「アメリカ下院議長の台湾訪問」をめぐって

高井弘之

今回の米下院議長の台湾訪問と、それに対する中国の「対応」に関する報道を見ていたら、なぜ、中国は、アメリカの政治家が台湾を訪問しただけで、あれほどの対応をするのだろうと思うのではないでしょうか。「中国はコワイ国・悪い国」という認識が、日本社会の中で、さらに、広がり、強まるのだろうと思います。

そして、そのような世論を追い風にして、日米戦争推進勢力は、中国への軍事包囲網―臨戦態勢をさらに進め、強化する。――このような「からくり・構図」のさらなる進行に危機感が募ります。

以下、この問題についての大雑把な鷲づかみ的認識を箇条書きで書いてみます。

① 中国に対する日欧米・帝国主義列強の百年余にわたる侵略（その最後の段階は日本単独の中国全面侵略）を克服し、解放を実現した後の１９４９年、中国大陸に中華人民共和国が建国されます。

しかし、アメリカは、それを国家として認めないばかりか、軍事的・外交的に封鎖・包囲して来ました。その拠点が、大陸での共産党（多くの農民・労働者の支持を基盤としていた）との戦いに敗れて台湾に敗走した国民党―中華民国でした。

アメリカは、その中華民国と軍事同盟を結び、軍事基地を置き、そこ（と沖縄）を拠点にして、中国への「軍事封鎖体制」を構築しました。

そして、中国人大多数の支持を失った中華民国（在台湾）の方を、中国を代表する政府として認めていました。米の影響下にあった国連の議席も中華民国の方が持っていました。

② しかし、1970年代になって、米は中華人民共和国との国交正常化を図り、それを実現させます。それは、「中国は一つ」であり、その中国を代表する唯一の合法政府は中華人民共和国であることを米が認め、中華民国との国交を断絶することによって、成されたものでした（「米中共同コミュニケ」／1978年）。このことは、日本も基本的に同じです（「日中共同声明」／1972年）。

③ アメリカはその後も、台湾に武器を供与するなど、一定の関係を保持してきましたが、上のような、米の中華人民共和国に対する立場・約束にたがわないよう、つまり、中国政府を刺激し過ぎないよう、一定の抑制を効かせていました。

④ しかし、数年前から米は、中国の台頭に危機意識を持ち、（米中心の世界秩序に包摂する形での）中国との「関与―共存的政策」ではなく、中国との対決姿勢に転換します。中国をいまのうちに、何らかの方法で押さえつけて、弱体化しようとする方針に転換したのです。〔注１〕　

そうすることによって、米の世界に対する「一極支配」、つまり、「世界に対する専制」を維持しようと必死になっています。〔注２〕

⑤ その表れが、米日欧による軍事的・経済的・外交的「中国包囲網」の構築です。

（琉球弧の「中国軍への攻撃ミサイル拠点化」。米日NATOによる中国近海での合同軍事演習。琉球弧を戦場とする対中国戦争計画である「日米共同作戦計画」の作成と訓練。「専制対民主主義」という装いの下での中国包囲網の構築等々。）

　この流れの中で、米は、この間、台湾への武器供与をかつてないレベルにまで強化し、これまで抑制していた政府高官の派遣も始めたのです。

上に見たように、米は、中国政府を唯一の合法政府とする立場であるにもかかわらず、台湾に対して、このような動きを活発化させているのです。

このことが、中国政府から見れば、どのようなことを意味するか、見えてくるのではないかと思います。「米中国交正常化」時の約束を破り、かつてのように、台湾を中国から切り離し、そこから、中華人民共和国を包囲しようとする動きに見えるでしょう。

実際、現在、中国政府は、台湾の武力統一など考えていません。平和統一が基本方針です。しかし、台湾は、欧日米の中国侵略の過程で、帝国主義・日本に奪われたところであり、その「回復」を放棄することは、帝国主義列強を駆逐して新しい独立国家として成立した中華人民共和国政府の、中国民衆に対する「正統性―正当性」を失うことにもつながります。　

⑥ したがって、平和統一が基本ですが、台湾を中国政府から切り離すような動きがあった場合は武力統一も辞さないというのが、いまの中国政府の、法律化されてもいる基本姿勢です。（「反国家分裂法」など）

これを言い換えれば、そのような動きがない限りは、武力統一という方法を採らない、ということなのです。

（台湾独立を掲げて出発した民進党政権も、現在は、「現状維持」が基本姿勢です。）

⑦ したがって、米の台湾に対する「軍事支援」強化や政府高官派遣、米下院議長訪問などは、（その「主観的意図」はともかく、）かえって、中国が武力統一という、（本来は採用したくない）方法へと向かわざるを得なくさせる、米をもってする中国への「挑発」を意味することになります。

⑧ 今回の状況だけ見れば、中国の方の「軍事」だけが前景化しますが、この中国の軍事演習も、米下院議長の台湾訪問がなければ、あり得ないことでした。

また、米だけでなく、日本からも、この前、石破茂らの議員団が台湾を訪問し、蔡総統と「安全保障」の問題などについて会談を行っています。つまり、台湾との関係の強化が図られています。EUや西欧主要諸国も、台湾との関係強化を進めています。

つまり、現実は、米日が先に「仕掛けて」いるのであり、それは、「東アジアにおける戦争の危機」を高める結果をもたらしています。

米日首脳は、「中国による一方的な現状変更は許さない」と、声高によく主張していますが、上に見てきたように、米中・日中「国交正常化」時に両国で決めたこと（＝現状）を変えようとしているのは米日政府なのです。

⑨ このように、中国への包囲網の構築が進んでいます。この動きは、米を主導とする、欧州における「ロシア包囲網」の構築、そして、現在、実行されている「ロシアの弱体化」戦略を想起させます。

そして、「対ロシア」におけるウクライナの役割を、「対中国」において担わされる可能性を持つのは、台湾と日本、ということになります。私たち東アジア市民・民衆の力―連帯によって、この「戦争への導火線」を解体していく作業が急務の状況だと思います。

※ここでは、米日と中国（中華人民共和国）との関係を焦点化して記しました。一方、台湾の多くの人たちにとっての中国という問題については、別の視座（複眼）が必要ですが、長くなりますので、ここでは省略します。

〔注１〕

2017年に発表した『国家安全保障戦略報告書』において、アメリカ政府は、その冒頭で「中国とロシアは、アメリカの力、影響力及び利益に対抗し、アメリカの安全と繁栄を犯そうとしている」と中ロを名指しで批判し、第１の「戦略競争―敵視」対象とした。

その後の『インド太平洋戦略報告』（2019年6月発表）では、やはり、中国を激しく批判し、「中国との衝突」に備え、アメリカと同盟国による「合同軍」の編成、日米同盟をはじめ同盟・友好国との重層的ネットワーク構築などに取り組むとした。

〔注２〕

下記は、「冷戦崩壊―東西対立解消」後の1992年に作成されたアメリカ国防総省戦略文書『1994年～1999年のための国防プラン・ガイダンス』（1992年2月28日）である。

(1)ソ連崩壊後の国際社会において、アメリカに対抗できる能力をもつ大国が出現することを許さない。西欧、東欧、中近東、旧ソ連圏、東アジア、南西アジアの諸地域において、アメリカ以外の国がこれらの地域の覇権を握る事態を阻止する。

(2)アメリカだけがグローバル・パワーとしての地位を維持し、優越した軍事力を独占する。アメリカだけが新しい国際秩序を形成し、維持する。〔略〕

(4)アメリカに対抗しようとする潜在的な競争国が、グローバルな役割、もしくは地域的な役割を果すことを阻止するための（軍事的・経済的・外交的な）メカニズムを構築し、維持していく。

(5)ロシアならびに旧ソ連邦の武装解除を進める。〔略〕ロシアが、東欧地域において覇権的な地位を回復することを阻止する。

ここに記されている、アメリカの、世界への基本姿勢・方針は、現在まで、基本的に変わっていないように見える。1990年代、「東西対立解消」直後から始められた米・NATOによるユーゴへの侵略、そして2000年代に入っての、アフガニスタン・イラクを経て、2011年のリビア侵略―カダフィ殺害など、自らの利益・欲望に即した「地域―世界秩序」構築のための米国の動きを見て来ていると、そう思わざるを得ない。