本文の先頭へ
LNJ Logo パリの窓から : フランスの大統領選「もう一つの世界は可能だ」
Home 検索
 




User Guest
ログイン
情報提供
News Item 0407pari
Status: published
View



 第80回・2022年4月7日掲載

フランスの大統領選「もう一つの世界は可能だ」

 4月10日と24日、フランス第五共和政における9人目の大統領を選出する選挙が行われる。アルジェリア戦争中の1958年、軍人クーデター未遂後にドゴール将軍のもとで、大革命以来5つ目の憲法が作成された。この歴史的文脈のせいで、フランスの第五共和政は大統領に権力が集中しやすい、あまり民主的でない政体である。例えば大統領は軍隊の長でもあり、国会の承認なしに軍隊出動を決定できる(オランド大統領がマリに出兵させてから、国会でたった一度の「承認」。以後の続行・撤退も国会での討議を拒否されマクロン一人で決定)。7年の任期を5年にして、大統領選後に国民議会選挙を行うようになってからはとりわけ、政策より指導者「個人」を人気投票のようにメディアが取り上げ、市民の政治意識の劣化を進めた。*写真=フリジア帽(共和国の象徴、フランス革命時は自由の象徴)の女の子

 その上、2015年11月の連続テロ後、オランド社会党政権は「緊急事態宣言」を発して市民の自由を大幅に制限した。続くマクロン政権でも、反テロ法・措置が環境・社会運動家や「黄色いベスト」運動など政権に抗議する人々の弾圧に濫用された。多数の重傷者と死者まで出したフランス警察の過度の暴力と、治安法・措置による人権侵害は、国連人権高等弁務官やEUの人権機関、国際NGOから警告されている。アムネスティ・インターナショナルによれば、「黄色いベスト」運動で不当に有罪になった人の数は4万人にのぼる。マクロンはさらに、2020年春のコロナ危機第1波に際して「衛生緊急事態」を発し、疫病対策を閣議・国会ではなく「国防理事会」(記録されず監視機関なし)で決める専制性をさらに強化した。

第六共和政のために

 これら市民の人権・自由の侵害に対し、市民団体と一部の弁護士は告発し続けてきたが、国会で闘ってきたのは主に少数派左翼の「屈しないフランス」である。今回3度目の大統領選に立候補したジャン=リュック・メランションは、2012年の1回目の出馬時から、大統領君主制に陥りやすい第五共和政の非民主的性格を指摘し、より民主的な第六共和政の制定を主張している。当選したら憲法制定議会を召集し、リコールや国民投票で民衆の意見を反映できる新憲法を国民全体で作ろうと提案する。

 憲法制定議会の召集は国民投票で決める。くじ引きも一定数取り入れ、制定議会選挙を比例制・男女同数性で行う(2022年11月)。同時に市町村単位で討論に加え、フランス革命前にも行われた「陳情書」を作成し、制定議会はそれらを反映して新憲法を練る。メランションの政策綱領「共同の未来」では、リコール・国民投票のほか、再生できる量以上の資源を自然から採取してはいけないという「緑の規則」。水、大気、森林、食物、生き物、健康、エネルギーを人類の共有財産として憲法で保護すること、避妊・中絶、尊厳死など新たな権利の設定などを提案している。3月20日、メランション候補の「第六共和政のための行進」がパリで行われ、約10万人が参加した。

 ちなみにチリでは、2021年7月から憲法制定議会が開かれている。ピノチェト独裁政権のもとで作られた憲法に代わる、民主主義活性化を促す憲法を作るのが目的だ。男女同数と少数民族の比例制参加のもとに議員が選出され、興味深い試みなので注目したい。

抜本的変革をめざす社会・環境政策

 メランションは前回2017年の第1次投票で20%近くを得票し、4位(候補4人が19,6%〜24,1% で接戦)で敗退した。前回の政策綱領「共同の未来」は何ヶ月にもわたり、多くの研究者や専門家、市民によってさらに練られ、充実した内容になった。貧富の差が拡大して福祉の劣化が進んだ不平等を是正し、気候変動がもたらす危機に備えて持続可能な社会を築くための、社会・環境政策の抜本的な変革を694項目にまとめたものだ。この政策綱領を貫くのは、保守・既成左翼・マクロン政権が30年来進めたネオリベラル政策の核、全てを物・商品とみなす市場論理に真っ向から対抗する「公益」という考え方である。

 水、大気、エネルギー、食物、健康、教育、文化などは人類の共有財産だから、万民にアクセスの権利があり、利潤追求の対象にしてはならないとする(前述:新憲法に「共有財産)の保護を書き入れる)。それに対して、富裕層と大企業のみを優遇し、労働法破壊や失業保険改革などで低所得層を圧迫してきたマクロンは、次の任期への立候補に際して、一旦諦めた年金改革(大規模な反対運動とコロナ危機のせいで挫折)に着手し、教育など公共部門に市場理論をさらに導入する意向を発表した。

 30年来のネオリベラル政策(EUの指針でもある)によって、郵便局、病院・診療所、学校、裁判所などの公共サービスはどんどん閉鎖された。「黄色いベスト」運動は大都市から離れた「周辺部」と呼ばれる地域に住む人々(車がないと何もできない)の日常の生活難に発した。「共同の未来」はこの不平等解決のために、公共サービスの補充・再生をめざす。例えば、廃線になった鉄道網を復活させ、バスやトラムなど公共交通網と自転車を発達させることは、環境政策と密接につながる。医療関係ではコロナ危機で露呈した公共医療の劣化に対して、医療従事者の増員(10万人)と労働条件の改善、民間企業による医療つき老人ホームの閉鎖(最近も高齢者への虐待が発覚)、この部門従事者の待遇改善などを掲げる。教育に関しては、出身校による差異・競争を導入したバカロレア改革を廃止し、全国一律のカリキュラムと免状(大学改革に関しても)を復元し、教員を増やし待遇を改善する。

 緊急を要する温暖化対策として、「エコロジー転換計画」のもとに2030年までに温室効果ガスGHGの60%減をめざす。脱炭素・脱原発の100%再生エネルギー(2045-50年)のために、節電・省エネ、住居の断熱を精力的に進める。殺虫剤・除草剤の禁止、大量畜産場の閉鎖、有機農業への転換等々、これまでの生産・消費システムを根本的に見直す長期計画だ。

メディアによるイメージ操作

 これら福祉の後退と日常的な種々の生活難(コロナ危機で増大した)、そして気候変動が緊急を要する課題なのに、主要メディアはずっと肝心なテーマをきちんと報道してこなかった。コロナ第1波が過ぎた2020年9月以降、マクロン政権は「移民・治安」を強調し始めて「グローバル治安」法や、イスラム教徒を敵視した「ライシテ強化」法(初め「分離主義」という事実無根の言葉を使った)を可決させた。まさに極右のテーマであり、この分野で差別的な発言をする政治家やコメンテーターの言説を主要メディアは増幅させた。

 フランスでは主要メディアの9割を9人の億万長者が掌握しているが、中でもボロレという実業家は買収したニュースチャンネルで、極右の言説を語る(差別発言で有罪を受けた)コメンテーターのゼムールを起用した。極右政党「国民連合」の候補マリーヌ・ルペンより過激なレイシズムと女性蔑視を頻繁に口にするゼムールを、極右系に限らず多くのメディアが面白がってもてはやした結果、昨年秋からゼムールは大統領選候補の世論調査で支持率を上げ、11月末に遂に出馬を表明した。以後、世論調査ではマクロンに次いで二人の極右候補ルペンとゼムールが上位を占め、保守のペクレス候補の言説も大幅に右傾化した。

 2017年の大統領選挙で当選したマクロンは議員としての政治の経験が皆無だったが、メディアが異常な頻度で彼をもてはやし、ポジティヴなイメージを植え付けた。同様に、政治経験皆無のゼムールも、メディアが作り上げた候補者である。為政者の汚職スキャンダルや公約不履行などによって政治に幻滅する市民が増え、棄権率が高まる近年、民主主義を活性化させるために第4の権力として市民の公益の側に立たず、バズるネタ探しや特定の利益に加担するイメージ操作に走るフランス・メディアの劣化には、凄惨たるものがある。

 さて、ゼムールの登場で20%以下の支持率に下がっていたルペンは、3月後半から支持率が急上昇し、ゼムールは2月後半以降低下の一方。3月初めにようやく立候補を表明したマクロンは、一時は30%近くの高い支持率だったが3月後半から下り始めた。ルペンの経済政策内容にマクロンと目立った違いはなく、最低賃金引き上げなど低所得層に有利な内容は全然ないのだが、マクロンの対抗馬というイメージをずっとメディアが作ってきたせいなのか、庶民の支持率が高いとされる。「屈しないフランス」の議員たちと異なり、ルペンはじめ「国民連合」の議員はコロナ危機以前も以後も、国会で政府の政策に反対する際立った発言をしたことは一度としてない。マクロンに対する激しく大規模な抗議運動「黄色いベスト」の擁護もしなかったのに(逆にいつも警察・治安部隊の側につく)、不思議である。

既成「左翼」の混迷

 主要メディアは極右やマクロン政権を持ち上げる一方、左派で最初から他の候補より高い支持率を増やしているメランションを不可視化させた。一番早く(昨年11月)最も充実した内容の政策綱領を発表しても、政策内容をほとんど報道しなかった。社会党のパリ市長イダルゴ候補、緑の党EELVのジャド候補、共産党のルッセル候補はいずれも2〜7%の支持率で低迷し続けたため、「左翼統一候補」を求める声がメディアで増幅された。だが、「統一候補」への試みは既に昨年春、左派政党間で話し合われて、決裂していたのだ。


*「もう一つの世界は可能だ」第6共和国のための行進(レピュブリック広場)

 一方、左派統一候補を市民が選ぶ「民衆の予選投票」を呼びかける人々によって、今年1月末にインターネット投票が行われ、オランド政権で司法大臣を務めたトビラ(昨年12月初めに出馬を表明)が最優秀の結果を得た。しかし、大統領選が迫ったその時期では当然ながら、政策綱領を練ってキャンペーンを展開する体制は整わず、候補に必要な議員・市長500人の推薦も得られなかった。

 「統一候補」を立てるためには政策綱領において、ある程度の共通性が必要だ。前回の選挙で統一候補を立てた社会党と緑の党(得票率6,3%)は、社会民主主義路線(ネオリベラル政策を少し緩和)のため、メランションの綱領「共同の未来」が掲げる抜本的な貧富の差の是正や生産・消費システムの変革と相いれない。共産党は2012年・2017年はメランションと共闘したが、今回は原子力推進など「差異」を強調し、党としての独立に固執した。

 問題はさらに、「左翼」の信憑性が失墜したことである。労働法典の解体に着手したのは、2012〜2017年の社会党オランド政権なのだ。その大統領府官房次官と経済大臣を務めたマクロンは、オランドの産物である。「右でも左でもない(「同時に」右と左)」中道がキャッチフレーズのマクロンは、大統領に就任するや否や、富裕層を優遇する政策を行った。コロナ危機対策によっても大企業と大富豪が潤い、マクロン政権下で貧困層は増大した。庶民層に「政治家なんて誰も信じない、選挙なんて無駄だ」と反発する人が増えたことに、既成左翼の責任は大きい。メランションがが支持率を伸ばして世論調査で3位になっても、ルペンやマクロンの政策の批判をするのではなく、フェイクニュース(プーチンに好意的だとか)を使ったメランション攻撃に専念するイダルゴと社会党(しかし「左翼」を自称する)や、共通点の多い環境政策を掲げながらメランションへ批判を続けるジャドの選挙キャンペーンによって、「左翼」は信憑性だけでなく道義も捨てたようである。

「民衆連合」

 不可視化だけでなく、極右・保守・既成「左翼」とメディアによるメランション・バッシングやフェイクニュースにもかかわらず、政策綱領「共同の未来」はとりわけ若者を多数引きつけた(18〜34歳では支持率34%、1位)。マクロンが象徴する「貪欲」社会に対し、最低賃金の即引き上げ、60歳定年、若者援助金(月1063ユーロ)、ホームレス・ゼロ計画、生活必需品やエネルギーの価格凍結、有機の給食無償化など具体的な措置が提案されているが、その予算も調達法と共に算出された(たとえば、遺産120億ユーロ以上の相続分は、全額を国が徴収して若者援助金にあてる等々)。

 「共同の未来」のビジョンは、非人間的で環境破壊を進める市場論理に対抗して「人間どうし、そして自然との調和」をめざす社会だ。全ての差別主義(ルペン、ゼムール)と闘い、作家エドワール・グリサンが提唱した「クレオリザシオン(異文化の混成から成る開けた社会)」が21世紀のフランスだと主張する。

 綱領の作成や算出には、多くの研究者や市民が参加した。昨年12月からは「屈しないフランス」の枠を超えて、「共同の未来」に賛同する市民運動家、労働運動家、文化人など様々な領域の人が構成する「民衆連合Union Populaire」議会を通して、キャンペーンが展開された。市民団体ATTACの前スポークスマン(オレリー・トゥルヴェ)、元鉄道員(トマ・ポルト)、哲学者(バルバラ・スティグレール)、環境運動家(アルマ・デュフール、クレール・ルジューヌ)、フェミニスト(カロリーヌ・ド・アース)などと共に、作家アニー・エルノーや医師、弁護士、看護師など多分野の多様な人々が政策綱領の内容とビジョンを広め、メランションの支持率は上昇した(4月5日現在16-17,5%、ルペン20-23%)。https://parlement.lunionpopulaire.fr/

 さらに2週間ほど前から、俳優や映画監督など文化界、経済学者、学術界、司法界、医療界、教員、鉄道員、労働組合員、スポーツ選手、反レイシズム活動家、環境運動家、ジャーナリスト、海外在住のフランス人など様々な人々が次々と、メランションへの投票を呼びかける共同声明や個人的な表明を公開している。「民衆連合」が広がっているのだ。ビラ配りや戸別訪問などを通しても、ダイナミズムが感じられる。英国の映画監督ケン・ローチや、ブラジルの元大統領ルーラなど南米の元大統領10人も支持を表明した。https://www.ceseramelenchon.com/

歴史の分岐点

 主要メディアは、今回の大統領選に対する市民の関心は低く、棄権率が増えると予測する。2月24日にロシアのプーチンによるウクライナ侵略が勃発し、コロナ・オミクロン株感染が続く状況で、大統領選の影が薄れたのはたしかだ。しかし、市民の関心の低下には、選挙の争点や各候補のキャンペーンの内容を的確に報道してこなかった主要メディアに、大きな責任がある。メランションの「民衆連合」は昨年12月以降、数千〜10万人を集める大規模な候補者演説集会を何度も重ね、加えて「屈しないフランス」の議員と民衆連合議会のメンバーによる集会を、各地で頻繁に催してきた。これだけ多くの集会に大勢の市民を動員できた候補者は、他にはいない。そのダイナミズムと、深い知識と教養、経験にもとづく考察に支えられたメランションの優れたスピーチの内容を主要メディアが伝えないのは、フランスの政治にとって大きなマイナスである。

 第一次投票前の最後のスピーチはリールでの集会と同時に、全国11の市の集会にメランションのホログラムが登場して行われた。折しも、気候変動に関する政府間パネルICPPの第6次評価評価報告書第3作業部報告書が出されたばかりで、メランションは今、歴史の変換期に入ったと語った。あと3年以内にエコロジー転換計画を始動しなければ、温暖化によるカオスは取り返しがつかなくなるのだ。全てを商品にするネオリベラル経済が生むカオスに対しても、人間と自然が必要とする「長い時間」を取り戻さなくてはならないと指摘した。国家は公益のために、エコロジー転換計画によってこの「長い時間」を練る手段であると。

 メランションはまた、フェミニズム革命が進行中だと語り、(元)パートナーによる女性殺し(フェミニサイド)撤廃のための措置に、女性団体が要求する10億ユーロを投じると約束した。最低賃金の受給者や非正規雇用の過半数は女性だから、それらの改善政策も女性の生活の向上につながる。

 この変換期に「共同の未来」によって、私たちは新たな政治的運命を進めることができる、とメランションは呼びかける。私たち民衆の共通の羅針盤は、大革命以来伝えられてきた「自由・平等・友愛」である。人間とすべての生き物に尊厳を取り戻させる「もう一つの世界」は、大勢の市民が求めれば可能なのだ・・・

 これまでの選挙結果と世論調査によると、メランションの支持率が高い若い層と低所得者層(民衆)は、棄権率も高いという。今回、メディアと世論調査が描く2017年の再発シナリオ「マクロン(極市場主義)対ルペン(極右)」の裏をかいて、大勢の人が「もう一つの世界」を可能にする票を投じるだろうか?

 2022年4月6日 飛幡祐規


Created by staff01. Last modified on 2022-04-07 22:37:39 Copyright: Default

このページの先頭に戻る

レイバーネット日本 / このサイトに関する連絡は <staff@labornetjp.org> 宛にお願いします。 サイトの記事利用について