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毎木曜掲載・第216回(2021/8/5)

絶対的な生活圏に潜在する危うさ

『家族と国家は共謀するーサバイバルからレジスタンスへ』(信田さよ子 著、角川新書、900円)評者:大西赤人

 明治以来の過去の日本には、通常の殺人罪とは別個のものとして、尊属殺人罪が定められていた。

第200条 自己又ハ配偶者ノ直系尊属ヲ殺シタル者ハ死刑又ハ無期懲役ニ処ス

 要するに、自分の(義理の間柄を含めて)「親」を殺した場合、有期刑や執行猶予はあり得ず、否応なく罪が重かったわけである。この尊属加重規定は、1973年に違憲判決が下ってからは適用されなくなり、1995年の刑法改正で消滅した。しかし、海外の一部の国(韓国、フランスなど)では、今も存在しているという。一方、自分の「子」を殺した場合はどうか? とりわけ、重い病気や障害を持つ子を殺めた場合、加害者がいわゆる情状酌量を認められる例は少なくなかった。そのような風潮=世論に強く異議を唱えた脳性マヒ者団体「青い芝の会」による「母よ!殺すな」(会長であった横塚晃一の著書タイトル)とのスローガンは、1970年代において大きな衝撃を社会に与えた。

 親→子、子→親というベクトルこそ正反対であるものの、上記のいずれも、親子関係の重さ・特別さを当然の前提とする考え方を否定し、たとえ親子であろうとも、まずは個人と個人との人間関係が基盤となるべきとした考え方であろう。しかし、尊属殺人罪が消え、子殺しが厳しく裁かれるようになったとしても、それで親子に代表される「家族」関係のありよう、あるいは、「家族」関係に対する人々の見方、(道徳)感情が変わったかといえば、もちろん疑わしい。望ましい「家族」の形、絆に結ばれた「家族」というようなイメージは、近年、むしろ改めて強まっているように見える。

 『家族と国家は共謀する』の著者・信田さよ子は、公認心理師・臨床心理士であり、アルコール依存症、摂食障害、DV、虐待、親子・夫婦関係など、様々な状況に悩む人々に対してカウンセリングを行なってきた。信田は、その過程において、家族という枠組みが人々を縛り、個人間であれば許されないはずの行為が閉ざされた家族の中であるからこそ生じてしまう、しかも往々にして隠蔽されてしまうことを知る。たとえば父親が娘の身体に触れるという単純な行動でさえ、決して無条件に容認されるものではない。

「他者の身体に合法的に接触できる職業はそれほど多くはない。代表は医療である。生命を維持するという生存目的のために、接触どころか身体を切り刻み、内臓を摘出することすら正当化される。その他、看護、介護、理学療法、鍼灸、理美容などが挙げられるが、いずれも国家資格の取得が求められている」

 家族という大義名分のもと、「愛情」なる美名をまとい、時には性犯罪さえもが行なわれる。しかも、家族である前提ゆえに、特に子供の場合は、自分が被害者という自覚さえ持たない。そして、何年もが過ぎた後で、ふとしたキッカケから、自らの過去の被害に初めて気づく例も見られる。家族間の歪みがDVや虐待など、「暴力」として現われる場合も多い。

「家族を形成したとたんに権力を手に入れてしまう男性(夫・父)には、暴力防止の責任が発生する。子どもを産んだとたんに法外な権力を手に入れる母親にも、同様の責任 が発生する」

「親密な関係の危険性を熟知し、それを避けて暴力防止を目指すならば、男女と親子という関係が家族を構成するという、近代家族の基本そのものを問い直す必要が生まれる」

 信田は、家族という形を単純に否定しているわけではなく、「家族は異年齢、異なるジェンダーの成員が共存することで成立する」のであり、「多くは同床異夢、すれ違い、立体交差の関係に満ちている」と述べる。自らは円滑な一体的家族関係の中にあると自負する――もしかしたら幻想する――人々にとっては、あまりにも殺伐としたものと映るかもしれない。しかし、家族というしばしば絶対的な生活圏に潜在する危うさについては、十分に意識した上での留意が必要であろう。

 その後、著者は、『家族と国家は共謀する』とタイトルにある通り、「国家を支える軍隊のイデオロギー」と「国家を支える家族のイデオロギー」との共通性に着目する。

「家族は国からも他者からも侵入されないユートピアなどではなく、もっとも明確に国家の意思の働く世界であり、もっとも力関係の顕在化する政治的世界なのかもしれない」

 このあたりの展開には、やや強引なところも感じたが、被害者におけるイノセンス、トラウマ対レジリエンス(「被害に対する強さ・しなやかさ」)ひいてはレジスタンスなど、様々に興味深く、学ばされた。

*「週刊 本の発見」は毎週木曜日に掲載します。筆者は、大西赤人・志水博子・志真秀弘・菊池恵介・佐々木有美・根岸恵子、黒鉄好、加藤直樹、ほかです。


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