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LNJ Logo 山口正紀のコラム : 「安倍はウソつき」と言っただけで、逮捕・勾留される危険性
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●山口正紀の「言いたいことは山ほどある」第21回(2022/5/24 不定期コラム)

「安倍はウソつき」と言っただけで、逮捕・勾留される危険性――表現の自由を奪い、公安警察に弾圧の道具を与える〈侮辱罪〉厳罰化

侮辱罪の法定刑を引き上げ、厳罰化する「刑法改正」法案が今国会で成立の見込みになっている。「インターネット上の誹謗中傷対策」と称して政府が提出した法案だが、肝心の「ネット上の侮辱」に抑止効果がないだけでなく、問題だらけの危ない代物だ。法定刑に新たに懲役刑を加えることで、逮捕や勾留が可能になり、街頭演説する政治家に「うそつき」とヤジを飛ばしただけで逮捕される可能性がある。名誉毀損罪の免責事項のような適用の歯止めがなく、メディアが今以上に萎縮し、権力批判という本来の役割を果たさなくなる恐れが強い。市民運動や労働運動に介入する公安警察の弾圧の道具となり、表現の自由を脅かす危険な法案だが、警鐘を鳴らすべきメディアの反応は鈍く、野党の反対も腰砕けで、市民の関心も今一つ。ロシアのウクライナ侵攻を口実に憲法改悪の動きが加速する中、「表現の自由」に足かせをはめる〈先取り壊憲〉が強行されようとしている。*写真=2018年のデモ

●「安倍辞めろ」と叫ぶと逮捕される?

侮辱罪厳罰化法案の中身を見て思い浮かんだのが、2019年夏の参院選で、札幌市内で街頭演説中の安倍晋三首相(当時)に「安倍辞めろ」「増税反対」などのヤジを飛ばした市民2人が、北海道警の警察官に暴力的に現場から排除された言論弾圧事件だ。

2人は「政治批判の声をぶつける機会を違法に奪われ、憲法が保障する表現の自由を侵害された」として道警に慰謝料を求め提訴。札幌地裁は今年3月25日、「排除行為は表現の自由を侵害した」として排除の違法性を認め、88万円の賠償を命じた。

判決は、「公共的・政治的表現の自由は、特に重要な憲法上の権利として尊重されるべき」と述べたうえで、「原告らのヤジは公共的・政治的表現行為」と認め、警察官らは「表現行為そのものを制限した」と結論した。

もし、これが「侮辱罪厳罰化後」のことだったら、どうなっていただろうか。まず考えられるは、警察が現場で2人を侮辱罪の現行犯として逮捕・勾留・起訴する事態だ。そうして刑事裁判の被告席に座らせ、「首相を批判したらどんな目に遭うか分かったか」と思い知らせて、安倍元首相が「こんな人たち」と呼んできた市民運動を萎縮させる悪夢だ。

こんな想像が決してあり得ないことではない――そう危惧させられる内容が、「刑法改正」法案の中にある。そもそも侮辱罪とはどんなものか。

刑法の「名誉に対する罪」は二つあり、第230条が「名誉毀損罪」、第231条が「侮辱罪」。

名誉毀損罪は「公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損した者は、その事実の有無にかかわらず3年以下の懲役もしくは禁錮又は50万円以下の罰金に処す」というもの。たとえば「あいつは窃盗罪で逮捕されて懲役刑を受けた」「部下と不倫している」などと「具体的な事実」を公然と示した場合、それが真実であるかどうかを問わず、罪に問われる。

侮辱罪は「事実を摘示しなくても、公然と人を侮辱した者は、拘留または科料に処する」。「バカ」「無能」など、「具体的な事実」を示さずに誹謗中傷する場合が該当する。

その処罰は大きく異なる。名誉毀損罪は懲役刑もあるのに、侮辱罪は刑法で最も軽い「拘留または科料」となっている。同じように誹謗中傷しても、具体的な事実の指摘がなければ名誉に対する危険の程度が低く、被害の程度も軽い、とされているためだ。

●名誉毀損罪にある免責規定のない侮辱罪

今回の「刑法改正」法案は、「拘留(30日未満)または科料(1万円未満)」だった法定刑に「1年以下の懲役もしくは禁錮もしくは30万円以下の罰金」を付け加え、公訴時効も1年から3年に延びる。それは単なる厳罰化ではすまない危険な内容をはらんでいる。

一つ目は、逮捕要件の大幅な緩和。これまでの「拘留または科料」では「定まった住居を有しない場合」でなければ逮捕・勾留することは出来ないとされてきた。ところが、法定刑が「懲役」を含むものになると、「定まった住居があり、出頭の求めに応じた場合」でも逮捕・勾留され、有罪判決が確定する前でも長期間の身体拘束が可能になる。

また、法定刑が「拘留または科料」に限られる犯罪では「教唆及び従犯」は処罰の対象から除外されているが、それが「懲役刑」を含むものに引き上げられることにより、処罰対象が「教唆したもの」「幇助した者」に拡大される。

二つ目は、侮辱罪には名誉毀損罪に規定されているような適用の歯止めがないこと。名誉毀損罪については戦後(1947年)、憲法21条が保障する表現の自由と名誉・人格権保護の調和を図るため、刑法230条に免責規定が新設された。

その内容は、名誉を毀損する行為であっても、「公共の利害に関する事実に係り、かつその目的が専ら公益を図ることにあった場合」は、指摘した事実が真実であったことの証明があれば、罰しない。また、「公訴を提起されるに至っていない人に関する犯罪行為は公共に利害に関する事実と見なす」とされ、「公務員または公選による公務員の候補者に関する事実に係る場合」にも適用される。

この免責規定は戦前、名誉毀損罪が新聞を中心としたメディアの弾圧に悪用されたこと、とりわけ皇室、公務員、政治家に関する批判的報道を抑圧し、弾圧する国家権力の大きな武器になっていたことの反省に基づく戦後改革の重要な柱だ。さらに、最高裁判例では、真実性の証明がない場合でも、真実と信じる相当の理由があったこと、誤信したことについての根拠などが示されれば免責される、としている。これによって、政治家や公人に対する批判的報道のハードルは低くなり、「言論・表現の自由」は格段に拡大した。

しかし、侮辱罪には免責規定が一切ない。たとえば、「安倍元首相は森友、加計、桜を見る会問題でウソをついている」と書いたり、演説会場で「うそつき」とヤジを飛ばしたりしても、名誉毀損罪で逮捕したり処罰したりすることは、免責規定の公共性、公益性からほぼ不可能だ。ところが、侮辱罪が免責規定のないまま厳罰化されると、安易に適用され、逮捕・起訴、勾留、さらには懲役刑も十分にあり得る。

その結果、公安警察に弾圧の新たな道具を持たせることになる。たとえば、関西生コン事件や韓国サンケン労組支援運動の弾圧事件では、公安警察は「恐喝」「暴行」威力業務妨害」など苦しい別件を捏造して逮捕・弾圧を強行してきた。しかし今後は企業経営者などの意を受け、現場で侮辱罪を適用して片っ端から逮捕、起訴することも可能になる。

また、公安警察は市民運動の集会、デモに大量の捜査員を動員し、参加者の写真や映像を勝手に撮影しているが、今後はそれが、「侮辱罪の証拠」に使われる可能性がある。参加者の掲げるプラカードなどを録画、写真撮影し、集会での発言を録音して、あとで侮辱罪の逮捕容疑にする。あるいは、演説会場で政治家の指示を受け、現行犯逮捕する。

しかも、それらの労働運動や市民運動に対する弾圧が、「教唆・幇助」と称して、他の参加者、運動組織全体に拡大される恐れもある。

●政府自民党の標的は「表現の自由」

今回の「刑法改正」は2020年、テレビ番組に出演した女子プロレスラーがSNSで中傷され、命を絶ったことがきっかけとされる。ツイッターに「死ね」などと書き込んだ2人が侮辱容疑で書類送検されたが、科料9000円にとどまったことについて「軽すぎる」との声が強まり、厳罰化を求める声が高まった、とされている。

「改正法案」は、2021年10月に開かれた法制審議会でわずか2回の審議で採択され、法務大臣に答申されたうえで、今年3月8日に閣議決定され、上程された。

しかし、ネット上の誹謗中傷をなくすのに、侮辱罪の厳罰化は効果があるのか。この「改正」に反対する日弁連や自由法曹団は、次のように問題点、対策を指摘している。

.優奪箸瞭震召砲茲觸颪込みは加害者の特定が困難で、直ちに厳罰化の効果は期待できない過去5年間、侮辱罪による求刑は科料のみで拘留も適用されたことがない。なぜいきなり懲役刑なのかネット上の誹謗中傷をなくすには、SNSなどの運用者に発信者の情報保存など実効性のある対策を取らせることが先決と鏗臆麌の費用を被害者に負担させないよう、プロバイダ責任制限法を改正するなど民事上の救済手段を充実すべき――。

要するに、先にやるべきことがあるのに、政府は抑止効果がさほど期待できない厳罰化を強行しようとしている。その理由は何か。 想起されるのは、讒謗律(ざんぼうりつ)の復活だ。1875年に明治政府が作った問答無用の言論統制・弾圧法で、名誉毀損罪、侮辱罪の原型となった。当時、次第に活発化していた自由民権運動や政府批判の言論・報道を抑え込もうと施行され、新聞紙条例とセットで自由民権の政論新聞や記者に対する逮捕、弾圧に猛威を振るい、報道を萎縮させた。

安倍元首相は市民から痛烈なヤジを浴びる度に、戦前の「古き良き時代」を羨んでいたのではないか。「こんな人たち」を取り締まれる讒謗律の現代版があれば……。さらには、森友、加計、桜を見る会事件で、今も時折り目にする新聞報道を見る度、手っ取り早く侮辱罪が適用できないものか……。

なによりも心配なのが、言論、表現に対する萎縮効果だ。最高裁の民事判例では、「意見ないし論評については、その内容の正当性や合理性を特に問うことなく、人身攻撃に及ぶ意見ないし論評としての域を逸脱したものでない限り、名誉毀損の不法行為が成立しない」とされている。これは、言論、報道における自由な論評を保障するもので、憲法21条の表現の自由が民主的な政治過程の維持に不可欠なものだからだ。

しかし、名誉毀損罪にあるような免責規定がないまま侮辱罪が厳罰化された場合、どうなるか。実際に侮辱罪が適用されるまでもなく、「この記事、こんな表現は侮辱罪に問われるかもしれない」との「忖度」が働き、過度の「萎縮」「自粛」が起きる可能性がある。

そのことだけでも、侮辱罪の厳罰化は民主主義にとって重大な脅威となる。逆に言えば、それこそが政府のほんとうの狙いなのではないか。

●メディアの反応は鈍く、危険性が伝わらないまま衆議院通過

この「刑法改正」法案に対し、立憲民主党や日本共産党は「政治家に対する正当な批判を萎縮させる」として反対、立民は「政治家などへの正当な批判は罰しない」との特例を設ける対案を提出した。 衆議院法務委員会の審議(4月27日)では、「閣僚や国会議員を侮辱した人が逮捕される可能性があるか」との質問に、二之湯智・国家公安委員長は当初「ありません」と明言したが、後に「逮捕される可能性は残っている」と答弁を変えた。

しかし、野党の反対は腰砕けで、さしたる抵抗もなく衆議院を通過した。衆議院法務委員会は5月18日、「表現の自由を制約していないかを3年後に検証する」など実効性のない付則を加えただけで、与党、日本維新の会、国民民主党の賛成多数で法案を可決した。 国会上程から約2か月半。メディアはこの法案を重大問題として報道してこなかった。5月11日にようやく『朝日新聞』が第3社会面《侮辱罪 厳罰化どこまで/ネット中傷対策 衆院審議山場》、『東京新聞』3面《「侮辱罪厳罰化へ刑法改正案審議/言論の自由どう確保/政治家批判で逮捕懸念、立民が対案」と報じた。また『朝日』は8日付社説《侮辱罪厳罰化/慎重な審議を求める》で、『東京』も14日付社説《侮辱罪の厳罰化/言論封殺の危惧を持つ》で侮辱罪を論じたが、なぜもっと早く警鐘を鳴らさなかったのか。 テレビはまるで関心を示さなかった。メディアにとっては、自らの報道に関わる死活問題なのに、ニュース、情報番組に関わらず、侮辱罪厳罰化を正面から報じた番組は、私の知る限りほとんどなかった。テレビ各局は北海道・知床の観光船事故、山口県阿武町の誤送金問題などで、興味本位な報道を繰り広げるのに忙しく、侮辱罪厳罰化との関連で安倍元首相の疑惑を改めて取り上げるような報道姿勢は、まったく見られなかった。

安倍政権以来、秘密保護法、盗聴法拡大、共謀罪など言論・表現の自由を脅かし、公安警察の恣意的な弾圧を容易にする憲法違反の人権侵害立法が次々強行されてきた。今回の侮辱罪厳罰化も、その流れに乗り、加速させるものだ。ロシアの「報道の不自由」をあげつらっている場合ではない。メディアは戦前、讒謗律や新聞紙法によって言論・報道の自由が根こそぎ奪われた先輩たちの苦い経験を思い起こし、今からでも侮辱罪厳罰化の危険性を一人でも多くの市民に伝えてほしい。(了)

※筆者の体調不良のため、しばらく休載していましたが、「言いたいことは山ほどある」ので、コラムを再開させていただきます。またおつきあいください。(山口正紀)


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