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LNJ Logo 書評 : 太田昌国『〈万人〉から離れて立つ表現ー貝原浩の戯画を読む』
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私たちはどんな時代を生きているのか?

●書評 : 『〈万人〉から離れて立つ表現ー貝原浩の戯画を読む』(太田昌国 著、藤田印刷エクセレントブックス、990円)評者=壱花花(風刺漫画家)

 奥付に二人の略歴が載っている。著者の太田昌国さんはレイバーネットの連載でもお馴染み。ラテンアメリカなどかつて「第三世界」と呼ばれた地域の歴史・思想・文学に関連する書籍の企画や編集を手がけ、日本のナショナリズムについての論考も積極的に発信している方だ。学生時代に観たウカマウ作品や、猩記瓩筌撻襦柴本大使公邸占拠事件への向き合い方、拉致問題をめぐる日本社会への違和感を言語化してくれた『「拉致」異論』のインパクトが心に残る。

 太田さんがこの本で評するのは、画家・デザイナー・イラストレーターの貝原浩さん。「フォービギナーズシリーズ」や、チェルノブイリを描いた画文集『風しもの村』などで社会への鋭い眼差しと幅広い画風を展開してきた方で、2005年に他界された。2006年の第一次安倍政権の発足時、私が風刺漫画を描いてみようと思い立ったのも貝原さんの作品の影響が大きい。お会いしたことはなかったが、後にも先にもこれほどの鋭さとユーモアを兼ね備えた風刺画を描く人を見たことはない。

 前置きが長くなったが、本書は2017年と2021年に行われた貝原さんの個展に際し行われた講演録である。太田さんが貝原さんの戯画を読み解きながら、「彼が亡くなって久しい今、私たちはどんな時代を生きているのか」について語っている。

 書名の「〈万人〉から離れて立つ表現」は個展のタイトル「万人受けはあやしい」からとったもので、「テロ」「拉致」や凶悪犯罪などに対する日本社会のヒステリックな反応を憂う。事件の当事者ではない圧倒的多数の第三者(メディアを含む私たち)は、「なぜこうした問題が起こるのかを考え、こうした悲劇が起こらない社会にするために必要なことは何か、どんな考え方が、どんな行動が必要なのかを冷静に考える」ことが大切なのに、「ところが、この社会ではそうはならない」と。「犠牲者に成り代わり、遺族に成り代わって加害者をバッシングする側になる。(中略)それがいかにも、社会の万人に通用する考え方であるかのように現象してしまうわけです。万人に受け入れられる考え方というのは、これほどまでに恐ろしい、そういう時代になっていると思います。」と太田さんは語る。そのような中で貝原さんの風刺画は、「万人」の表現になびかない。今、ますます劣化するこの社会を前に太田さんは、「貝原浩が生きていたら、いったい彼は、これに抗う、どんな抵抗の表現をしていただろうか」と嘆じている。


*本書より

 本書には太田さんの文章と共に貝原さんの絵も何点か掲載されているので、ぜひ手に取って絵を見てほしい。対テロ戦争、「拉致」、天皇制など様々なテーマが語られて(&描かれて)いるが、レイバーネットとして特に注目したいのは新自由主義経済政策について。貝原さんお得意の、あの中曽根の戯画と共に、国鉄分割民営化から始まるこの国の経済政策、労働政策について触れている。中曽根の敷いたレールは小泉にも受け継がれ、貝原さん亡きあと現在に至るまで基本路線は変わらない。公務員労働者への反感を利用して公営事業を切り捨てる政策が「どれほどの社会的な心理面における荒廃、それから経済のでたらめさをもたらしたのか」と太田さんは話す。2022年現在、公務員バッシングは特大ブーメランとなって民間労働者に跳ね返り、賃金は一向にあがらず、非正規雇用は増加の一途。「万人」はいつまで自らの首を絞め続けるのだろうか。

*本書の入手は↓
https://7net.omni7.jp/detail/1107261292


Created by staff01. Last modified on 2022-01-16 14:33:24 Copyright: Default

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