営(コラム83 フランス新国会の3つの陣営)は、彼らと似た生活様式の「民主主義国」イスラエルのブルジョワや中間層の人が大量に殺戮された(実際には外国人労働者などの犠牲者もいた)ことにひどいショックを受け、イスラエルのユダヤ人に自己を同一化した部分が強いのではないか、という所感だ。哲学者フレデリック・ロルドンは、このブルジョワジー陣営のイスラエルへの同一化が、国内の敵である「服従しないフランス」と、「ムスリム教徒」と今では呼ばれるアラブ系フランス人への攻撃を激化させたと分析する。 https://blog.mondediplo.net/catalyse-totalitaire

 最近、フランスのアルジェリア征服(1830年〜1848年)時の証言(主にフランス軍人や政治家などの報告)を読む音声が流れる記録映画を見て、征服過程でいかに残酷な大量殺戮が行われたか認識を深めた。アルジェリアには19世紀の征服当時から多くのフランス人が植民してフランスの領土・県となったが、先住民のアラブ人やカビリー人には同じ市民権が与えられず、つまり植民地の現地人は同等ではなかった。フランスの他の植民地も同様である。

 イスラエルの植民地政策と長年のパレスチナ住民への迫害で、多数の死者が出ている。イスラエルの犠牲者に同情して大規模な軍事攻撃を正当化するブルジョワジー陣営の人には、パレスチナ住民の苦しみや犠牲者は見えず、想像できない。「パレスチナ人の命はイスラエル人の命と同じように尊いはずだ」という訴えに、彼らは答えない。植民地支配と植民地戦争は過去のものになったが、現在にいたるフランスなど旧宗主国による新植民地主義や、アフリカの国々に対するマクロンの侮蔑的な態度と発言を見れば、為政者や大企業など多くの人に意識の変革がなかったのは明らかだ。フランスの海外県・地域圏、海外自治体に対しても同様で、深刻な水不足や台風の被害など本土内なら重大な話題になることがほとんど取り上げられず、海外県・自治体の議員たちの主張も報道されない。

 むろんこの国には、差別主義と無縁でレイシズムと闘う人も大勢いる。しかし、イスラエルとパレスチナ問題の悲劇的な顕在化の中で、植民地支配の歴史に根ざしたレイシズムと植民者意識が、一部のとりわけブルジョワジー陣営に時を超えて過激に噴き出したのだろうか。

 イスラエル軍によるガザ攻撃は10月27日からさらに激しくなり、地上侵攻も始まった。人道援助団体や、「直ちに停戦し援助物資を輸送しなければ、とてつもない人間の苦しみが生まれる。今が真実の時だ。歴史は私たち全員を裁くだろう」という国連事務総長の必死の訴えにもかかわらず、戦争犯罪を超えて「人道に対する罪」「民族浄化」へとエスカレートするイスラエル軍の攻撃が、全世界の目前で進行している。国連は緊急に27日、市民を守るための即刻で長期間の停戦を求める決議を採択し、120か国が賛成(反対14、棄権45、日本は棄権)したが、アメリカとイスラエルが反対なのでパレスチナ人民の見殺しを止められない。ホロコーストから生き残れた人々の子孫が人道に対する罪の加害者に転じた人間の危機を、どうすれば阻むことができるのだろうか。

  2023年10月30日 飛幡祐規(たかはたゆうき)


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